2021/5/31

【須藤憲司】経験を拡張し、新しい働き方が実現する“次世代の実験オフィス”とは

NewsPicks / Brand Design  編集者、クリエイティブディレクター
企業にとって「働く環境」の整備は、価値創出に直結する最重要課題となっている。社員が最高のパフォーマンスを発揮できるように、働き方や働く環境を時代に合わせてアップデートさせることは、組織にとっても成長と結果への近道だ。

コロナ禍において、オンラインとオフラインが混在する働き方が当たり前となるなか、チームの求心力を高め、創造性を維持するために「オフィス空間」ができることは何か? 

NewsPicksでDXや顧客体験の改善の専門家として知られるKaizen Platformの代表、スドケンこと須藤憲司氏と、コクヨ株式会社でワークスタイルアドバイザーを務める坂本崇博が、新しい働き方、これからのオフィスのあり方について語り合う。
※対面取材においては、フィジカルディスタンスを確保し、マスク着用の上で実施しています。写真撮影については、取材対応者の顔が分かるように、換気などの感染予防対策をした上で実施しています。

働き方を考え直すきっかけになる場所

──「THE CAMPUS(ザ・キャンパス)」をひと通りご覧になった感想を聞かせてください。
須藤 実は今日、待ち合わせ時間より少し早めに着いたんですけど、少し迷ったんですよ。看板には「CAMPUS」って書いてあるし、本当にここでいいのかなって。だって全然オフィスっぽくないじゃないですか。
坂本 確かにオフィスっぽくはないですよね。
須藤 でも住所は合っているし、たぶんここなんだろうと。それでちょうど入り口の正面の階段のあたりに座ってしばらく過ごしていたんですが、すごく心地よかったです。
坂本 ありがとうございます。どのあたりが気に入られました?
須藤 開放感があって、いい風が通り抜けていくのが気に入りました。ここは日本のオフィスというより、シンガポールやソウルの江南(カンナム)あたりのおしゃれなエリアにありそうなオフィスの雰囲気ですよね。
 僕らのKaizen Platformは、シリコンバレーが創業の地なんですけれど、その近くにあった、グーグルやフェイスブックのオフィスにも似ているなって。それが第一印象でした。
坂本 日本の場合、最新オフィスというとデジタルツールが並んでいるイメージがありますよね。大画面にカッコいい映像が流れていたり、デスクにはマルチモニターが並んでいたり。
 でもそれって、どんなに新しくても既存のオフィスの延長線上にあるものに過ぎないんじゃないかと思って、デジタルは前には出さずに裏でしっかりサポートする役割に徹してもらいました。
 すなわちここは「オフィスのこれからの姿」ではありません。
 これからの働き方や働く場を考え直すきっかけになる場所として、つまり「これからはオフィスではなくこうした場が必要なのではないでしょうか」という問いかけを社会に発信するためにも、オフィスと呼ぶのもやめようと。それでTHE CAMPUSと名付けました。

労働時間と成果物の質や量はリンクしなくなる

──新型コロナ感染症の感染拡大防止の観点から、大企業を中心に多くの働き手がリモートワークに移行しました。働く場所としてのオフィスのあり方やその意義を問い直す声も高まっていますね。
須藤 僕自身の経験でお話しすると、2013年にアメリカで起業した直後から、日米間を頻繁に行き来していたので、クラウドとネット環境さえあれば、どこにいても仕事ができていました。
 コロナ禍で自宅にいる時間が増えてもさして問題はないだろうと思っていたのですが、実はそうでもありませんでした。一時的とはいえ生産性は下がってしまったんです。
 やってみて気づいたのは、Work From Anywhere と Work from Home は似て非なるものだったということでした。自宅は生活の場ですから、仕事の進捗とは無関係に、家事や育児で中断せざるを得ない場面が出てくる。子どもがじゃれついてきたら手を止めないわけにはいきません。
坂本 確かにそれは避けがたいですね(笑)。
須藤 集中力が途切れてしまうことも多く、生産性を追求するという意味では難しさを感じることが多かったのですが、その反面、家事や育児が気晴らしや発想の転換につながることもありました。ここに新しい可能性を感じたんです。
古さも生かしながらリノベーション
品川駅港南口から徒歩3分ほど。街に開かれたデッキや心地よいグリーン、日替わりのキッチンカーも
 これまで多くの労働は効率が求められてきました。工場でモノをつくるのと同じように、費やした時間と成果物の量が比例することがほとんどだったからです。でもクリエイティブな働き方になると、労働時間と成果物の質や量はリンクしなくなります。
 その最たる例がユーチューバーでしょう。撮影と編集に手間暇をかけた動画より、サッと撮ってアップした動画の再生回数のほうが上なんてことはさして珍しいことではありません。
 もしホワイトカラーの働き方が、ユーチューバーのように、ルーチンワークの精度や成果物の量などではなく、クリエイティビティによって評価されるようになればどうでしょう。「オフィスが必ずしも効率を求める場である必要はない」という考えも成り立つはず。
 そうであれば、オフィスを偶然の出会いや斬新な発想を促す場、刺激を受ける場として再定義しても面白いんじゃないかと思ったんです。
坂本 須藤さんのおっしゃることはよくわかります。私もコロナ禍以前から出張が多く、いまもリモートワーク中心の生活です。仕事をデジタルで完結させようと思えばできてしまうんですが、それでも会社には顔を出します。
 実はこのTHE CAMPUSは、各フロアにビーコン端末が設置されていて、スマホアプリでいま誰が会社のどこにいるかわかる仕掛けがあるんです。
須藤 面白いですね。
坂本 それを見て「今日はこの順番でフロアを回ろう」なんて考えながら会社に行き、着いたら着いたで、席に座ることなく2時間くらい歩き回って、いろいろな人に声をかけたり、かけられたりして、パソコンを開くことなくそのまま帰ることもよくあります。
 先日も家にいてもどうも気が乗らないので、夕方にオフィスに出て、夜までお気に入りのスペースで音楽を聴きながらくつろいで、頭と体をリフレッシュして帰りました。まるで公園に遊びに行くような感じです。
 時間にも場所にも縛られない働き方が前提になると、自ずとオフィスの使い方もかなり自由になるんです。
 テレワークが当たり前になった今、家に仕事が持ち込まれるようになりました。であるならば、逆にオフィスに生活や遊びが持ち込まれることもあるのではないかと思います。

