2021/4/9

これからのビジネスに求められる「キーワード」とは何か

NewsPicks Brand Design Editor
 世の情勢が急速に変化するなか、新しい価値を提供し、「商い」を成立させる商業活動に携わる人=商人は、どんなマインドセットで今後の事業を考えていくべきか。 連載「あたらしい商人の教科書」第6講は、弱冠23歳にして計36億の資金調達に成功したタイミー小川嶺氏と、伊藤忠商事で社内ベンチャーを率いるBelong井上大輔氏の対話から、これからの「商い」に必要なキーワードを抽出。これから先、5年、10年スパンにおけるビジネスの展望を見出していく。

あたらしい世代の商人は、今何に取り組んでいるのか

── 本連載では、すべての商業活動に携わる人=商人と定義しています。今回は「新時代の商人代表」として、お二方にご登場いただきました。
小川 これまで自分を「商人」と捉えたことはなかったので、新鮮ですね(笑)。
 実は僕は2年前に就職活動で伊藤忠商事を受けたほどで、憧れの会社なんです。今日はお声がけいただき光栄です。
井上 もしかしたら、同僚になっていたかもしれませんね(笑)。
 学生時代、私もビジネスコンテストに出たり、自分で少しネットサービスを展開したりしていましたが、全くの力不足でした。なので、若くして事業を伸ばされている小川さんには、ピュアにリスペクトを感じます。
 私は、まずはビジネスの基礎を学ぼうと新卒で伊藤忠商事に入社しましたが、自分で事業をやりたい気持ちはずっとあって。たまたまチャンスがあり、2年前に伊藤忠の社内ベンチャーとしてBelongを立ち上げました。
 現在は、主に中古スマホのEC事業「にこスマ」を展開しています。
小川 僕が「タイミー」をリリースしたのが2年半前ですので、ほぼ同時期ですね。
 タイミーは、空いた時間に働きたい人と、すぐに人が欲しい店舗や企業をマッチングするスキマバイトアプリです。面接なしで働けて、即金でお給料が支払われるのが特徴で、現在全国に170万ユーザーがいます。
 導入企業は飲食、物流業界を中心に、15,000社ほどになりました。
 実は僕たちも筆頭株主は、大手の事業会社なんです。資金面以外にも、情報や人的リソースの支援、経営などをサポートしてもらっていて、メリットを感じています。
 井上さんが伊藤忠商事で社内起業された理由も、そこにあるのでは、と想像します。
井上 そうですね。特にバックオフィス業務で、伊藤忠グループのサポートを受けられるのは大きいです。
 それから、資金面。金融機関から融資を受けるにせよ、投資家の方から出資していただくにせよ、ステークホルダーへの責任は変わりません。
 ならば、事業そのものや、僕の人となりを良くも悪くも一番理解している伊藤忠商事に株主になってもらうほうが、コミュニケーションスピードも速く、より事業にフォーカスできるな、と考えたんです。

