2021/3/31

【後編】企業の持続性に「フラットな組織」が求められる理由

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
 2020年、新型コロナウイルスは、経済をはじめ教育・医療・行政などさまざまな領域で、社会を大きく変えた。
 当たり前だった移動が一時的に制限され、変わらないといわれ続けた日本の働き方も、半ば強制的にデジタル化へと舵を切った。
 歴史をひもとけば、オイルショックやバブル崩壊、東日本大震災など、時代の趨勢は常に激しく変化している。
 では、数ある危機に対してレジリエンスを発揮し、持続的に成長を続ける「長寿企業」として、価値を生み出し続けるには何が求められるのか。
 前・後編の後編となる今回は、幾多の困難を乗り越え、ともに100年を超える長寿企業である星野リゾート代表の星野佳路氏と、武田薬品工業取締役の岩﨑真人氏の対談から、企業が持続性をもつためのよりよい組織、そしてリーダーシップとは何かを考察する。
INDEX
  • 楽しく働ける「フラットな組織づくり」
  • 「無意識」の思い込みを取り除く
  • 権限委譲を進めて、意思決定を促す
  • 未曾有の危機もポジティブに乗り越える

楽しく働ける「フラットな組織づくり」

──前回、星野リゾートの経営においては、全員が経営に参画するために「フラットな組織」が重要であると述べていました。星野さんは、そのような組織はどうすれば作れると思いますか?
星野 私が大切にしているのは、組織論の権威であるケン・ブランチャードの「リーダーシップ理論」です。
 私が経営を父から継いだとき、人材不足に非常に悩んでいました。
 募集しても人が集まらず、その理由は人手不足だと思っていたのですが、どうやら経営や組織そのものに問題があることがわかってきた。
 そんなときに、ケン・ブランチャードのエンパワーメント理論に便りました。
 その理論によると、経営情報を社員に公開することで、フラットな人間関係を作る。そして、フラットな組織文化を作ることで、社員に自律した働き方を促すものでした。
 前回も少し触れましたが、フラットな組織文化を作る目的は、社員に楽しく働いてもらうこと。観光産業の経営で一番重要かつ難しいのは、優秀な人材の獲得とそれを維持することです。
 だから、とにかく社員が仕事をしやすい、不要な気をつかわず、仕事が楽しいと思える職場を作ることで、結果的に長く働いてもらいたいと考えています。
 それがひいては、企業の持続性や長寿企業の実現につながるはずだからです。
岩﨑 フラットな組織作りを構築するためにはボトムアップの活動が欠かせません。
 例えば、武田薬品工業(以下、タケダ)には「バリューアンバサダー(Values Ambassador)」プログラムという取り組みがあります。
 これは、従業員がタケダの企業理念を社内に浸透させる役割を担う、グローバル共通のプログラムです。
 現在、日本では約260人の従業員がバリューアンバサダーとして活躍しています。
 2020年度は「Best place to work with open communication」をテーマに、事業所や部門単位でタケダの従業員として目指す姿を設定し、実現に向けて船頭の役割を担ってくれました。
 組織で一体となって取り組めるように、良い取り組みを共有し、必要であればマネジャー層にも提言を行っています。
 また、人事制度においても自身が思い描くキャリアを築いていただけるよう、新たな制度を導入しています。
 例えば「興味があることを探したい」という従業員に向けて、短期間で国内の他部署の仕事やプロジェクトに従事する「キャリアスクエア」というプログラムを導入しました。
 これは、自分の仕事の1日あたり1〜2割の工数で、他部門の仕事を体験できるもの。
 試験導入にあたっては、キャリアの幅を広げることにつながったという声も多く聞かれました。
 この制度自体、日本におけるタケダの組織課題に対して提案や実施を行う、ボトムアップ型のプロジェクトに参加している従業員の提案から始まっています。
 このように、企業風土や人事制度において、従業員の声を積極的に取り入れていくことで、さらに素晴らしい提案が生み出されていきます。フラットな組織の構築が好循環をもたらしているのです。
  一方で、生まれた国や文化、育った環境、受けてきた教育、考え方などの違いが「壁」になることがあります。
 だから、ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂性)を徹底する必要がある。
 その上で組織に依存するのではなく、自分の考えを発言して、実行できるよう、個々の能力向上と挑戦のために必要な教育は、何でも提供しています。
 星野さんも、上下関係やヒエラルキーといった「壁」を取り払うために、されていることはありますか?
星野 そうですね。前回お話しした「役職で呼び合うのは禁止」や、総支配人には大きなデスクがあるような「偉い人信号」を出さないようにすることは、例としてあげられます。
 さらに付け加えるなら、もともと上下関係がない新卒を中心に採用してきたことも、フラットな組織作りには有利に働いていると思っています。
 入社時にフラットな感覚を持つ新卒から「フラットな組織」で働いてもらう。そうすれば、年月が経ってもその感覚を失うことを避けられます。
岩﨑 当社でも、壁をなくすための取り組みはありますね。
 国内ビジネス部門のプレジデントを務めていた際は、私の部屋の壁はすべてガラスで、文字通り透明性のある“丸見え”の状態でした。
イメージ写真(iStock / fizkes)
 会議室の中で、トップマネジメントが何をしているのかわからない状態は作りたくなかったのが理由です。
 逆に、従業員から部屋を見えなくしてほしい、と冗談交じりに言われたほどです。しかし、マネジメントがロールモデルである必要があると考えていますから、今も透明のままにしています。

