2021/5/31

取り残された都会=西新宿。「アナログなスマートシティ」とは

NewsPicks Brand Design editor
元ヤフー会長の宮坂副知事が就任してから、デジタルの力で東京のポテンシャルを引き出す「スマート東京」の実現に向けた取り組みが加速。2020年2月、西新宿、都心部、ベイエリアなど5つのエリアが先行実施エリアに選ばれた。これらのエリアでは、先端技術を活用して「スマートシティ」を目指していく。
なかでもユニークなのが西新宿の取り組みだ。高層ビルが立ち並び、多くの人が働く都心の街、西新宿は、ここ十数年、街の大きなアップデートが行われてこなかった。その間、丸の内・日本橋・渋谷など再開発が急激に進んだ街と比べると、「遊びに行く場所ではない」と認識されているのも事実。
西新宿エリアに本拠地を置く多様なプレイヤーは、それをいかにして覆そうとしているのか。変わりゆく西新宿の姿を浮き彫りにする。

なぜ西新宿のまちづくりはユニークなのか

2020年2月、西新宿が「スマート東京」の先行実施エリアのひとつに選ばれた。そして5月、東京都と地元のエリアマネジメント団体である一般社団法人新宿副都心エリア環境改善委員会(以下、環境改善委)により「西新宿スマートシティ協議会」が立ち上げられた。
7月には5Gアンテナ基地局やWi-Fi、人の流れを見るカメラ等、多様な機能を搭載した「スマートポール」がテスト設置され、11月には公道上での自動運転車両実証実験も行われるなど、先進的な社会実験がたびたび話題になっている。
「昨年2月以降、多くの施策が一気に動いています。スマートシティというと、テクノロジーばかりが脚光を浴びますが、『先端技術をいかに都市に実装するか』というアプローチではこれほどのスピードは生まれません。
西新宿の場合、スマートシティがトレンドになる以前から、環境改善委などが主体的にまちづくりに取り組んできた。すでに明確になっている課題に対して『どのようなテクノロジーが解決に資するのか』という姿勢がスピードを生むのです」
こう話すのは、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下、デロイト トーマツ)アソシエイトディレクターの松山知規氏だ。
デロイト トーマツも、「スマート東京」決定以前から、地元企業が進めるまちづくりを支援するかたちで西新宿と関わってきたプレイヤーだ。
「自社の本拠地ということもあり、どの担当者も熱量を持っていました。また、環境改善委では、企業の枠を越えて担当者同士がつながっています。プロジェクトが終わったあとも、よく顔を合わせては『これから西新宿をどうしていこうか』と熱く話していました。
西新宿の場合、都心のほかの再開発とは異なる事情があり、スピードという点では見劣りしていたのも確か。それを全員が感じていたからこそ、なおさら熱があったのかもしれません」(松山氏)
都庁の足元には新宿中央公園の緑が広がっている。
まちづくりを簡単に分類すると、地方自治体が主導する「地方型」と、民間が主導する「都心部型」に分けられる。
そして「都心部型」においては、丸の内であれば三菱地所、渋谷駅前であれば東急というように、エリアで大きな影響力を持つ大手デベロッパーが「大家」としてリーダーシップを発揮するケースが多い。
一方、西新宿においては、大手デベロッパーももちろん存在するが、鉄道、損害保険、エネルギーなどの企業も「大家」。デベロッパーが単独でイニシアチブを取り、大胆に推し進めるまちづくりはそぐわない土地柄なのだ。
しかし、昨年のスマートシティ協議会設立をきっかけに、関係者たちのギアがひとつ上がった。
デロイト トーマツも、東京都からの受託により、地元の環境改善委とともに協議会の事務局に携わる。その立ち位置も、「個社の再開発支援」から「西新宿全体のスマートシティ化支援」へと変化した。
2020年11月には、公道上での自動運転車両実証実験も行われた。
「協議会に参加する企業はそれぞれ得意領域が違います。また、それぞれの企業が地元住民と顔の見える関係を長い間続けてきた。
そうした『アナログのまちづくり』の土台の上に、それぞれの得意領域を生かしてテクノロジーを載せていく。自治体主導ともデベロッパー主導とも異なるユニークなまちづくりがはじまっています。
まちづくりはそもそも合意形成や調整に膨大な時間や労力がかかるもの。デベロッパー主導でない西新宿ではなおさら。支援するわれわれとしても、難しさと同時に挑みがいを感じています」(松山氏)

