2021/5/24

【人事DX新時代】経験と勘に頼る人事は、もう終わりにしよう

NewsPicks Brand Design editor
 長年、企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言われてきた。しかしテクノロジーが著しく発達した近年、新市場を切り開いているのは、必ずしもモノやカネを持っている企業ではない。
 その競争力の源泉は、新たなアイデアを生み出す「ヒト」の存在だ。もはや時代は、「ヒト・ヒト・ヒト」と、言えるのかもしれない。
 そんな時代に必須となるのは、「科学的根拠」に基づいた人材マネジメントである。
 これからの人事、そして経営者はどう変わるべきか。企業の組織や人事領域を専門とする早稲田大学政治経済学術院教授の大湾秀雄氏と、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏に、話を聞いた。

PDCAのない人事の世界

──お二人は、日本企業の人事のあり方に警鐘を鳴らしていますね。改めてどんな課題があるのでしょうか?
大湾 最大の問題は、属人的な「経験と勘」に基づいて、人事の意思決定が行われていることです。人材配置や採用、育成トレーニングにしても、そこに「エビデンス」がないんです。
「この人はやる気がありそうだ」といった思い込みや、「あの部署の人がこう言っていた」などの噂に近い情報で、人材の配置や育成プログラムを決定している企業は多くあります。
 結果的に、個人の持つ能力を活かしきれない、組織全体として最適な人材配置ができていない、といったことが起きてしまう。人材獲得がさらに難しくなっていく潮流の中で、非常にもったいないことです。
岩本 まさに、人事には「科学的な視点」が欠けているんです。マーケティングの世界で当たり前に行われているデータ活用が、人事領域ではほとんどされてこなかったのです。
 プロスポーツの世界と比べると、わかりやすいかもしれません。たとえば野球選手をドラフト会議にかけるときは、選手の身体的特徴はもちろん、打率や守備率などのデータを総合的に分析し、選抜の精度を高めますよね。
 人材配置の精度を高めるためにも、同じような判断材料が必要なはず。さらに企業には何万人も従業員がいるケースもありますから、人事が頭の中で全ての情報を管理するなんて、不可能です。
 だからこそ、データとして人材データを蓄積し、活用していく必要があるのです。
大湾 加えて、これまで行われてきた人事の施策は、やりっぱなしが多いという課題もありました。人事の世界では、PDCAのPとDだけで終わり。
 せっかく施策を実施しても、効果検証がすっぽり抜けて、どんな改善点があったのかわからない。これでは知見が蓄積されず、人事がさらに属人化してしまうというわけです。

産業構造が変われば、人事も変わる

── マーケティングでは当たり前のデータ活用が、人事ではほとんどされてこなかった、と。なぜ今それが、改めて問題視されているのでしょうか?
岩本 大きな産業構造の変化の中で、人事のあり方も変化を余儀なくされているのです。時代ごとに適した人材マネジメント手法があるのですから、従来の「経験と勘」に基づく人事が、完全に間違っているというわけではありません。
 日本は戦後から、量産型の製造業で成長してきた国で、「金太郎飴」のように均一の品質のモノを大量に作ることが、長年求められてきました。その時代は、全員を一斉に異動させ、同じトレーニングをして、同じスキルを付けさせることが、最も効率がよかったのです。
 しかし、2010年代から第四次産業革命が始まりました。金太郎飴を量産するのではなく、ビッグデータやAIを活用して、一人ひとりの人材が新たな価値を生み出さなければいけない時代になったのです。
 その場合は、社員を全員同じように管理するより、個々の尖った人材を育て、最大限能力を発揮してもらう方が適しています。
大湾 日本企業がこれまで得意としてきたのは、「擦り合わせ」なんですよ。
 標準化されていないものを擦り合わせして、関係部署が互いに調整しながら良いものを作っていくやり方です。その環境の中では、人事部が人材を計画的にローテーションさせて幅広い経験をさせ、調整型の人間をたくさん作ることが適していました。
 この調整型の組織は、緩やかで小さい変化に対しては機能するんです。しかし非常に速いスピードでビジネス環境が動いていく、現在のドラスティックな変化には対応できない。それを支えるためには、人材マネジメントを180度変えなければいけないわけです。