会社も個人も時代への変化に対応する覚悟を

──2021年2月にオープンした THE CAMPUS は、コクヨの東京品川オフィスでもあります。ここで働かれている社員の皆さんの反応はいかがですか?
坂本 社員の意見を吸い上げてつくったスペースではないので、もっと集中できるスペースがほしいという人もいれば、その日の気分で使い分けができて楽しいという人もいて、反応はさまざまですね。
 THE CAMPUS は、過去の延長線上にあるオフィスとは一線を画したワークスペースです。むしろいろいろな反応が出ることは、いいことだと思っています。
須藤 今日、ここに来て思ったことがもう1つあります。それは、こういう自由な空間をどう使うかというのは、社員に与えられた課題であるだけでなく、会社のマネジメントスタイルにもアップデートを迫るものだということです。
 たとえるなら、社員を管理下に置きたがる古いタイプのマネジメントから、クリエイティビティやコラボレーションを促進するマネジメントへの転換を促す空間のような印象を受けました。
坂本 ご指摘の通り、空間を変えるだけでは働き方は変わりません。経営も組織も変わる必要があります。実際、コクヨも時間や場所にとらわれない働き方を選ぶにあたって、人事制度もアップデートしました。
 主なところで申し上げると、コアタイムのないフレックスタイム制度や、パラレルワーク、学習に関連するチャレンジメニューを達成することでマイルが貯まる「PLAY WORKマイレージ」という制度などがそれにあたります。
 会社も短期視野で効率を上げて稼げばいいという考え方から、長期視野で社会貢献や個人の成長を促し時代への変化に対応しながら持続的に成長しようという価値基準の変化が必要です。
須藤 効率や生産性を高めるだけで豊かになれる時代は終わったということなんでしょうね。
 会社が社員の管理をやめ、社員の自主性を重んじるようになると、社員は自由を得るのと引き換えに、自分の意思でキャリアを決め、エンプロイアビリティ(雇用される能力)を高めなければなりません。
 「管理されているほうが楽だった」とならないためには、会社同様、個人の意識も変わるべきでしょう。
坂本 そう思います。いまはちょうどその過渡期。これまでとはまったく異なるワークスタイルに多少違和感を覚えるくらいがちょうどいいのかもしれません。
6階の「遊ぶ」フロアには麻雀卓も。イベントや発表会などができるステージ、ランチやコーヒータイムを楽しめるキッチン、運動や部活などが行える広場など、仕事を超えたオープンなコミュニケーションやチャレンジができる