大企業とは思えない地域住民との距離感

テクノロジー先行ではなく、まちづくり先行。そんな西新宿の再開発を理解するために、まずはよりアナログな部分から見ていこう。
丸の内や渋谷駅前と比べると、西新宿エリアは住民の数が多い。そのため、まちづくりには地元住民の巻き込みが欠かせない。
たとえば2016年から毎年夏に行われている野外映画上映イベント「Screen@Shinjuku Central Park」。4度目の開催となった一昨年は3日間で1万人を超える動員があったが、会場である新宿中央公園には家族連れの地域住民も多く見られる。
このイベントの仕掛け人は、環境改善委のメンバーでもある小田急電鉄 新宿プロジェクト推進部の北島大氏だ。
「野外上映となると音の問題などもありますが、『小田急さんが地域活性のために行うのだったら』と応援してもらっています。地元の人にお客さんとして楽しんでもらうだけでなく、地元店舗の出店もある。
『一緒にやりませんか』と声をかけたときに地元の方にも動いていただけるのは、小田原線開業以降、100年近く築き上げてきた信頼関係あってこそだと感じます」(北島氏)
野外映画上映イベント「Screen@Shinjuku Central Park」は、新宿中央公園の夏の恒例イベントになりつつある。
普段はオフィスから直帰している人にとっては、『西新宿はこういうイベントができる街なんだ』と気づく契機になり、出店に立ち寄れば、これまで見落としていた近場の店を知るきっかけになる。
高層ビルのなかにあって、緑の生い茂る広大な土地。新宿中央公園は国内でもあまり類のない独特の空間だったが、これまでは地域住民や近隣で働く人など、利用者は限られていた。
しかし使い方次第で新たな交流を生み、街ににぎわいを創出するポテンシャルがあったのだ。

西新宿が抱える、地方とも都心とも異なる課題

大成建設もまた、公園を含む「オープンスペース」に可能性を見出している。2010年に環境改善委が設立されて以来、大成建設はその事務局として、まちづくりのビジョン策定や参画企業による試験的な事業の支援をしてきた。
大成建設 都市開発本部の村上拓也氏は、西新宿が抱える課題を次のように説明する。
「西新宿のオフィスで働く人の行動履歴を調査したところ、仕事終わりに食事に行ったり、遊びに行ったりする人がほとんどいない。会社と駅の往復だけという人が大多数でした。
道がきれいで、広くて、目的地まで迷わずに行ける。それ自体は利点ですが、残念なことに働いている人にとっても、『面白みがない』『遊びがない』というのが、西新宿の印象ではないでしょうか」
道路、公園、公開空地等を合わせると、実は西新宿エリアの約8割はオープンスペースだ。優れたインフラと眠っているポテンシャルを生かすため、エリアマネジメント組織を中心にさまざまな社会実験が行われてきた。
たとえば2015年から18年までは、道路と公開空地等を一体的に活用し、キッチンカーとテーブル・ベンチを設置した。すると、たった1週間で5万人もの利用があった。
西新宿のオープンスペースを活用する社会実験として、キッチンカーの取り組みが行われた。
「広い道路をうまく使いこなすことによって、ただ歩くだけではなく、座る、仕事をする、食事をするなど、いろいろなアクティビティが生まれます。
それが目に入ることで、直帰するだけだった人の行動に変化が起こり、地元店舗にも賑わいが波及していく。その手応えを感じました」(村上氏)
また、ひとつのビルが大きく、一区画が大きい西新宿では「ふらっと寄り道」が難しい。そこで、回遊性を高めるため、昨年10月以降、日本初の電動キックボードの公道実証実験が行われている。
電動キックボードの公道実証実験は、日本初の取り組み。
「電動キックボードや自動運転の実証実験前、地元町会に挨拶に伺いました。町会の方々とは以前から会話しながら活動を行なっており、今回も『海外だと普通にやっているんだから』と皆さんからご理解、快諾いただきました」(村上氏)
このような住民との対話を大きなコストとみなす企業もあるだろうが、住民は街のユーザーでもある。
「ユーザーから忌憚のない生の意見を聞けるのは、どんな企業にとっても貴重な機会ですよね。この地でずっと生活したり、商いをされたりしている方々と、同じ志でまちづくりに携われるのはありがたいことです」(北島氏)
地元に密着する企業の「地域をより良くしよう」という思いが見えるからこそ、住民の理解が得られるのだ。

