2021/3/24

【対談】インフラからD2Cまで。なぜ、ビジネスに「デザイン」が必要なのか

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
デザイン思考、サービスデザイン、そしてデザイン経営……。今ほど、ビジネスにおける「デザイン」の重要性が叫ばれている時代はない。

ビジネスにデザイン視点を取り入れることによって、サービスやプロダクトはどう変わるのか。

ビジネスデザイナーとして活動するTakram佐々木康裕氏と、2020年度グッドデザイン大賞の受賞者であるWOTA 株式会社 前田瑶介 代表取締役社長CEOに、デザインによっていかにビジネスが拡張するかを語ってもらった。
INDEX
  • ビジネスモデルを「デザイン」するとは?
  • ブランドへの「求心力」をどうデザインするか
  • デザインは生産から回収まで広がる

ビジネスモデルを「デザイン」するとは?

──昨今、デザイン思考やデザインシンキングなど、ビジネスの世界で「デザイン」という言葉に注目が集まっていますね。
佐々木 もともとデザインは「図柄」や「意匠」など見た目に関する意味合いで使われる言葉ですが、「設計」や「構想」を指す場合もありますよね。
 ビジネスにおけるデザインは後者。つまりインタンジブル(無形)なものを指します。
 例えば、UberはアプリのUIやUXが良く、使いやすいだけではなく、ビジネスモデルそのものが斬新ですよね。民泊仲介サービスのAirbnbも同様です。
 最近、世の中を変えたといわれるサービスは、新しい仕組みや体験をデザインしたことこそが素晴らしいわけです。
 それこそ、WOTAさんの自律分散型水循環システムだって、優れたデザインはもちろんですが、水インフラのあり方を変えるようなビジネスモデルを設計しているところが斬新ですよね。
前田 WOTAでは「誰でもどこでも水の自由を」というミッションを掲げています。
 人間の生活用水を支える上下水道の仕組みは、古くは2000年近く前から存在していたわけですが、今でも世界の隅々まで広がっているわけではありませんよね。
 自動車や携帯電話はサバンナでも使えるのに、水に関しては普及を阻む課題を解決できていないのが実状です。
 これまで、水のインフラは配管工事など、土木工事の世界で造られてきましたが、本当はもっと違うソリューションがあるはずだと考えていました。
 そんな思いから、「WOTA BOX」という自律分散型水循環システムを開発したんです。
 このシステムは、センサーとAIを使った水処理制御技術によって、RO(逆浸透)膜をはじめとするフィルター等の水処理を制御することで、一度使った水の98%以上が再利用できます。
 電源さえ確保できれば短時間で設置可能で快適な水を使える。言わば「小さな水インフラ」です。
 コンパクトなサイズのため、製造のバリューチェーンを構築できれば、爆発的に普及させることができるかもしれないし、上下水道をひくように何十年もの時間をかけることなく、世界が抱える水の課題が短期間で解決できるかもしれない。
 つまり、ビジネスデザインという観点ですと、世界における水の課題に対するソリューションを「デザインしなおした」ということですね。
──そもそも、2000年近くの歴史を誇る上下水道という“当たり前”のシステムを疑う感覚はどのように養われたのでしょうか?
前田 僕は大学で建築学を専攻していました。そこで分かったことは、20世紀の都市計画って、結局20世紀の人口動態の中で構想されているんです。
 今はまさに20世紀の都市計画という仮説検証サイクルが、ようやく1回転したタイミングで、いろんな課題が見えてきました。
 水のインフラでいうと、かつては人口が増え続ける前提で、上下水道などインフラの構築も計画されていたんです。
 けれど水道はつながっている世帯数次第で1世帯あたりのコスト負担が変わるので、人口減少社会になると、インフラがキープできなくなってくるわけです。
 そんな中でさらに水道やダムに再度投資して、もう100年かけて仮説検証を回すのかというと、それはさすがに違うんじゃないかと。
 ですから、今までよりも仮説検証を早く回す。これが問題解決の一つになるのではと考えたんです。
 そのためには根本のソリューションを見直し、時代が変わっても持続可能なシステムを考えなおしていかないといけないですよね。
「WOTA BOX」はそんな課題感からも生まれたプロダクトです。
2020年度グッドデザイン大賞の「WOTA BOX」。世界初の「持ち運べる水再生処理プラント」として、生活排水を98%以上再利用し、上下水道いらずの水利用を可能にする。独自開発の水質センサーとAI技術で、浄水処理と排水処理を両立。誰でもどこでも、水循環によって豊富な水利用が可能になる未来の水インフラだ。
佐々木 前田さんのように、建築ご出身の方はすごく長い時間軸で物事を考えていますよね。
 スマホは3年で買い換えるかもしれませんが、建築は世代が変わっても価値を維持し続けられるように作られているケースが多い。それはすごく大事な観点ですよね。

