2021/2/21

【酒井高徳】「誰と比べても下手」な僕が海外で8年やれた理由

株式会社マックプランニング
 酒井高徳。19歳でブンデスリーガへ渡り計8シーズン、主将も務めた。一昨年にヴィッセル神戸へ戻りクラブ史上初の天皇杯制覇やアジアチャンピオンズリーグ出場に貢献しているサイドバック。
 30歳を迎え感じる、「日本サッカー界の現在地」そして「アスリートとしての価値」について語る。全2回。(前編はこちら
酒井高徳(さかい・ごうとく)1991年生まれ。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションは左サイドバック
アルビレックス新潟ユースを経て2009年にトップチーム加入。2012年ドイツ・ブンデスリーガのVfBシュトゥットガルト、2015年にハンブルガーSVに移籍。ブンデスリーガで初の日本人キャプテンとなる。2019年J1ヴィッセル神戸に完全移籍。日本代表には2010年に初選出。2012年UAE戦でA代表デビュー。ロンドンオリンピック、ブラジルW杯、ロシアW杯など日本代表Aマッチ通算42試合出場。

欧州で見た、当たり前の社会貢献

──本当はもう少し深く、「じゃあ日本のサッカーはどうするのか」についても聞きたいのですが、時間がないので(笑)ここからは、「アスリートの持つ影響力・発信力」についてお話を聞かせてください。ここまでのインタビューでは、今ある環境に「慣れ」てしまうことが、アスリートのパフォーマンスに大きく影響すると話されていました。
「慣れ」てしまっている環境を少しずつ変えていくためには、どのようなことが大事だと思われますか。
酒井高徳(以下、酒井) とにかく行動することだと思います。人って不慣れなことに対しての抵抗感が強いと思うんです。
 何か新しいことに取り組もうとしても、それに対して批判的な人もいっぱいいます。
 それでもやっていく、行動していくことが非常に大事だと思っています。
──アスリートには社会的影響力があります。アスリートの持つ行動する力・発信する力についてはどのように考えていますか。
酒井 アスリートを目指す子どもたちのために、選手たちがいろんな角度から何ができるか考えたうえで、奉仕活動を率先していきたいと思っています。
 僕たちがやっていることを、例えば今10歳の子に教えられるって、すごいことだと思うんです。僕は30歳ですが、20年間かけて学んだことを、10歳のときに知れるわけですから。そういう意味でも貢献できることだと思っているので、やらなきゃいけないことでもあると思います。
──「日本と世界ではやっているサッカーが違っていて、違う種目だ」(インタビュー全編)、という話がありましたが、例えば、社会貢献活動への考え方も、日本と世界では意識の違いというのはあるのでしょうか。
酒井高徳「日本サッカーは世界のサッカーと全く違う」
酒井 それはあると思います。僕自身も実際に海外に行ったことで、大きく影響を受けました。
 ドイツでは選手たち主催で、重い病気や治療で頑張っている子どもたちの病院に訪れる交流会を開きました。これは年に2回行なっていましたが、他にもいろいろと社会活動貢献をしていました。僕はドイツで2チーム(シュツットガルト・ハンブルガー)に在籍していましたが、どちらも同じでしたね。
 そういう部分はすごくヨーロッパに浸透していると思います。
 ゴールを決めるごとにお金を寄付する選手もたくさんいますし、昨年末にはかつてチームメイトだったアントニオ・リュディガー(現・チェルシー)もドイツ国内の13病院にピザをサプライズで寄付していました。
 彼らは、アスリートがそうした行動を率先して行なうことに特別な意味があるとわかっています。そういう活動をすごく大事にしています。海外の良いところだと思いますし、僕もすごく尊敬しています。
 そうした影響もあって、実際、僕自身もドイツにいたときから熊本に行ったり、仙台でチャリティマッチやったりとか、できる限りのことはしています。ヴィッセル神戸に移籍してからも同じように活動していて、選手会から神戸市にコロナウイルスの寄付金を贈りました。
 そういうことをやるのが当たり前にならなきゃいけないと思います。
 そうやってサッカー選手が世の中に貢献できる、良い意味で社会に対するレッテルをしっかり貼れるのは、サッカー界にとってすごくプラスだと思います。
