2021/3/31

プロツールに妥協なし。シェアNo.1 PCの開発哲学とは

NewsPicks Brand Design ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 グローバル国内ともにPCシェアNo.1の企業をご存じだろうか。PCブランド「ThinkPad」を擁するレノボグループだ。
 IT専門調査会社IDC Japanによると、2020年通年でレノボグループが国内PCトップシェア41.7%と半数近くを握る。※1 
グローバルでもレノボがNo.1であり、24%近くのシェアを獲得している。※2
※1:IDC Japanプレスリリース「2020年通年の国内トラディショナルPC市場実績値を発表」(2021年2月26日)
※2:IDC Quarterly Personal Computing Device Tracker 2020Q4
 レノボがNECとPC事業のジョイントベンチャーを日本で設立してから、今年で10年が経つ。来年にはThinkPadブランドが30周年を迎える中、実はその開発が日本で続けられていることはあまり知られていない。
 トップシェアを取りながら日本で開発を続ける理由はなんなのか。
 そしてプロユースとして絶大な信頼を誇る、グローバルブランドを築いた開発哲学とは。
 レノボ・ジャパンでMr. ThinkPadの異名をとるDistinguished Engineer 塚本泰通氏とコマーシャル製品事業部 大谷光義氏に話を聞いた。
INDEX
  • ThinkPadが違いを生み出し続ける理由
  • ThinkPadはお客様の成功のために存在する
  • チャレンジし続けた結果、シェアNo. 1

ThinkPadが違いを生み出し続ける理由

──レノボはグローバルシェアのトップを取り続けています。中でも看板のブランドが「ThinkPad」ですが、コモディティ化しているPC市場の中でどのような差別化を図っているのでしょうか。
塚本 プロフェッショナルツールとして、ThinkPadはビジネスの用途に関しては絶対に妥協しません。やはり、そこを守り続けていることだと思います。
2002年、日本IBMに入社し、当時誕生10年だったThinkPadの開発に参加する。2009~2014年、ThinkPad T / X / X1シリーズを中心にThinkPad内製開発とイノベーション開発に従事。2015~2017年レノボのグローバルにおける全社的なPC開発戦略をリード。 2017年4月からThinkPadの開発に戻り、ThinkPad Innovation Pipeline に従事。 現在、ThinkPad開発(機構設計・電気設計・BIOS/ファームウエア設計)を統括する。
 お客様の様々なご要望に応えられるよう“Device of Choice”を掲げ製品ラインアップを拡充しています。パソコン業界にはトレンドがあり、今狭額縁でメタル・アルミの削り出し筐体などが流行っています。
 ThinkPadは黒が伝統的に使われていました。カーボンファイバーを用いて堅牢性と軽量性を両立させることも継続しつつ、現在はアルミを使ったシルバーの筐体のモデルも追加し、伝統を守りつつ新しいチャレンジも行っています。
 また、ユーザー体験を重視した開発をしています。
 例えば、温度センサーと加速度センサーを組み合わせて、PCが机の上にあるのか膝の上にあるのかを検知し、筐体温度とパフォーマンスのバランスを切り替える。人感センサーと加速度センサーを組み合わせて、お客様がPCを使っているときは高性能を引き出し、使っていないときには画面を消してバッテリー駆動時間とセキュリティの向上を図る。こういった機能を実現しています。
 さらに、ビジネスエンドユーザーが生産性高く仕事ができることに加え、企業のIT管理者がセキュリティの観点でも管理しやすい設計にし、ソリューションを提供することにも力を入れています。
──30年も続くブランドだと、伝統を守ることに比重が偏りそうですが、伝統と革新、守りと攻めのバランスはどのように取っていますか。
 そういう意味では攻める姿勢はずっとあると思います。ずっと守っているといつか負けてしまいますから(笑)。
 新しいテクノロジーにチャレンジしながら、堅牢性やコストパフォーマンスを含めたお客様が満足するクオリティを守るというのは重要な点で、そこには本当に気をつけて開発しています。
 当然新しい技術にはリスクがあり問題を起こすんです。私のチームにはプロトタイピングを行うグループがあり、なにか新しいアイディアがあったとき製品レベルに近いものを作ってみて、まずはパソコンユーザーでもある自分たちで使い込みながら徹底的に技術検証を行います。
 ただイノベーションはテクノロジーがすべてではないと我々は考えています。お客様の使い方に合った技術の組み合わせ、ベストオブブリードが大事です。
 難しい技術がイノベーションというわけではないですし、なんでも新しいものを製品へ突っ込めばいいというものでもなく、お客様に意味のある形で適材適所に正しい技術を導入していくことが重要であると考えます。
──なにか具体的な例はありますか?
 例えば、ThinkShutterと呼んでいるフィジカルなカメラシャッターを業界で初めて搭載しました。
 パソコンのカメラにテープを貼っている方を何度も見かけ、それをヒントに物理的にウェブカメラを閉じる機構を設けることで必要ないときには何も写らないようにしたんです。
 さらに独自の差別化のために、シャッターを閉めたことを自動で検知して電話会議などでも相手にカメラがオフであることを知らせる画像が送信されます。
 こんなシンプルな工夫に、「この機能はうれしい」「ありがとうございます」と何回言われたことか(笑)。
 新しい技術にはちゃんと目を付けながらも、お客様のニーズを把握する。そしてお客様に欲しい・便利と思ってもらえるよう技術を融合する。それを製品化前のプロトタイプで試す。このプロセスが大事です。
──ThinkPadは日本で設計されていると聞きます。グローバルカンパニーの開発拠点が日本である理由はなんでしょうか。
 まだThinkPadブランドがIBM時代だった当初から開発は日本が中心となっていました。
 1990年代はハードディスク、ディスプレイ、CPUなど主要技術を日本IBMが国内で開発しており、それら先端技術を開発する日本でThinkPadを開発するのは自然な流れでした。
 レノボに移った後も、技術に精通したエンジニアを含め、技術資産をThinkPad開発に活かしています。
 さらに、日本には低消費電力・超小型化・堅牢性の高いマテリアルなど最先端の基礎技術を持つパートナー様が多いんです。日本のものづくり力を活用して競争力のある開発・設計を続けています。
 ThinkPadは、「高品質」「世界初の機能の搭載」「イノベーションによる差別化」などを通じてお客様の成功に貢献するという継続的な積み重ねで進化してきました。
 約30年の開発を通して、お客様中心のカスタマーセントリックな開発哲学が醸成されてきたと思います。

