2020/12/28

【構想】「WaaS」で目指す、本当のウェル・ビーイングな世界

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
VUCA、withコロナ──激動する、正解のない時代。未来をつくるビジネスの萌芽は、どこに眠るのか。

世界中でビジネスを展開する三井物産は、「共創」を深化させている。多彩な「個」が、多様なパートナーとの「化学反応」を生んでいく。その力を活かし、次世代の価値創造に挑む。(全5回連載)

30年で倍増。国民医療費42兆円への危機感

 ハイスピードで少子高齢化が進む日本にとって、深刻なのが医療費の増大だ。1990年度に20兆円だった国民医療費(※)は、2016年度に約42兆円へと倍増している。
※国民医療費…国民が1年間に病気や怪我の治療のために医療機関に支払う医療費の総額
 高齢になるに従い医療費が急激に増加していく。そんな状況から脱却するには、若い頃から予防に取り組むことや、早期診断・早期治療を行い、将来的な医療費を抑える仕組みへの転換が求められている。
 人生100年時代といわれる今、健康寿命をより長くするためには、医療との向き合い方を一人ひとりが考えなおす必要があるのだ。
 そこに新たなビジネスチャンスを見出すのが、「保健同人社」だ。
『家庭の医学』で知られる同社は、日本初の人間ドックを創案するなど、科学的根拠にもとづく未病・予防領域のサービスを長きにわたって展開してきた。
 現在、企業人事や健康保険組合(健保組合)向けの未病・予防事業で、1000万人を超える顧客基盤を持っている。
 そんな保健同人社を2020年に子会社化するに伴い三井物産から出向し、同社のアセットを活用しながらDXによる未病・予防サービスの立ち上げに挑戦するのが、寺田理恵子津久井理紗だ。

日本の医療をより良くするために

 ファッションを皮切りに三井物産でさまざまな部門を経験し、現在は保健同人社のCDO(最高デジタル責任者)として新規サービス立ち上げを率いる寺田。一方、津久井は入社1年目で保健同人社への出向を希望した。
 バックグラウンドもキャリアも違う二人だが、医療に関連する原体験が新規ビジネスへの原動力となっているという共通点がある。
「入社10年目で、今後の自分を考えたとき、より“人”に近いところで、生活をより良くする事業を手掛ける生活産業の分野でキャリアを積みたいと思ったんです」(寺田)
 そう語る寺田は、三井物産のヘルスケア部門で海外M&Aなどに従事した後、現場を知りたいと自ら志願し三井記念病院に出向。
 このときの医療現場での体験が、寺田に「日本の医療をより良くしたい」という強い想いを抱かせることになる。
「医師や看護師など、医療従事者の皆さんと一緒に働く中で、彼らが持つ患者さんたちへの純粋で熱い気持ちに触れました。
 その中で、彼らが活き活きと安心して働ける環境をつくることが、日本の医療をより良くするためには絶対に必要だ、と考えるようになったんです」と、寺田は当時を振り返る。
 そのために病院は「経営」を軌道に乗せることが欠かせないが、多くの人々が安心できる医療を継続していくためには、抜本的な解決が必要不可欠だ。
「より良い医療のあり方を目指して、病院経営に関わることも一つの方法ですが、未病・予防分野で医療費の適正化にチャレンジするほうが、社会全体にインパクトが与えられるのではと考え、保健同人社に加わることになりました」(寺田)
 一方、幼少時に香港でSARS流行(2003年に感染拡大した重症急性呼吸器症候群)を目の当たりにし、自身も過去に手術や入院の経験があったことで、学生時代から医療分野に関心を寄せていたのが津久井だ。
 大学時代、国内とカンボジアの病院でインターンを経験し、より大きな視点で病院経営に携わりたいという思いに駆られる。
 三井物産入社後は、その思いを胸に秘めインドの未病・予防医療プラットフォームサービス事業に従事。同時に、保健同人社も担当し、出向を自ら志願した。
 特に「Z世代」である津久井にとって、このまま医療費が増え続けることは、将来に直結する大きな課題だ。
「私が高齢者になったときに、保険証1枚でどこの病院にも公平にアクセスできる現在の国民皆保険のシステムが果たして機能しているのか、という不安はありますね。
 だから、保健同人社のナレッジを活かしながら、医療費適正化に貢献し、この制度が保てるような社会にしたいんです」(津久井)