「無意識」の思い込みを取り除く

──組織を束ねていくなかで、フラットさを維持するために、何が大切だと考えますか。
星野 一つは評価制度です。そもそも人を評価するには、フラットになりきるのは難しいもの。
 また、正しい評価を追求するあまり、フラットさを阻害する可能性もある。
 加えて評価は給与に反映され、上下関係を明確にしてしまうので、我々は「アバウトな評価」を大切にしています。
 給与は“ある程度”評価とリンクしていますが、アバウトさをあえて残している。
 そもそも人の能力を正しく評価することは難しいものです。3~5年で見れば公平に評価できなくとも、長期的に見て是正する、というぐらいの覚悟でやっています。
 同時に、評価される側には毎年「社員満足度調査」を実施。総支配人に対する不満があれば発言できるし、異動希望も出せるようにしています。
 それらの要望を極力満たすことで、フラットさを維持しています。
岩﨑 星野さんのおっしゃる異動という点について、タケダの制度をご紹介させてください。
 タケダでは個々の希望に応じて、グローバルのどのポジションでも挑戦できるような社内公募の仕組みを導入しています。
 全世界で、どの部門で、どういった職種のポジションをどのような勤務地で募集しているかは、社内のイントラネットからいつでも確認し、応募を検討することができる仕組みです。
 日本のビジネス部門からも、ファイナンスやコンプライアンスの経験を生かして海外のポジションに応募して合格し、現地の従業員として活躍している人も多くいます。
 2020年度は日本で800人が公募に挑戦し、このうち60人が合格して新たなキャリアを築いています。
 ただ、日本の組織に関してはまだまだ社歴や性別、国籍はもちろん、働く時間や場所についての「アンコンシャス・バイアス」、つまり無意識の思い込みや偏見が存在することも事実です。
 だからこそ、我々リーダー陣が行うべきことは「アンコンシャス・バイアス」を取り除いていくことだと思っています。
 タケダには、従業員の視点が「患者さん」に移ると、自然とフラットな組織になる強さがある。
 あらゆる場面で「患者さん中心」の企業理念を根付かせ続けられることができるか。
 それこそが自分たちの存在意義を示すことであり、ひいてはタケダが長寿企業として、次世代に続いていくことにつながると考えています。

権限委譲を進めて、意思決定を促す

──ここまで良い組織、フラットな組織を作るために両社が取り組まれてきたことについてお聞きしました。そのために、リーダーにはどんな役割が求められると思いますか?
星野 私は、次の100年も企業が続くにはどうすればいいか、という長期視点に常に立っています。
 最近、現場で人気のある総支配人のリーダーシップを研究したんですが、情報をオープンにして、議論をうまくファシリテートできて、決断が早い人が人気だということがわかりました。
 正しくない判断だとしても、決断が早いことへの行動の方が評価は高いんです。
 逆に、スタッフのために良かれと思って正しい結論を出そうと議論に時間をかけすぎるリーダーは現場からの人気がなかった。
「間違ってもいいからやってみよう」と素早い決断ができるリーダーが、チームのメンタルを健全に保っていますし、それがこれから求められるリーダー像だとも思っています。
──素早く決断できるリーダーシップは重要だと思います。その点で、タケダも実行されていることはありますか?
岩﨑 有事の際の意思決定の早さは重要です。
 例えば、コロナ禍の対応において、当社では日本で最初の緊急事態宣言が発令される前の2020年2月17日に、日本の従業員を対象に可能な限り在宅勤務を要請しました。
 グローバルカンパニーとして当社が持つ世界中の情報網から、新型コロナウイルスの海外での感染状況や日々更新される情報を確認できていましたし、日本にこれから起こる状況は見通すことができました。
 日本企業の中では早い決断だったと思います。
 フレックスワークやテレワークを柔軟に活用した働き方が加速した今、ウィズコロナを見据えて対面の重要性と、デジタルの有用性を両立したハイブリッドな働き方がどのように進められるかを社内でディスカッションしています。
 星野さんがお話しされたような、決断の早いリーダーシップを個々の従業員が実践していくためにも、私たち経営層が阻害要因を見つけて、どんどん取り除いていきたいと考えています。

