2021/4/26

【タケダのR&D戦略】イノベーション・協業・企業買収で「創薬」を変革する

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR

世界中の人々へ、革新的で付加価値の高い新薬の提供を目指して

田中 ここ数年、タケダは2019年のシャイアー社(アイルランドの製薬大手)の巨額買収などを通じて、グローバルで売上収益トップ10に入る製薬会社になりました。
 グローバル化と並行して強力に進めているのがR&D(研究開発)体制の変革だと伺いましたが、そもそもどんな背景や理由があったのでしょうか。
コスタ 製薬業界には「医薬品の特許期間満了」や「医薬品価格の抑制」などによる売上収益への影響を、どのように解決するのかということを含め、グローバルでいくつかの課題があります。
 この課題を克服するためには、アンメット・メディカル・ニーズに応える革新性の高い医薬品を継続的に提供し、社会に大きな利益をもたらす研究開発体制が極めて重要であると考えています。
 こういった考えに基づき、当社では、2014年にCEOに就任したクリストフ・ウェバーのリーダーシップのもと、グローバルなR&Dリーダーとなるため、研究開発組織の戦略的な方針転換を行いました。
 その一つとして、研究開発部門の責任者に、グローバル製薬会社でR&Dの要職に就いていたアンディ・プランプを迎え入れ、長期的なパイプライン戦略の策定や、持続的なイノベーションを可能にするため、2016年に大規模かつ大胆な研究開発の変革に着手しました。
田中 研究開発体制の変革について、具体的にどのようなことを行ったのでしょうか。
コスタ タケダの研究開発の変革は、いくつかの基本的なコンセプトに基づいています。
 特定の疾患領域へのフォーカスとノウハウで新しいメカニズムと能力に投資を行い、差別化されたパートナーシップを通じて最良なサイエンスを追求しています。また、当社は、権限委譲、説明責任、そしてアジリティの強い文化を培ってきました。
 当社は革新的なバイオ医薬品を創出するために、「オンコロジー(がん)」「希少遺伝子疾患および血液疾患」「ニューロサイエンス(神経精神疾患)」「消化器系疾患」の4つの疾患領域に注力しており、上記疾患領域に加え、血漿分画製剤ワクチンにも重点的に投資しています。
 これらの重点領域において、患者さんのために、既存の治療法に明確な優位性を持つベスト・イン・クラスの医薬品や、治療のパラダイムシフトを起こす可能性があるファースト・イン・クラスの医薬品の創出を目指しています。
 そして、「患者さん中心」というタケダのバリュー(価値観)に基づき、科学的なアプローチをとり、現在十分な治療法が存在しない領域において、人生を変えうる可能性のある治療薬の開発を追求しています。
 これらを実現するために新しいメカニズムに投資し、病気の新しい治療法を模索しています。
 当社の研究開発戦略の中心は、アカデミアや産業界とのパートナーシップ提携であり、新しいサイエンス領域での共同研究や、世界クラスの研究所を統合したモデルを構築し、最も有望なサイエンスを推進する研究開発体制を整備しています。
 研究開発の変革以前、当社のパイプラインのほとんどは「低分子化合物」でしたが、近年はサイエンスの発展や研究開発パートナーシップ戦略のおかげで、生物学的製剤や細胞治療、その他の新しいドラッグデリバリー技術など新しいモダリティ(治療法)に、早期の段階からアクセスできるようになりました。
iStock / smirkdingo
 その結果、現在の研究開発パイプラインは、過去と比較してモダリティの多様化が進み、患者さんに新薬を提供するための手段や選択肢が増えています。
田中 タケダは、短期間で重点領域を絞り込み様々な変更を行っていますね。これは前回のインタビューで考察した「アジリティ」の良い例だと思われます。
コスタ そうですね。研究開発の重点分野でイノベーションを実現するために、早期段階にあるパイプラインについて開発を進めるべきか判断するなど、意思決定のスピードは加速させています。
 また、日本や米国、中国、欧州など、各国で異なる戦略をとるのではなく、グローバルに一貫した研究開発戦略を推進しています。
 そして、先ほど申し上げたように、すべてのイノベーションは自社技術だけでは実現できないため、アカデミアやバイオベンチャーなど外部の研究機関と積極的に連携し、世界中で様々な研究開発活動を行うことが必要です。
 実際に、当社は最先端の治療法や技術にアクセスするために、200以上のバイオベンチャーやアカデミアとのパートナーシップを継続しています。