ブランドへの「求心力」をどうデザインするか

──前田さんは、100年というスケールの課題に対してデザインでアプローチしていますが、「D2C」をはじめ、様々なビジネスモデルにデザイン的視点を加えることが重視されています。
佐々木 そうですね。その理由は、大きく2つあると思います。まずは、建築ほどではないものの、メーカーやブランドと消費者の関係が「従来よりも長期化」していること。
 かつては新商品を発売して、広告を打って、買ってもらえれば、それでおしまいでした。
 でも、デジタルテクノロジーによって商品の購入後も、顧客とつながり続けられるようになりましたよね。
 それに伴い、LTV(Life Time Value=顧客生涯価値)を上げるためのデザイン設計が、メーカーやブランドに求められることになりました。
 もう一つが「権威の分散化」です。SNSやレビューサイトの普及によって、今の消費者はメーカーやブランドよりも、他のユーザーが発信する言葉を信じますよね。
 つまり、消費者にただ良いと思ってもらうだけじゃなく、良いと思った体験を広めてもらわなければいけない。
 サブスクしかりSaaSしかり、そのためのデザイン設計があらゆるビジネスで重要になってきているということです。
──ビジネスを進めていく点で、前田さんもそういった潮流は意識していますか?
前田 非常に重要だと思っています。
 多くのブランドは、数を絞って、品質や希少性を高めることでブランド価値を向上しているように思いますね。
 WOTA BOXの場合は違います。安価になればなるほど、世の中に広まり、多くの人々に利益をもたらします。
 一方で、普及することや低廉化を指向することによってブランドの価値が低減したり、棄損したりする可能性がある。
 それを防ぐためには、安価であってもプロダクトの先にある仕組みやビジョンに対して、価値があると思ってもらうことも必要だと考えています。
 つまり、WOTAは普及するほど安価にはなりますが、導入することで確実に水問題の解決につながる。
 そんなサイクルを作ることが、WOTAというブランドへの「求心力」を上げていくことにつながるのかなと。
WOTAは、2016年の熊本地震をはじめ、2018年の西日本豪雨、北海道胆振東部地震などの避難所で試作機を用いた入浴支援を行ってきた。
──佐々木さんから見て、「WOTA BOX」で求心力を作るとしたら何が必要だと思いますか?
佐々木 ジャストアイディアですが、「WOTA BOX」は災害時などのシリアスな状況で活躍するところが評価されていると思います。
 一方で、より人間がポジティブな気持ちでいられるときにも使えることを訴求しても良いのかなと。そうなれば、活躍する場面が単純に2倍になりますからね。
──課題を解決するだけでなく、日常的に使われることも考えながらコミュニケーション設計をすると、新しい価値が生まれそうですね。
佐々木 課題は解決された状態が続くと、世の中の人にはあまり喜ばれなくなっていくものです。
 だからマイナス状態をゼロに戻すだけじゃなく、ゼロをプラスにするようなデザインができれば、「WOTA BOX」の可能性は広がりそうですね。
「言うは易く、行うは難し」ですが(笑)。

デザインは生産から回収まで広がる

──今後、デザインはビジネスのどんな場面で求められるでしょうか? デザインの未来や可能性について、お二人の考えを聞かせてください。
佐々木 まず、いわゆるモノを作るだけの「メーカー」は、これからなくなるのではないかと僕は思っています。
 この時代では、すべてのメーカーにサーキュラーエコノミーの実現が求められる。自動車やスマートフォン、アパレルなど、商品を作って売るだけではなく、修理・回収・再利用の仕組みを考えることは必要不可欠ですよね。
 そうなると作ることに加えて、回収する仕組みに対するデザインが必要になってくるわけです。
 つまり、デザインが関与する領域が「作る」と「回収する」になるので、単純に2倍になる。
 例えば、消費者にとって魅力的に映るとか、使い勝手が良いだけではなくて、リサイクルしやすいシステムとか、再利用の素材を自社開発するとか、デザインが入る領域はどんどん増えていきます。
──具体的にはどんな事例がありますか?
佐々木 「On」というスイスのランニングシューズブランドがあるのですが、そこでは「Cyclon」というモデルを再生可能素材で作っています。
 しかも、ランニングシューズなのにサブスクで提供していて、一定期間履いたら回収して、また再生素材に戻す。さらに素材開発も自社で行っている。
 そうなると、シューズを作って売るだけのような既存のメーカーのビジネスモデルではないですよね。
 このように、サーキュラーエコノミーの推進によって、これまでの産業システムがもう一つ拡張される感じがあって、個人的にはすごく面白いなと感じています。
前田 佐々木さんのお話のように、環境に対する意識をビジネスの設計に組み込んでいくことは、一つの方向性になると思います。
 例えば、水循環システムは、日常的に水を利用する中で、環境意識を自然に生み出す可能性があると考えています。
 つまり、人が出した排水をポイントオブユースで、ユーザー自身の費用負担で処理する。そうなると、水を綺麗に使えばコストは安くなり、汚く使えばコストは高くなることが分かります。
iStock / Armastas
 都市部の上下水道の場合だと、どこか遠く離れた場所で排水が処理されるので、都市全体でコストが平準化されます。そのため、水を綺麗に使っても、汚く使ってもコストは変わらない。
 だからこそ、水利用と水インフラの関係をデザインすることで、環境に対する意識そのものを、自然と変えられる可能性があるのではと考えています。
 特にこれまでインフラの領域は、テクノロジーやデザインが比較的入りづらかった領域でした。
 それゆえに、まだまだ改善できる余地が多く残っていますし、それこそデザインが寄与できる可能性は無限に広がっているんじゃないでしょうか。
佐々木 無邪気に商品を作って、売っていた時代を内省して、サーキュラーエコノミーの実現に走り出している企業が増えています。
 もしかしたら、そこを突き詰めていくと「そもそも商品を作らない」というスタンスに到達する時代が来るかもしれません。
 今後、何も作らなかった企業がグッドデザイン賞を受賞するようになったら、ますますデザインの可能性は広がっていくでしょうし、面白い社会になっていきそうですよね。