ユーザーの「人生」に責任は持てるか

── 社内ベンチャーとスタートアップ。それぞれの立場で活躍するお二人は、何が「あたらしい世代の商い」のキーワードになると思いますか。
小川 めちゃくちゃ難しい質問ですね。先ほどご説明した通り、タイミーは単発のバイトサービス。ビジネスモデル自体は、大昔からあったものですが、僕らはテクノロジーによって、圧倒的に短時間で、身近な「働く機会」の提供を実現しました。
 今までYouTubeを見たり、漫画を読んだりしていた「スキマ」の時間に、さまざまな業界の現場が体験できる。バイトを通して、そこで働くプロフェッショナルと接点を持つこともできます。
「タイミー」のアプリの様子。働きたい時間と場所を指定すると、求人情報が表示される。
 いわば、「大人の職場見学」のように、職業について考える機会に寄り添う。さらには、その経験をもとにユーザーのキャリア、そして人生そのものにまで関与する──これが、タイミーという事業のコアバリューなんです。
 だから、キーワードとしては……「ユーザーの『人生』に責任を持つ」ですかね。
 単なるプラットフォーマーとして、今まではあえて「黒子」に徹する企業も多かった。ただ、僕たちはもっと積極的にユーザーに関与していきたいな、と。
井上 私たちの展開する「にこスマ」は、中古スマホの販売サービスです。
 今や電気やガスと同じ“生活インフラ”であるスマホをお客様に提供する立場として、小川さんのプラットフォーマーとしての矜持にはとても共感できます。
 「責任」という意味では、中古品を取り扱うからこそ、品質に関わるすべての作業に細心の注意を払っていますね。
「にこスマ」のHPの様子。
 たとえば、販売する端末の検査業務一つをとってもそうです。
 端末内部は自動ツールによる検査が可能ですが、外装はスタッフが一点一点目視で確認する。さらに、お客様自身が購入前に外装を確認できるよう、360度写真を全アングルで撮影しています。
 手前味噌ですが、日本でトップクラスに細かい検査だと思います。うちの熟練したスタッフはスマホを手に持った瞬間に、スマホの傷つき具合や、中古品のグレードが大体わかるようになったと言いますよ(笑)。
にこスマでは、「三つ星スマホ」と銘打ち、ネットワーク利用制限の有無、SIMロックフリー、バッテリー最大容量80%以上等の基準をすべてパスした上で、さらに中古品端末の外装グレードを3段階で評価し、販売を行っている。
小川 すごいですね。僕も自分がユーザーだったらどう感じるかな、という部分は徹底していますし、全社員に意識してもらっています。
 これからのプラットフォームビジネスには、より一層当事者意識が求められるはずです。

「携帯=2年で買い替えるもの」という思い込み

──徹底的にユーザーへの責任を持つ、が小川さんのキーワード。井上さんはいかがでしょうか。
井上 皆さんもご存じの通り、今、携帯電話の料金体系は国をあげて見直しが進んでいます。
 その一環として、分離プラン(本体代金と通信サービス費を別々に請求する仕組み)へのシフトが起こり、通信サービス費はついに値下げが始まった。
 それに付随して、「なんとなく2年に1回買い換えるもの」だと思われていた、携帯端末のビジネスに切り込んでいきたいと思っています。
 本当に2年に1度買い替える必要はあるのか、買い替えは新品スマホじゃなければいけないのか。
 こうした「なんとなくの常識」を変え、中古品を含めたモノの価値がフェアに評価される世界を目指すのが私の直近の目標です。
小川 携帯電話しかりですが、インフラサービスは業界構造上、価格の自由化があまり進んでいなかった。
 ユーザーも無意識にお金を払い続けていたわけですが、本当にそれは適正だったのか、疑問を呈されているんですね。
井上 ええ。現在、日本の中古スマホの普及率は、全体の3%程度。中古PCの場合は20%といわれていますから、まだまだポテンシャルのある領域です。
 タイミーは「スキマ時間に働くことはできない」という思い込みを覆していますね。
 これまで見過ごされていたユーザーの「時間」を、仕組みによって価値に変えようしている。私たちの目指すところと芯の部分は似ているのかな、と感じています。
小川 そうかもしれません。大手がどんどん参入してきている市場でもありますし、まだまだ道なかばではありますが。
 昨今、日本では労働力不足が叫ばれていますが、タイミーが普及すれば、国内の潜在労働力はもっと発掘されるはず。
 そのために、雇用側・労働側双方にとって最適なインフラを整えていきたいですね。