人事は“データ”を抱えて経営に食い込め

──とはいえ産業構造の変化は、何年も前から指摘されていました。それにもかかわらず、人材マネジメントのやり方がここまで変われていないのは、なぜでしょうか。
岩本 経営者が、人事課題を経営の課題だと認識していない。これが、問題だと思います。
 実は人事の仕事は、1960〜70年代くらいまでは、世界中で軽んじられる傾向にありました。ところが徐々にアメリカでは、戦略的人事の考え方が広がってきて、人事課題が経営にとっての重要課題だと理解されました。
 そもそも企業は人から成っているのですから、「人材をどう活用するか」は本来、最も重要な経営課題のはずですよね。日本では、その認識が広がるのが遅すぎる。経営陣は人材よりも、事業戦略ばかりを気にしているように思えます。
── 欧米企業では人事がボードメンバーに入っていて、社内的なパワーを持つ傾向にあります。それに比べると日本では人事部門の立場が弱いように見えますが、この差は何でしょうか。
岩本 様々な要因がありますが、人事が定量的なデータを使って議論できない、という点は大きいと考えます。そもそも経営戦略は、データを使いながら論理的に策定していきますよね。その中で人事だけ定性的な発言しかできないと、「その根拠は?」と言われて議論にならないのです。
大湾 その課題に対して、やっと今テクノロジーが追いついてきた段階だと思います。テクノロジーを使って人材データを分析し、人事戦略も他の部門と同じ土俵で議論できるようになった。
 データが使えて初めて、CHRO(Chief Human Resource Officer)という役職が置けると言っても過言ではありません。
 90年代以降、アメリカの経営層はゼネラルマネージャーの集まりだったのが、徐々にCFO、CTOといったファンクショナルマネージャーが増えてきました。それは各部門のマネージャーがデータを持ち寄って、事業を横断的に分析できるようになったからです。
 今後は日本でも、CHROを置く企業は増えると思いますし、経営体制の変化が加速していくでしょう。

その採用に、バイアスはないか?

──では実際にデータを用いて人材をマネジメントすることで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
大湾 様々なメリットがありますが、比較的取り組みやすいのは、採用の面ですね。
 採用にどうデータを使うのか、イメージが湧きづらいかもしれません。ですが、適性検査で候補者の能力や属性を測ってデータ化し、面接官の合否と照らし合わせると、その面接官がどういうタイプを選ぶ傾向にあるか、偏りを浮かび上がらせることができます。
 こういった情報をもとにチームで意思決定をすれば、属人的なバイアスが減り、本来マッチするはずの人材の取りこぼしを減らすことができます。
岩本 採用に加えて人材配置に関しては、個人レベルでのタレントマネジメントと、組織単位のピープルマネジメントでの、大きく二つの活用が挙げられると思います。
 タレントマネジメントは、個人単位で才能や能力を最大化させる視点です。
 入社してから退職するまで、どういうキャリアを歩んで、そのためにどんな育成や配置をしていくか。データや本人の希望を鑑みながら、「山田さんはこの時期に、新規事業部の経験をすれば、今後の成長が加速するだろう」などの判断をするのです。
 一方でピープルマネジメントは、組織を活かして個人の実力を最大化させる、という視点です。今までの一般的なマネジメントは上意下達で、上司が部下を使ってチームの成果を最大化させるという構造だった。
 ですがこれからの上司と部下の関係は、芸能プロダクションのマネージャーとタレントのようになっていくと思います。上司が部下を使うのではなく、部下が才能を発揮するために上司を使っていく、そんなイメージです。その材料として、データを活用していくのです。
人材データは、社員の能力やスキル、職務内容などの情報に加え、適性検査の結果やキャリアの希望を記入したアンケート結果なども含まれる。採用や育成、人材配置など、人材マネジメントにおける様々な工程で活用できる。

全ての部署が、人事的役割を

──人材活用がデータドリブンに変わっていく中で、人事のあり方はどう変化していくでしょうか。
大湾 これまで人事は、採用・配置・育成の全ての面で集権的に運営されてきましたが、今後は、人事権の多くは現場のマネージャーに委譲されていくと思います。
 その部署にどんな人間が必要か、部下がどんな学びを必要としているかは、現場のマネージャーが一番よくわかっているべきですから。
 人事部自体は、戦略人事や育成の仕組みや環境づくりなどの役割が、より重要になってきます。後継者の把握・育成から、事業戦略上必要なスキルを特定して、育成の場や学びのツールを提供することなどが挙げられます。
 現在保有する人材と、将来必要になる人材のギャップを埋める採用・育成の計画を立てることが、最も重要な役割になると思います。
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──とはいえ、感情を持った人間をデータで分析するという考え方に、抵抗を覚える人もいそうです。
大湾 その抵抗感を乗り越えるにはやはり、信頼関係が大切ですね。取り組みの目的を説明せずに裏でやってしまうケースもあり、それが不信感に繋がっていることは多い。
 私は人材マネジメントを100%データに依拠するのではなく、データを活用した上で、本人の希望をきちんと聞くことが重要だと思います。
 自分で自分のキャリアを決める仕組みがあった上で、最終決定の参考としてデータに基づくアルゴリズムを用いる。社員にイニシアチブを与えるような使い方だと、納得感が得られやすいのではないでしょうか。
── アメリカでは上場企業の人的資本の開示が義務化され、これまでは“見えない資本”であった、社員が持つ知識や技術の情報も、開示が必要になりました。これからさらに、人材の価値は上がっていくのでしょうか?
岩本 この流れは確実に日本にも来ると思います。これは単に情報を開示すれば良いということではなく、「企業が人材をどう見て、どう扱っているか」という姿勢が、投資先や就職先選びの面でますます重視されるということです。
 今までは経営資源を表す言葉として、「ヒト・モノ・カネ」と言われてきましたが、もはや時代は「ヒト・ヒト・ヒト」。経営陣は人材マネジメントこそ、最重要課題であると認識して取り組んでほしいと思います。