一見無駄な「余白」にこそ、クリエイティブの源泉が

──須藤さんは“カイゼン”のプロです。もし坂本さんに、THE CAMPUS の改善すべき点を指摘してほしいと請われたとしたら、どこをどう変えるべきだと提案されますか?
須藤 そうですね。先ほどの管理からの解放という文脈にも通じますが、皆さんが首から提げている入館証はソフトウェアに置き換えてもいいんじゃないかと思いますね。
坂本 確かに。それはあるかもしれません。
須藤 細かいところでいうと、もっと至る所に充電コンセントがあったら、いつもとは違う場所で働いてみようという動機付けになるかもしれないなと感じました。
坂本 フレキシブルな働き方を後押しする上で、電源からの解放も大事なポイントだと思います。当然これで完成したとは思っていないので、ぜひアジャイルに改善していきたいと思います。
須藤 オフィスって一度つくったらそうそう頻繁に変えるものではないというのがこれまでの価値観でした。目に見えて変化するオフィスというのは、それだけで常識を破る存在といえそうですね。
坂本 ええ。これまでオフィスづくりは失敗してはならないものだとされてきました。だからこそ計画が重視されてきたわけです。
 しかし、ここは型にはまったオフィスというより、新しい働き方を模索する実験場のような場。アジャイルかつ、「OODAループ」で改善し続ければ、これまで気づかなかった新しい発見が得られるのではないかと期待しています。
──昨今のコロナ禍で、オフィス不要論を耳にする機会が増えました。オフィスは企業の枠内に閉じたルーチンワークの場から、社会に開かれたクリエイティブワークの場へ変化するというお話も出ましたが、須藤さんご自身は今後、オフィスをどのように活用しようと思われますか?
須藤 通常の業務はテレワークで何ら問題がないのですが、あえてオフィスを選択するとしたら、たとえばブレストや役員会議など、抽象度が高い議論をするときには、今後もオフィスを選ぶでしょう。
 デジタルとアナログを比較すると、アナログはノイズが多いのですが、情報量が多いともいえます。
 それと同じように、タスクや進捗確認のような具体的なやり取りには、表情の変化や目線の動きは不要なノイズかもしれません。
 しかし、抽象度の高い議題を語り合う場においては、ノイズではなく有益な情報です。感情の移ろいや理解度、空気感を読み取ることで、議論の解像度を上げるのにも役立ちます。
坂本 確かにコミュニケーションの質や目的によって、使い分けるのは大切な観点だと思います。Web会議だと皆さん画面を注視するため、反応が読み取りづらいと感じることはよくありますよね。
 須藤さんがおっしゃるように、戦略会議のような、結果はもちろん議論自体にも大きな意味があるコミュニケーションに関して言えば、対面に利が多そうです。
須藤 要は使い方なんだと思います。先ほどご案内いただいた THE CAMPUS 内の各フロアにも特定の目的や用途が設定されたスペースとスペースの間に、いかようにも解釈できそうな「余白」がたくさんありました。今のお話に通じるかもしれません。
「捗る」がテーマのフロアはウルトラワイドモニターやトリプルモニター、上下昇降デスクや高機能チェアーなどさまざまな仕様のワークステーションで構成
ファーストクラスのようなシートで特別な集中体験もできる
坂本 無駄なようにも見える「余白」や、ゼロとイチの間にある無限のグラデーションにこそ、クリエイティビティの源泉があると考え、あえて使い方を限定していないスペースを残しました。ですから、いまのご指摘はとても嬉しいですね。

オフィス空間は思考や発想のトリガー

須藤 ワークライフバランスという言葉にも表れているように、これまでは、オンとオフ、内と外、仕事とプライベートをきっちり分けることが、よいこととされてきました。
 しかし最近は、その境界線上にある曖昧な部分に、新しさを見出す動きが強まっています。白か黒かをハッキリさせたがる人からは、仕事と休暇を両立させる「ワーケーション」のような発想は出てこないでしょう。
坂本 そう思います。オフィスもデジタルツールと同じく手段に過ぎません。必要に合わせて使い分ければいい。
 テレワークが当たり前になったいまこそ、偶発性的な出会いや発見が生まれやすいオフィスという共同空間に仕事がはかどること以外の価値を見出しつつあります。偶然に出会うための手段としてのオフィスの価値は、ますます高まっていくと考えています。
須藤 これはもう、経験してもらったほうが早いかもしれませんね。先進的なワークスペースがどういうものか知りたければ、わざわざシリコンバレーまで足を延ばさなくても品川で体験できるわけですからね。
坂本 おそらく、ここに見学に来られる方にとって一番価値がある瞬間は、ここを出た後、帰りの電車のなかで今日見たもの、感じたことについて、反芻する時間だと思うんです。
 ワクワク感や違和感が新たな思考や発想のトリガーになってくれたら、これほど嬉しいことはありません。
パブリックエリアの中の「COMMONS(コモンズ)」。業務以外に学びのプログラムやサークル活動も。社員が自分らしく学び、働く起点となることを目指したエリア
須藤 僕もいつかここで役員会議をしてみたいと思いました。百聞は一見にしかずといいますが、実際にここで働いてみたら、いまとまた違った風景が見えるような気がします。
坂本 コロナ禍が収まったら、一般に開放するエリアを拡大する予定なので、ぜひ皆さんに来ていただきたいですね。
須藤 そうさせてください。この空間を多くの人に体感していただきたいですね。
坂本 そう思います。ときどき「自分の仕事はクリエイティブとは無縁だから関係ない」という人がいらっしゃいますが、それは仕事を狭く捉え過ぎているからそう感じるだけだと思うんです。
 仕事は生きること、生活することの一部であって人生のすべてではありません。職場に遊びの要素があってもいいし、楽しんだっていい。オフィスにはそれぐらいの可能性があることは、体験してみればわかっていただけると思います。