オープンイノベーションと自社研究力

田中 製薬業界では、業界内だけでなく、大学・研究機関・ベンチャー企業などの様々な組織と、知識を融合させたオープンイノベーションの重要性が高まっています。
 製薬会社は単に医薬品を提供するだけでなく、より複雑で多面的なソリューションの提供が重要になってきている。これは一時的な傾向ではなく、本質的な動きなのでしょう。
 患者さんがどのような問題を抱えているのか、また、業界は価値提供のためにどのように取り組んでいるのか。オープンに繋がり、使命感や意識を共有することが大切だと思います。
コスタ そうですね。イノベーションのネットワークを持つことは、私たちの研究開発の変革に欠かせないものです。
 その一例として、2018年に「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」を設立しました。
 湘南アイパークでは、製薬企業の他にバイオベンチャーや大学などの研究者が一つ屋根の下に集まり、創薬やヘルスイノベーションの追求に取り組んでいます。
 当社と京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥教授が、iPS細胞を用いて共同実施する「T-CiRA」は、湘南アイパークを拠点とした重要なパートナーシップの1つです。
 また、社内の研究開発体制そのものも充実しています。
 当社のグローバルR&Dセンターは、米国屈指の学術都市ケンブリッジに拠点があり、湘南、サンディエゴに研究施設があります。ケンブリッジのR&Dセンターは、バイオ製薬企業の中でも最大級の拠点の1つとなります。
 オンコロジー、希少遺伝子疾患および血液疾患、消化器系疾患の研究は主に米国で、ニューロサイエンスと再生医療の研究は主に日本で行っています。
 また米国のケンブリッジやボストンエリアには、当社だけでなく世界的なバイオ製薬企業やバイオベンチャーが研究所を設置しており、郊外にはマサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学などもあります。
 つまり、優秀な人材が集まり、最先端のサイエンスに触れることができる。その状況で、当社の研究者たちは患者さんの人生を変えうる、インパクトのある創薬に熱心に取り組んでいます。
田中 私はシカゴ大学のビジネススクールでMBAを取得しましたが、渡米時にはシカゴに行く前に2カ月間、ボストンのMITで過ごしました。
 ボストンで感じたのは、ハーバード大学やMITがあるだけではなく医療に関連する研究機関も集まり、ヘルスケアに関するエコシステムが形成されているということです。
 まさに米国のシリコンバレーや、中国の深圳でテクノロジー分野のスタートアップエコシステムが形成されているのと同様に、医療分野の研究開発拠点はボストンにある。
 大手製薬会社、大学、研究機関、病院、ベンチャー、機関投資家などが集まっているため、医薬品の研究開発に大きなメリットがあるのは間違いありません。

研究開発活動にも浸透している「患者さん中心」という考え方

田中 「患者さん中心」というタケダの価値観に基づいて、グローバルな変革を行ってこられました。その姿勢は研究開発部門にも浸透しているのでしょうか。
コスタ もちろんです。タケダのDNAは、240年前から「患者さん中心」という考え方に根ざしており、それは研究開発においても同様です。
 私たちの研究開発エンジンは、患者さんの人生を変えうる革新的な医薬品を生み出す源泉になることを目指しており、これは研究開発担当者にとって大きなモチベーションとなっています。
田中 タケダは人々にとって付加価値の高い領域における新薬開発に注力している。一方で、その他のノン・コア事業等(注力する事業に起因しないその他の事業)の売却を行っていますね。
コスタ グローバルな競争力を維持するためには、世界に通用するいくつかの分野に投資と資源を集中させることが極めて重要です。そのため、主要なビジネスエリア以外の「ノン・コア」となる事業等の売却を進めています。
 例えば、最近では日本のコンシューマーヘルスケア事業を売却しました。アリナミンは国内での認知度が非常に高く、長く愛されているブランドです。
 しかし、競争が激化している国内OTC医薬品(一般用医薬品)市場において、同事業を成長させるためにはさらなる投資が必要です。
iStock / AlexanderFord
 そこで、日本のコンシューマーヘルスケア事業の価値を最大化する方法について検討し、さらなる成長投資を行うことが可能で、ポートフォリオを最大限に発揮できる新たなパートナーに事業譲渡することが、最良の選択であると判断しました。
 一方で、当社は、今後も重点疾患領域において、サイエンスから人生を変えうる医薬品に変換するために継続して資源を集中していきます。
田中 医薬品の研究開発費が上昇している環境下において、最も効果的な投資効果を得るためには、対象となる疾患や事業領域を絞り込む必要があります。
 また、海外展開やM&Aも重要ですが、企業が成功するために最も重要なのは、自社の強みを明確にし、その方向性でこれらの戦略を実行できるかどうかです。
 特にバイオ医薬品業界ではオープンイノベーションが重要になってきていますので、特定の分野に特化することも、エリート人材やパートナーを引きつけるための競争戦略として効果的です。

2030年度に研究開発型の5兆円企業を目指す

田中 これまで、タケダはグローバルでの研究開発組織に変革してきました。
 その上で、2030年度には売上高5兆円(約470億ドル)の企業を目指すと発表しています。なぜ、10年以内にそのような成長を実現できると考えているのでしょうか。
コスタ 当社はこの数年間で大きな変革を遂げ、現在グローバルブランド14製品からなる強力な事業ポートフォリオがあります。
 さらに、重点疾患領域におけるウェーブ1(2024年度までに承認取得予定)および、ウェーブ2(2025年度以降に承認取得予定)と呼んでいる新薬のパイプラインを有しています。
 これらは、独占販売権の消失や競争環境の変化といった、今後10年間に直面するいかなる逆風も補って余りあるものと確信しています。
 当社は最近「R&D DAY」という投資家向けの説明会を開催し、デング熱ワクチン候補や、ナルコレプシー(過眠症)に対するオレキシン受容体作動薬のフランチャイズなどについて紹介しました。
 投資家の皆様にも、タケダが中長期的に成長できる企業であることをご理解いただけているものと思います。
 私たちは、2030年度に売上収益で5兆円を達成のための進捗状況について、今後も投資家の皆様にお伝えしていきたいと考えています。
田中 3回のインタビューを経て、タケダが「患者さん中心」という価値観のもと、重点領域での革新的な医薬品の開発に注力し、新薬のパイプラインを着実に拡充していることが理解できました。
 医薬品を取り巻く環境の変化に対応し、遺伝子治療や細胞治療など、モダリティ(治療手段)の多様化に注力することが、製薬業界のリーディングカンパニーには求められています。
 タケダが、医薬品や創薬だけでなく幅広い分野をカバーする医療ソリューションの中核になることを期待しています。
 コスタさん、今回の一連のインタビューにご対応いただきありがとうございました。
コスタ 田中先生、こちらこそありがとうございました。