「参加したくなる」スマートシティとは

次にアナログなまちづくりの上に載る、デジタルな技術を紹介しよう。
現在、大成建設が進めているのが、西新宿の「デジタルツイン」の作成だ。これは西新宿の街をまるごとデジタル上で再現したもの。建物の新築や改修時、日照や風など、周辺にどのような影響が出るか詳細なシミュレーションが可能になるが、効果はそれだけではない。
「西新宿には多様なステークホルダーがいるために、合意形成に時間を要します。
『この場所でこんな施策を打ちたい』と表明したときに、それぞれのプレイヤーにどんなメリット・デメリットがあるか、指差し確認できる、イメージしやすいものがほしかったんです」(村上氏)
デジタルツイン上に道路や公開空地等を活用する際の基準や、街区ごとのローカルルールも含め、さまざまな情報を載せることで、空間の利用推進やマッチングの容易化も図る。
「デジタルツインを通してエリア情報を提供できれば、内外のプレイヤーが西新宿で新しいことをするハードルが下がり、それがまた新しいプレイヤーを取り込むという好循環を生み出せるはずです」(村上氏)
大成建設は、西新宿の「デジタルツイン」の作成を進めている。
住民の意見の取り込みにも、デジタルツール活用を模索している。西新宿スマートシティ協議会としてLINEアカウントを開設し、現在、500強の登録がある。
自治体主導のまちづくりでは、役所が作った構想に対してパブリックコメントを募集することが多い。しかし、募集していること自体知られていないこともあれば、「意見してもどうせ生かさないだろう」と感じている人もいる。
「そんな状況を変えるために、若者も含めて直接まちづくりに関与できる仕組みづくりに挑戦しています。ユーザーと直接つながって、その意思がまっすぐ反映されるのが、スマートシティにおける住民とのコミュニケーションの理想形です。
企業だけでなく住民参加のまちづくりの仕組みができて、自律的な活動が継続できれば、人が変わってもまちづくりは続いていきます。プロジェクトにはゴールがあっても、まちづくりにはありませんから」(松山氏)

デジタル一辺倒ではない街と体験を生み出す

西新宿のまちづくりにおいて、関係者が口をそろえるのは、「テクノロジーによって利便性を上げつつも、アナログな感触も失わせたくない」というもの。その精神は、最近実施されたイベントにも表れている。
新宿中央公園では、毎年冬、『Candle Night @ Shinjuku Central Park』というライトアップイベントが、地元住民の協力を得て開催されている。昨年はこの取り組みを拡大し、さまざまなイベントを組み合わせる共創型のプロジェクト『SHINJUKU HIKARI』を立ち上げた。
ここには、スクウェア・エニックスも実行委員会として参画。リアルとデジタルの融合をテーマに、ライトアップされた公園のデジタルアート空間を歩くことで物語が展開していくナイトウォーク✕謎解きイベント『CRYSTAL STORY』を提供した。
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「テクノロジーによって、移動せずともいろいろなことができるようになってきました。
しかし、『CRYSTAL STORY』を例にしても、リアルに動くからこその体験があるし、リアルに動いたほうが、人に出会ったり、新しい刺激を受けたり、予期せぬ発見をしたりするチャンスが圧倒的に多いはずです。
『行けば楽しいことがある』と、わざわざ足を運んでもらえる街。西新宿であれば、多くのプレイヤーと住民の皆さんとともに、楽しみながら作っていけると確信しています」(北島氏)
地場の企業だけでなく、エリア外の企業やスタートアップも参入し、複数事業者の連携による取り組みが自発的・複層的・面的に展開されつつある。
プレイヤーが活動しやすい基盤整備、事業や意思決定の交通整理、個々の取り組みに対する客観的な課題提示など、デロイト トーマツが果たす役割は大きい。
エリア戦略、都市OS、ファイナンス、組織運営、これまでまちづくりに関わることで培ってきた広範な知見が、古くて新しい、アナログでデジタルなまちづくりにまとまりを与えるのだ。
「スマートシティのような先進的な取り組みでは、外部から企業を招き入れると、単に社会実装の実験場として扱われることもあります。
しかし西新宿の場合は、住民と顔の見える関係を長い間続けてきた企業が、それぞれの得意領域でコミットしているからこそ、そこで生活する人たち本位のまちづくりになっている。
その様子を間近で見ていると、このまちづくりにおけるKPIは、テクノロジーの実装具合ではなく、幸福度こそふさわしいのではないかと感じます。
近年では、街を歩いている人の顔を撮影して感情を分析することも可能ですが、関係者の努力が笑顔であふれる街として結実し、しかもそれがデータとして示される。西新宿をそんな幸福な街にしていきたいですね」(松山氏)