100年経っても「商いの原則」は変わらない

──今いただいたキーワードを踏まえて、反対に時がたっても変わらない「商いの本質」は何だと思いますか。
井上  答えはシンプルで、サステナブルな事業の仕組みを作れるか。これに尽きると思います。
 結局、そのビジネスを取り巻くすべてのステークホルダーにとって価値のある事業でないと、100年、300年と続けていくことは難しい。伊藤忠商事の経営理念でもある「三方よし」ですね。
 話は逸れますが、最近COOの清水と、もし我々が明日いなくなったとして、Belongは誰がどう運営するんだろう、とよく話すんです。
 そして、経営者が突然いなくなってしまっても、仮にその会社や社員に「商いの原則」が根付いていれば、新体制が構築されて会社は存続するのかな、とも。
小川 スタートアップをしていると、普段はあまり考えないポイントですが、仰っていることはよくわかります。
 当たり前ですが、僕が半年後、1年後も事業を必ず見続けられるかはわからない。極端な話、明日事故に遭う可能性だってゼロではないですから。
 だからこそ、長く事業を続けるための仕組みは、常に考えなくてはいけません。他方、井上さんがおっしゃるように、その事業が世のため、人のためになってさえいれば、事業はずっと続くものだ、という考えも持っています。
 タイミーは100年、200年、300年続くインフラになると僕は確信しているので、あとはひたすらプロダクトを磨き込む。それが最善だなと。
井上 そうですよね。一方で、巻き込む人が多くなればなるほど、すべての人に対して同等に価値を提示し続けるのは、難しくなる。国の政策と同じで、全員が100%満足する形は不可能です。
 だからこそ、ステークホルダーとの信頼関係の中で、最適な選択をし続けられるかが重要になる。
小川 基本的に長期投資しかしないウォーレン・バフェットが日本の5大商社に出資したニュースもあったように、長期スパンを見込んだビジネスの機運は、どんどん高まっています。
 SDGsなどのマクロなトレンドもありますが、長い目で見て、世に価値を還元できるか。その真価が、企業に問われている気がしますね。

あたらしい世代の「協業」とは

──お二人は、大企業とスタートアップという別の組織体で商いを行う商人ですが、互いの役割に、期待される点はありますか。
小川 まず、資本を投下して「マクロな戦い方」ができる大企業は、めちゃくちゃ格好いいですよね。僕らスタートアップは、地道にいばらの道を進むしかない。
 スタートアップの強みは「スピード感」とよくいわれますけど、それはあくまで意思決定の話。大きな勝負を仕掛けられる大企業に比べたら、ビジネスのスピード感は正直全然速くないんです。
 だからこそ、僕の事業を見て「もっと大きい試合を一緒にやろうよ」と言ってくれる大企業があったら、本当に素敵だなと思うし、ぜひ一緒に何かしたい。
 グローバルにビジネスを展開していくなど、大きなスケールのチャレンジを共に仕掛けられたら最高ですね。
井上 おっしゃる通りで、大企業の強みは複数の選択肢からマクロな戦い方が選べること。
 一つのビジネスをやるにも、トレーディングを行う、企業を買収する、ジョイントベンチャーを設立する、ライセンス資産を保有する、新会社を設立する……と、いろいろな方法があります。
 逆に、私たちはスクラッチでのサービス開発は経験不足ですし、伊藤忠商事本体にはスーパーエンジニアもほぼいない。こうしたサービスの垂直的な立ち上げは、スタートアップが得意な領域です。
 だからこそ、小川さんのように抜きん出て優秀でアントレプレナーシップ精神を持った方が大きなチャレンジをするときに、パートナーシップを組みたいと思われるような存在でありたいですね。
 同時に、スタートアップ目線を持ちながら、マクロなビジネス戦略についても知見を持った伊藤忠社員が増えていくといいな、とも感じます。
 もちろん、入社してすぐにそうした視点が養えるわけではないので、たくさんの現場経験を積んだ上で、ですね。
小川 その意味で、井上さんのように社内でスタートアップを経験されている方が大企業にいるのは、とても心強いですね。
 同じ目線に立って、事業についてディスカッションできる相手が大企業サイドに増えるのは、スタートアップにとって喜ばしいことです。
井上 そうですね。スタートアップの方々の期待に応えるためにも、私自身もまだまだ努力が必要です。
 お互いの特性をいかした、ビジネスの好例がどんどん生まれてくるよう、頑張っていきたいですね。