未曾有の危機もポジティブに乗り越える

──昨年は新型コロナウイルスによって、組織を迅速に変える決断を迫られたと思います。最後に、「長寿企業」として危機の乗り越え方を教えてください。
星野 新型コロナは、確かに未曾有の危機です。
 しかし、私の30年の経営人生には、バブル崩壊や不良債権処理、リーマンショック、東日本大震災、新型コロナと「100年に一度」と言われるような危機が6年に1回も訪れています。
 もちろん、2020年は緊急事態宣言の発令によって大量のキャンセルが発生し、私たちにとっては本当に大変だったのですが、危機対応するにあたっては変な自信がありました(笑)。
 なぜなら、もともと観光業はオンシーズンとオフシーズンがあります。
 そのため、星野リゾートの各施設はそもそもオフシーズンへの対策をしていましたし、国内の観光に対して潜在的な需要が高いことは以前からわかっていました。
 だから、第一波が収束して、第二波が来るまでの間に、国内需要を狙う「マイクロツーリズム」を打ち出しました。
 結果的にそれが1年以上続くことになっていて、今後も続いていく旅の在り方のひとつだと考えています。
 当然社員は不安になっているので、具体的な作戦を示して「大丈夫だ、生き残れる」と、高頻度で情報を発信し、戦略に対しての自信を持たせました。
 コロナ禍以前は権限委譲も進めていて、私がいなくても運営できるような組織体制を作っていましたが、久しぶりにコントロールセンターの中心にいる1年でしたね(笑)。
 ただ、一つだけ残念だったのは、星野リゾートが開業してすぐにスペイン風邪のパンデミックを経験しているのにもかかわらず、当時のことが何も残されていなかったこと。
 だから、今回の危機をどう乗り越えたのか、次の世代にしっかり残したいと思っています。
岩﨑 コロナ禍で一番難しかったのは、Face to Faceでのコミュニケーションでした。
 病院への訪問を控えるなどしたため、早急にオンラインでの面談に切り替えるなどの対応を行いました。
 もちろん、デジタルに代替できること、代替できないことを見極める必要はあります。
 その上で、タケダでは「患者さん中心」をコロナ禍でどのように体現できるかについてのディスカッションも頻繁に行われ、デジタルを活用した事例がこの1年で生まれています。
 例えば、タケダが注力する5つの主要なビジネスエリアの一つであるニューロサイエンス領域では、自宅で過ごす時間が多くなりがちなパーキンソン病の患者さんに向けたアプリケーションの提供を始めました。
イメージ写真(iStock / demaerre)
 これは、音楽を聴きながらビートに合わせて自分のペースでウォーキングができるよう、サポートするものです。
 同じくパーキンソン病に関する取り組みでは神奈川県や医療機関と共同で実証実験を行いました。
 通院が難しい状況でも、患者さんの日々の症状をデジタルデバイスで見える化し、自宅で診察を受け、薬剤が配送されるワンストップの仕組みを構築しようというプロジェクトです。
 タケダのみでは提供できるものは限られますが、患者さんを中心とした各ステークホルダーが協力することで、実用的な仕組みを提供することができます。
 患者さんの困りごとは何かを汲み取り、デジタル技術や他社との協働を通じて、患者さんに貢献する活動をしていく。
 240年間、日本でビジネスを行ってきたからこそ、みんなで力を合わせて日本の次世代の仕組みを考える部分で貢献できると思っていますし、コロナ禍の逆境であっても、その強い思いが取り組みを推進する原動力となっています。