ThinkPadはお客様の成功のために存在する

──カスタマーセントリックな開発哲学とは具体的にどのようなものでしょうか。
 Thinkブランドの哲学は大別すると二つあって、製品哲学と開発者哲学があります。
 製品哲学はThinkブランドすべてで言えるものですが、製品設計・デザインに関するものです。
 まずPurposeful Design(目的のあるデザイン)は、すべての設計に意味を持たせる設計哲学です。なぜこういう設計になっているのか?と常に自問し、エンジニアがしっかりとお客様の要求に答えられるまで設計を詰めて考えるよう心がけています。
 そしてTrusted Quality(信頼の品質)、ビジネスのプロユースに耐えうる堅牢性であり、また使い勝手の良さなどの品質です。堅牢性はThinkPadにとってコア要素であり長年期待していただいていて、ここは決してお客様を裏切れないところで妥協は許されません。定評のあるキーボードの使いやすさなど使い勝手の良さも品質の一部です。
 最後にRelentless Innovation(たゆまぬ革新)は品質を守りつつ積極的にイノベーションを継続して、攻めるべきポイントは攻めていく姿勢を示しています。
 この3つに集約される製品哲学は、レノボになってからも変わらずに生き続けています。
 もう一つの開発者哲学ですが、長年暗黙の了解だった開発者の心構えをきちんと引き継いでいくために、開発20年目の節目に若手エンジニアがベテランエンジニアに聞き取りを行ってまとめ直しました。
 一人ひとり「どういう哲学を持ってThinkPadを作っていますか」と。
 それをまとめるとThinkPadはお客様の成功のために開発しているということです。
 ThinkPadはお客様の成功を助けるためのプロフェッショナルツールという位置づけです。
──「お客様の成功」をとらえるのは難しくないでしょうか。
 おっしゃるとおり、お客様のゴールは年々変わり続けていきます。昔はMicrosoft WordやExcelなどのオフィスツールを快適に使える、高性能でプログラムを速く走らせ大容量ストレージにより多くのファイルを格納できるといったことが「生産性が高い」とされていました。
 その後ノートパソコンが主流になり持ち運びに耐えうる耐久性と軽さが重要になり、最近ではオフィス用パソコンをリモートビデオ会議に使うためオーディオやカメラの性能が求められ、さらに私用で使うことも増え出張先でNetflixやYouTubeなどを楽しく視聴できるというクオリティオブライフの側面もお客様の成功だと考えています。
 こういったビジネス用途のこだわり。多様化するお客様の成功を目指し、お客様の使い勝手に基づいた開発をし続けていること。これらが、「PCはどこも同じ」と思われがちな中での着実な差別化であり、これまでも今後もThinkPadがThinkPadであり続けるゆえんだと、我々は信じています。