 実際にいろんな方々が僕らを見て夢をもらって、励まされている。それは僕にとってすごく嬉しいことですし、大事なことかなと思います。
──酒井選手は個人での活動のみならず、日本のトップアスリートたちとも一緒に活動されています。2109年5月には香川真司選手(サッカー)や桃田賢斗選手(バドミントン)などのトップアスリートたちとともに社会貢献を目的とした「UDN Foundation (※1)」を立ち上げています。最近では活動の一環として、「SHIFTH(シフス)」というプロジェクトがスタートしましたが、どのようなプロジェクトなのでしょうか?
※1 UDN Foundationとは、香川真司選手・清武弘嗣選手・酒井高徳選手などが所属するマネジメント事務所のUDN SPORTSが、アスリートによる社会貢献活動のプラットフォームとして 2019 年 5 月に設立した。チャリティ活動や競技の盛り上げや地域活性のためのグラスルーツ活動や大会の開催などを行なっている。https://www.udnsports.com
酒井 SHIFTHは人々の生活をより健康的で、豊かなものにシフトさせるための社会貢献型ブランドです。売上の一部は社会貢献活動に充て、チャリティ活動や選手とファンのコミュニケーションだけでなく、マイナースポーツ普及や次世代育成、アスリートのセカンドキャリアサポートなどに役立てようという目的があります。
 例えば、カルシウム貯金応援食品『KIDS FULL』は牛乳に混ぜるだけで子どもに必要な栄養素を簡単に摂取できる栄養機能食品です。日焼け止めの『PERFECT SUNSCREEN MILK』は子ども・敏感肌用UVミルクで、どちらも健康管理には欠かせません。
 薬用入浴剤の『アスリートの湯』も試合などで疲れたカラダを癒してくれます。マッサージガンの『SHIGTH BODY-RAISE PRO』は、身体セルフケアや筋膜リリースするので怪我予防にもつながります。
 いろんな商品を展開していますが、どれも僕たちアスリートの知見を活かして商品化したものですし、アスリートにとって必要なものです。こういう形でも、僕たちの経験を子どもたちにメッセージとして送れる。すべての商品に僕たちのメッセージが入っています。
 僕たちがSHIFTHを通して、子どもたちに1番何が伝えたいかというと、「アスリートになるためにはアスリートになった人たちがやっていることを小さい頃からやりましょう」ということ。
──行動変容という意味においても、今「慣れ」ている環境を変えるために、新しいことを取り入れることは大事ですね。
酒井 入り口はどの商品でもいいんです。うちの商品じゃなくてもいい。
「酒井高徳選手、これを飲んでいるんだ!」とか「入浴剤良い匂いだ。清武(弘嗣)選手も入っているんだ!」とか「香川真司選手も使っているんだ!」とか。
 そうやって普段やらなかったことをやることによって、若い子たちの知識自体が変わるのは非常に大事なこと。そのきっかけを作るという意味でも、SHIFTHという活動は新しい形の社会貢献だと思います。
──「酒井高徳」が苦節30年で学んだ知見を一瞬で知れる可能性がある(笑)。
酒井 そうですね。実際、僕は「食べる」「休む」「鍛える」ということは、30年間欠かさずやってきています。30年間はおかしいですね、0歳だから。23年間くらいかな(笑)。
【遠藤航】withコロナに欠かせない「メンタルスイッチ」能力
 でも例えば、自分が食に関して意識したことを、今の子どもたちに今のタイミングで教えてあげられたら、海外の選手に負けないような身体づくりが小さい頃からできるかもしれません。
 これからサッカーが伸びていく国々は、若い層からの改革が必要になってきています。技術面もそうですし、こうした私生活の部分でもそうです。
 それに、コロナによって世の中の価値観も変わって、みんながより健康に意識が向くようになってきたので、そういうところはすごく大事になってくると思います。健康の手助けをSHIFTHでできたらという思いもあるので、やっぱりすベての商品が大事だなって思います。
──ヨーロッパでは“あたり前の日常”としてやっていることは、日本ではまだ少ない。そうした世界との距離感を埋める活動にもなるわけですね。
酒井 こうやって注目される立場としてもすごく大事なことですし、もちろん1人の人間としても大事で、いわば義務でもあるのかなと思っています。

