2021/1/19

「商い」にしかできない環境問題の解決法とは何か

NewsPicks Brand Design editor
社会の課題は常に変わり続ける。課題の変化と共に、世間や買い手の意識や行動にも大きな変化が生じる。
現在、世界で注目されているのが「持続可能性」だ。世界規模で環境意識が高まり、環境資源、人的資源、すべての持続可能性を模索している。では、現在の「商い」には、世間や買い手に求められる持続可能性が備わっているだろうか。「商い」そのものが社会課題の解決を担えているのか。「あたらしい商人の教科書」プロジェクト第3弾は、環境ベンチャーのテラサイクルと伊藤忠にインタビューを行う。

リサイクルは経済合理性で語れない

2001年にアメリカで創業された環境ベンチャーのテラサイクルは、14年には日本での事業を開始した。
最初に着手したのは、サンタフェ ナチュラルタバコ ジャパン(現:トゥルースピリットタバコカンパニー)と組んでの「吸い殻ブリゲードプログラム」だった(タバコの吸い殻リサイクル、2020年に当該プログラムは終了)。
回収した吸い殻のうち、フィルターは洗浄してリサイクル樹脂と混ぜ、紙やたばこ葉は肥料へとリサイクルする。まさか吸い殻がリサイクルできるなんて、と驚いた人のほうが多いのではないだろうか。
テラサイクルの吸い殻ブリゲードプログラムで回収したタバコの吸い殻は、フィルター、紙部分、葉を分離した後、リサイクルを行う。
写真提供:テラサイクルジャパン
日本での初事業に選んだからには、収益性が高く、利益の見込めるものだったのか。テラサイクルジャパンのアジア太平洋統括責任者、エリック・カワバタ氏は次のように話す。
「実際は、吸い殻のリサイクルは手間暇がかかり、かなりハードルが高いんです。これが成立したのは、トゥルースピリットタバコカンパニーが本来『ビジネス』としては成り立たない部分を、スポンサーとして補ってくれているからです。
タバコの吸い殻のリサイクルの例からもわかるように、技術的にリサイクルできないものはあまりない。リサイクルされないのは、経済合理性がないからなのです。
ただし、経済合理性がないからといって、従来のようにゴミとして捨て続けるのが果たして正しいのか。企業にとって無視できない意識の変化があります」
カワバタ氏があげる変化は2つ。
まずは消費者がよりサステナブルな選択肢を選ぶようになったこと。消費者の要請に企業はこたえなければいけない。
もうひとつが、機関投資家・株主の意識の変化だ。ESG投資など、サステナビリティが投資の指標のひとつになり、取り組みが進んでいなければ、アクションを取るよう働きかけることが一般的になってきた。
企業にとっては、自社製品のリサイクルに取り組むことが、単なる環境への配慮ではなく、生き残るための方策になってきたということだ。
「たとえば化粧品そのものだけでなく、ケースのデザインも含めて気に入っている女性は多いでしょう。ですが、現状では使いきった瞬間にゴミになってしまう。女性に話を聞いてみると、捨てるときにもったいないと感じたり、罪悪感を感じたりしている人が多いんです」(カワバタ氏)
しかし、化粧品ケースはプラスチックだけでなくガラスや金属が使われているものもある。それでは、一般の消費者にはどうすればリサイクルできるのかがわからない。
「タバコの吸い殻同様、化粧品ケースも素材ごとに選別しなければいけないので、リサイクルが困難な部類になります。
それでも我々とリサイクルに取り組む化粧品メーカーがいるのは、『商品を作って販売するだけではなく、使いきったあとも責任を持ちます』という姿勢を明確にしたいからです」(カワバタ氏)

リサイクルだけではない、「リユース」の可能性

また、新型コロナウイルスの影響で、世界ではこれまで以上に廃プラが増えた。テラサイクルは、アメリカではすでに使い捨てマスクやグローブのリサイクルをはじめている。
さらに2021年3月からは、日本でも「Loop」事業を大手消費財メーカーやスーパーなど、24事業者とともに開始した。これは19年からアメリカとフランスでスタートした事業。食品や日用品の容器を回収し、洗浄、再充填の上、再度商品として出荷するというものだ。
写真提供:テラサイクルジャパン
容器は再利用に耐えるステンレスやガラスなどを利用し、再利用が難しい部位に関してはリサイクルを行う。日本では、廉価な消費財であってもデザイン性の高い商品が多く、消費者の意識も高いことから、Loopとの好相性が見込まれている。
「テラサイクルはNPOではありませんが、利益目的会社でもない、ソーシャル・エンタープライズです。
第1目標は利益ではなく、廃棄物を削減し、環境に良い影響を与えること。2番目が社会貢献。そして、3番目が1番と2番を実現するために利益を作るということです。これからもより多くのスポンサー企業と手を組みながら、事業を展開していきたいと考えています」(カワバタ氏)