チャレンジし続けた結果、シェアNo. 1

──グローバルではシェアNo. 1が続いていましたが、2020年には国内販売においてNECレノボ・ジャパングループとしてトップシェアを取りました。理由を教えてください。
大谷 2020年はコロナ禍において、弊社だけではなく業界全体にテレワークなどの需要で市場規模が拡大しました。さらにGIGAスクール需要での恩恵がありレノボグループでシェアNo. 1となりました。
レノボ・ジャパン合同会社のコマーシャル事業部において、製品企画部をリード。働き方改革を促進するデバイスや周辺機器の企画に加えて、ワークスタイルエバンジェリストとして、自社での取り組みから得た知見を社会に還元することを目指し、パートナー企業との協業施策やテレワークスタートガイドなどお客様向けガイドの作成や、より生産性高く働ける環境を作るための取り組みをリード。
 手前味噌ですが、グローバル水準に耐えうる実績とクオリティがあること。先に塚本が説明したとおり日本国内で世界に向けて研究開発を行っていることが、これを支える強力な基盤になっています。
 そして、国内ではNECパーソナルコンピュータとのジョイントベンチャーによる多くの取り組みが結果につながってきた実感があります。
 製造については、一部の製品をNECパーソナルコンピュータの米沢事業場で手掛けており、対象モデルも増えてきました。また、修理は同社の群馬事業場が担っています。その他に福井のコールセンターなど、日本に力点を置く体制が市場シェアに結びついているのだと思います。
 これまでもグローバルシェアでは1位をいただくことが多かったのですが、一方で、日本はご存じのとおり特殊な環境で、強いブランドがたくさんあり、簡単な市場ではありませんので、今回の結果に身の引き締まる思いです。
──この10年、スマートフォンの台頭によるパソコンの出荷減少などがありました。総じて見るとどのような流れだと感じていましたか。
 そうですね。「スマートフォンやタブレットが浸透して、パソコンはなくなるぞ!」といつも社内外からプレッシャーを与えられていました(笑)。
 実際にこのコロナ禍が特にそうですが、デスクトップパソコンは出荷減少の傾向がありましたが、新たなデバイスとパソコンはうまく共存共栄していると考えています。パソコンの買い替え頻度はこの10年で減っているのかもしれませんが、オフィスワーカーであればノートパソコンかデスクトップパソコンかは別にして一台は使っていらっしゃいますよね。
 忘れられないのは、10年前には東日本大震災があったことです。当時、デスクトップパソコンを当たり前に使っている内勤者の方が多かった。それは自分たちレノボもそうでした。
 災害時はお客様とのビジネスコミュニケーションが取れなくなってしまう可能性が上がる。それだったら「まずは従業員さんにノートPCをお配りしましょう」という発想へ転換されたのがこの時でした。
 悲しい経験ではありました。この時に強引にでもテレワークをしなければいけないとなって、レノボ・ジャパンとして自らが働き方や使うツールも変えてお客様への情報提供を強化するようになりました。
 自分たちの働き方、使用するデバイス、お客様とのコミュニケーションなど、非常時においても事業を継続するためにプロユースのデバイスがどうあるべきか、レノボとしてもこの10年は非常に実りのある価値ある時間となりました。
 そもそもThinkPadが発売された1992年から「仕事を外に持ち出そう」っていう発想で始まっているはずなんですよ。
 ですから我々の一貫した「働き方改革」はそこから始まっていると申し上げることもできます。
──プロダクトだけではないんですね。
 もちろんThinkPadなどのハードウェアをDX支援の一つとして提供していますが、法人向けのトータルソリューションとして、ソフトウェア・クラウドサービスにも注力しています。
 例えばThinkShieldというソリューションにより、セキュリティやデバイス管理を包括的にできるなど、法人向けの機能は多くあります。
 レノボはグローバルで展開しているからこそ、最適なソフトウェア・サービスを世界中のパートナー様が持っていらっしゃる。我々はそういった各国のパートナー様とご一緒に様々な提案や供給体制を作り上げていくことが、強みの一つとなっています。
 お客様の成功に貢献するため、DXを進めるために、どのテクノロジーを採用するのか、どのように働き方改革を進めていくのか、そこをお手伝いしていくのが我々の役目です。