世界と渡り合う体への投資

──競争の厳しいプロの世界で、酒井選手は第一線で活躍されていますが、長くやる秘訣ではありませんが、アスリートにとってどのような要素が大事だと考えていますか。
酒井 僕は間違いなくコンディション管理が大事だと思います。
 サッカーに限らず、やっぱりどの職業、業種もコンディション管理が必要ですが、しっかりとしたコンディション管理ができてなかったら、良いパフォーマンスを出せません。本当にトップ・トップのメジャーなアスリートの選手たちを見ても、やっぱりみんな口を揃えてそういうところをやっています。
 自分も8年間ドイツで、「ここはもっとレベルアップしないといけない」「ここはもっとやらなきゃ勝てない」と日々模索しながら戦ってきました。今でもそうですが、そうした経験や努力を経て痛感しているのは、「怪我をしないこと」がやっぱり大事ということ。
 怪我をしなければ、いつか試合に出られるチャンスが来るし、自分のライバルにそのチャンスを与えることもありません。
 その意味で、アスリートのコンディション管理は一番なことだと思います。パフォーマンスもそうだし、怪我もそうだし、もっと大きく言ってしまえばキャリアですよね。サッカー選手のキャリアをしっかり守っていくためには、コンディション管理が必要です。つまり、それがすべてにおいて優先されるべきだと思っています。
 そういう想いもあって、アスリートや一般の人たちのコンディションをサポートするために、個人的にも『ライフパフォーマンス』というパーソナルトレーニングジム(https://lifeperformance.co.jp)に関わっています。
 アスリートに限らず、どんな人だって、自分の人生をより楽しくしていきたいですよね。人生のキャリアをより良いものにしていくためには、「ライフパフォーマンス」を維持するためのコンディション管理は大事ですよ。こうやってコロナになって健康を意識されはじめてきましたが、やっぱり普通の人だから何もしなくて良いということはありません。
 備えあれば憂いなしじゃないですけど、僕はアスリートであるんですけど、誰にでも健康になってほしいと思っています。ライフプランナーみたいな立場になって、みんなと一緒にいい人生を送りたいって思っています。
──これは極端な話ですが、例えば、小さい頃からコンディション管理をしっかり行なっていれば、酒井選手のように世界で活躍できるプレーヤーになれますか。
酒井 冗談抜きでそう思います。アスリートに関しては絶対にそれが必要ですよ。
 もともと僕なんて、これまで一度だって自分が上手いなんて思ったことがないんです。日本代表に選ばれていた頃だって、一番ヘタクソだと思ってて、実際にそうなんですよ。日本代表にいる選手が凄すぎるから、だから僕なんて日本代表にいちゃいけないなって本気で思っていました。
 どのクラブに行っても、「自分のほうが上手い」と思えた相手が本当にいないんですよ。自分のことを下手だとここまで感じている選手はいないと思います(笑)。 
 ただ、「これだけは負けない」っていうものがあったから、僕はこうしてサッカー選手としてやってこれてきたと思っています。
──それがコンディション管理なんですね。
酒井 そうです。身体の強さとか、走る能力とか、戦える身体作りとか。それこそコンディション管理だけはしっかりやってきました。それだけは絶対に誰にも負けないですね。
 こんなにヘタクソなやつでも身体作りをしっかりやって、プラスアルファ自分の技術と努力をつなげれば、8年もドイツでサッカーができるんです。実質、170試合ブンデスリーガ1部で170試合に出場できました。これは日本人のなかで、奥寺(康彦)さん、長谷部(誠)さんに続いて3番目に多い出場数です(※)。こんなヘタクソな僕が、それだけのことができるんですよ。
※インタビュー時。2月2日に大迫勇也が出場数記録を抜いた。
 だったら世の中でもっとサッカーの上手い選手が、今からしっかりとコンディション管理していったら、もっと可能性が広がるんだよってことをもっと伝えたいんです。
──酒井選手のサポートによって世界と渡り合える選手が増えてくれば、日本サッカーももっと強くなるかもしれません。
酒井 僕はこんなに苦労してやってきたのに、もっと簡単になれる可能性ある。それを自分で逃しているは、もったいないですよ。
 最近、日本サッカーの若い子たちが海外に行ってすぐ怪我して帰ってきたとか、海外に行っても食生活に慣れずに帰ってきたといった話を聞くと、本当に悔しくなるんです。そういうくだらない理由で、サッカーを諦めざるを得ない状況になって欲しくないというか、選手としての可能性を奪われてほしくないんですよ。
 言ったら、日本がやっぱりサッカー強くなってほしいですから。
 せっかくプロになってああなりたいこうなりたいって夢を持ったのに、何もせず終わっていっちゃうんだよ、悲しくない?って思います。
 それまでいろんな人が関わってきて、自分の努力があって、しなくてもいい怪我をしてしまったりして、自分のキャリアを終わらせてしまうのは。
 じゃあ、僕の知識をちょっと知ることで、人生がもし変わるのであれば、やっぱり変えてくれって思います。
 サッカーに限らず、ゴルフのスコアを上げたい、健康になりたいとか、どんな目標でもいいんです。実現させたい目標があったら、だったらやりましょうよって。健康であることで誰かに害が出たり、得しないことなんてないですから。
──唯一、犠牲にすることといったら「時間」だけですね。
酒井 それと引き換えに、良い人生を送れる基盤を作れるなら、犠牲とは思いません。
 僕がそうであったように、健康であり続ければやれることも増えるし、見える世界も変わってきます。自己管理は社会人として必要な能力というか、いろんなことも含めて成長できるところだと思うし、必要なことだと思うんです。
 だったらみんなで健康になりましょうよって。僕も実際健康です。去年、コロナにはかかりましたけど(笑)、重症化しなかったし、後遺症もまったくない。こうして元気になれるのも、普段からコンディション管理をしているからこそだったのかもしれません。
 そもそも風邪も何年もひいたことがありませんしね。そういう失わなくていい時間がないって考えたら、犠牲にした時間はもったいなくないって僕は思います。
──時は金なりとも言いますが……(笑)。
酒井 いえいえ、時間で投資してください(笑)。お金の投資が流行っていますけど、時間も投資もいかがですか。今「慣れ」てしまっている環境を少しずつ変えていくためにも、ぜひやりましょう!