環境問題はビジネス「転換」のチャンスになる

2019年9月、テラサイクルと資本・業務提携を発表したのが伊藤忠商事だ。伊藤忠のプラスチック年間取扱量は300万トン以上と、世界トップクラスの取り扱い数量になる。
「身近なところでいえば、食品の消費期限を伸ばせるようになったのもプラスチックのおかげです。フードロスなどさまざまな問題に貢献しています。
ただ、こうした有用な素材でありながら、プラスチックがいろいろな問題を引き起こしているのも事実。大量に取り扱っている我々にとって、こうした問題はビジネスの危機でもあり、また同時に必ず対処しなければならない責務だと考えています」
こう話すのは、伊藤忠商事で化学品部門化学品環境ビジネス統轄を務める小林拓矢氏だ。
前提として、伊藤忠は慈善企業ではない。また、「やってみたけど儲からないので続けられません」でも意味がない。サステナブルな事業として環境問題に取り組むためには、商売として成立させる必要がある。
社会に大きな変化が起こるとき、そこにはビジネスチャンスも生まれる。テラサイクルとの提携も、動機は環境への配慮だけではない。化学品のビジネスモデルを変革し、ピンチをチャンスに転換させる狙いがあってのことなのだ。
「原油から化学品を作り、プラスチックの製品を作って、ブランドオーナーがいて、小売りがいる。我々はそのすべての段階に関わっていますが、この川上から川下までを見渡したとき、環境に最も興味を持っているのは、ブランドオーナーと小売りです。
環境課題の解決は一社では成し遂げられません。パートナーシップを組んでいくことが非常に重要です。川上から川下まで全てを手掛ける我々だからできること、我々にしか提供できない価値があると考えています。
ブランドオーナーや小売りと協業し、環境に配慮した商品開発を行うことで、プロダクトアウトからマーケットインへのビジネスの転換を図れるはずです」(小林氏)
テラサイクルに白羽の矢が立ったのは、従来リサイクルできないものをリサイクルするための、新しいアイデアを生み出す力があること。そして、ブランドオーナーや小売りとの商品開発においても力を発揮してくれるという期待があった。
20年11月には、伊藤忠子会社で日本最大手のゴミ袋メーカーである日本サニパックとともに、海洋ゴミ由来の原料を配合したゴミ袋を世界ではじめて開発している。これは、テラサイクルとの出会いなしには成しえなかったことだ。
世界ではじめて海洋ゴミ由来の原料を配合したゴミ袋。

目指すのは古くて新しい「御用聞き」

伊藤忠の環境問題への取り組みは、テラサイクルとの提携だけではない。
同年9月にはオーストリアに本拠を構える欧州大手化学メーカー・ボレアリスとも提携した。ボレアリスは廃食油など食品と競合しないバイオマス由来のプラスチックの世界最大級の原料メーカーであり、伊藤忠は日本での独占的なマーケティング権を手に入れた。
さらに12月、東洋インキグループと協業を開始。これまでリサイクルが難しいとされていた、食品のパッケージや洗剤等の詰め替え用パウチなど「軟包装」と呼ばれるフィルム包材を、リサイクル可能なものに転換する技術の実用化を目指している。
「環境マーケットは今、非常に勢いがあります。ただし、伊藤忠が独善的に環境問題に取り組むのではいけない。提案したものが世の中の流れに沿っていないと、結局根付きませんから」(小林氏)
再生可能資源由来のバイオマスポリプロピレンはあらゆる用途に使用できる。
© Borealis
そこで、伊藤忠はブランドオーナーや小売りにとっての「御用聞き」であろうとしている。環境関連の悩みを吸い上げ、利益を生み出しながら目的を達成する仕組みを構築する。そのなかで知見を積み上げ、解決できることを増やしていこうという戦略だ。
さらに、小林氏は環境ビジネスにおいて、もうひとつ重要な心構えがあるという。それは市場の奪い合いではなく、市場そのものの規模を拡大することに目を向けることだ。
「環境ビジネスに限ったことではありませんが、解決すべき課題が困難で、しかも火急のものなのに、利益の取り合いに終始すれば目も当てられません。
『今100円儲かっているけど、相手を丸め込めば150円儲かる』ではなく、全体の利益を300円、400円に拡大させるなかで、伊藤忠の利益も150円、200円と増やしていく。
すると、市場規模が拡大しただけ、協業する企業だけでなく、一般の人々にも利益を還元できる体制を築くことができる。それが伊藤忠にとっての『三方よし』です」(小林氏)
実際、海洋ゴミを利用したゴミ袋については、「日本一海洋ゴミが多い」とされる長崎県対馬市と連携している。開発したゴミ袋は対馬市をはじめ、海岸のゴミ清掃活動を必要とするエリアに一部を無償で提供予定。
海洋ゴミ問題への啓発も兼ねたこの活動により、対馬市での海洋ごみの発生や処分コストの抑制につなげること、より多くの市民が活動に参加することも狙う。
「多くの人が環境問題に触れる機会を作ることには大きな意味があります。従来、環境関連の取り組みは、NPOなどの限られた人が主役で、一般の人が活躍する余地があまりありませんでした。我々は商人として、一般の人が参加する余地を拡大していきたい。
すると、環境ビジネスが特別なものではなくなり、普通の人が、普通にビジネスをするときの選択肢になる。環境問題を解決するためのより強力な素地づくりに向けても、貢献していきたいですね」(小林氏)