「能力はあるのに働かない社員」に冨山和彦が鬼になった本当の理由
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寄り合い所帯の船の乗組員が、「俺はこんな小さな船に乗りたくない。元の大きな船に戻りたい」と鬱々としていたら、それは外に表れます。
みんなで船を動かそうと汗をかいている中で、そういう態度を見せられれば、全員の士気を下げることになります。
それでも、船出したばかりの寄り合い所帯、相手の本心が分かるまでは辛抱、と堪えるのも船長。袖擦り合うも他生の縁です。
本人がこの船に乗りたくないのであれば、戻りたい船に返してあげる方が、いいでしょう。でも、こうして戻っても大きな船では甲板掃除に甘んじることになるかもしれません。小さな船でも懸命でなかったことは、やはりその後の人生に悪影響を及ぼします。
鬼になった本当の理由は、筆者自身の相手を思いやる気持ちを断ち切らんがためでしょう。
水を得た魚のように、戻ることができた大型船で、彼はリーダーになれたかどうかは、言及されていませんが、しり切れとんぼのように寂しいことになってしまったのかもしれません。
「積小為大」と言う言葉がありますが、小さなことを真剣に積み重ねることが、尊いのであって、大きなことをやりたいと望むのは、夢想でしかありません。
「目指している方向が違う以上どうしようもない」と決心した時の筆者の無念を思います。
すべての人を救いたい、でも小さな船、いつ転覆するかわからないような船の乗組員を難破させるわけにはいかない、船長の決断は時に鬼になります。ヒトモノカネの調達がマネジメントですからね。
調達ということは、場合によっては排除することも選択肢のひとつだから、それも選択肢の一つなのは当然。
なお、コミュニケーションの大前提として『相手に興味を持つ』というのは凄く大事だと思っています。
なので私はちょっとした相談であっても凄く真剣に聞くし、そのちょっとした相談に対しても、それが仕事に関係ないことでも出来ることがあれば私は対応したりアドバイスしたりするようにしています。
これはマネージャーとして必須だと思っています。大企業では、そもそも希望通りに担当を選べないことが多い中、(本気の定義にもよるが)本気になれる人となれない人がいて、後者が多いのは当然のこと
そんな中では役割設計が非常に重要
雑に言うと、考えることや答えを出すことは本気な人が担い、実作業や検証を本気でない人が担う
実作業や検証も役に立たない人は、出てもらうか、本質的ではない仕事を作って一定の満足度を得てもらうしかない
そして、その事業の目的や会社の中での位置付け次第ではあるだろうが、一定階層での対話で解決しない場合は、大鉈を振るう必要があるケースもあるだろう