「信頼」こそが、保健同人社の強みである

「日本の医療をより良くするために」という想いで二人が飛び込んだ保健同人社。未病・予防サービスで長い歴史を誇る同社の強みはどこにあるのか。
 その一つが、創立者である大渡順二の理念だ。第2次世界大戦中、結核を患った大渡は自身の闘病体験から、「患者のために、疾病を科学する」という啓発運動を開始。
 その理念を出発点として、累計330万部を超える家庭医学書『家庭の医学』の原点でもある『保健同人』を創刊し、焼け跡での健診、療養者の組合結成など精力的に活動。さらにその後、人間ドックの仕組みも日本で最初に創案した。
「当時の話を知るほど、大渡という創立者は気概があって先進性に富んでいる。
 患者さんのためにという精神性、アントレプレナーとして事業を立ち上げる先駆性、そして社会の信頼を長年獲得し続けてきた実績。
 保健同人社にはそのDNAが今も脈々と受け継がれています。それは大きな財産であり、強みです」(寺田)

ワンストップでウェル・ビーイングサービスを

 保健同人社が持つ「信頼」。
 それを活かし、寺田と津久井が新たに始めるべく奔走しているのが、三井物産のデジタルの知見を活かした「WaaS(Well-being as a Service)プラットフォーム」だ。
ウェル・ビーイング(Well-being)とは?

身体的・精神的・社会的に健康で幸福であること。1946年に署名された世界保健機関(WHO)憲章では「(中略)病気ではない、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義されている
 これは、人々に「健康になってほしい」と考える企業人事や健保組合などと、「健康になりたい」「健康でありたい」と思うエンドユーザーである従業員や被保険者などを、保健同人社のプラットフォームがつなぎ、複合的な「ウェル・ビーイングサービス」をワンストップで提供するものだ。
 これによって、企業人事や健保組合は、エンドユーザーである従業員や被保険者などのフィジカル及びメンタルヘルスのマネジメントのほか、健康経営やデータヘルス計画策定のサポートなども受けられる。
 またエンドユーザーは、医療・健康相談からセルフ症状チェック、健診結果やヘルスログ閲覧まで、健康を保持するためのさまざまな機能が利用できる。
「健康や医療に関することは、情報を手に入れたら終わり、というものではありません。そこからどうやって不安や疑問の解決方法を導き出すかが重要です。
 ただ、現在の私たちの健康や医療を取り巻く環境は、決してそうなっていませんよね」(寺田)
 例えば、体調が悪いときに、自分自身の症状にまつわるキーワードをネットで検索しても、自身の症状がどれに該当するのか分からない。また、なかなか正しい医療情報にたどり着けないこともある……。
 誰しも、医療に関する情報の適切性について、不安や疑問を感じたことがあるはずだ。
「そんな不安や疑問を解決するために、気軽に相談できたり、医療機関を受診する前にセルフ症状チェックができたりすれば便利なはず。
 健康に関するあらゆる課題を“ワンストップ”で解決できれば、未病や予防へのハードルがぐっと下がる。WaaSのプラットフォームにはその可能性があると感じています」(寺田)
 さらに、自社だけでなく、それぞれの得意領域を持つパートナーとの提携も視野に、健康課題にまつわるサービスをワンストップで網羅できる環境をつくっていきたいという。
「保健同人社には『家庭の医学』で培った、信頼できるエビデンスがあります。ユーザーが検索すると、信頼できる情報として必ず検索結果の一番上に出てくる。そんな世界を目指していきたいですね」(津久井)

実装を成功させる3つのポイント

 現在、コンセプト段階にある保健同人社のWaaSプラットフォームだが、「実装を成功させるポイントは3つある」と津久井は語る。
 1つは、個別最適化した情報を確実に手元に届けることだ。
 例えば、健康診断を控えている人に、健康につながる行動を促す案内をしたり、肥満が気になる人には企業や健保組合が提携するフィットネスジムを紹介したりする。
 2つめは「健康に関することは、すべてこのプラットフォームで解決しよう」とエンドユーザーに思ってもらえる仕組みづくりだ。
 正しい医療情報にたどりつくことが難しいなかで、保健同人社のWaaSプラットフォームなら、健康に関することはすべて解決できると思ってもらう。それを、ワンストップで可能になることを伝えていかねばならない。
 そして、3つめは徹底的にユーザーファーストでサービス設計をすること。未病・予防のための取り組みの必要性を理解していたとしても、自覚症状がなければなかなか行動に移せない。
「使いやすさ」はもちろんのこと、未病・予防への行動を起こすことが、具体的なメリットにつながるサービスとなっていることが重要なのだ。
 心理的なボトルネックをいかに克服していくか。その一つとして「行動経済学の専門家からアドバイスをもらうことで、ユーザー心理への知見を積極的に深め、誰もが自然に未病・予防のための行動がとれるような環境整備をしていく」(津久井)という。
 壁はまだあるものの、三井物産、そして保健同人社の構築するWaaSプラットフォームが社会インフラの一部になれば、ウェル・ビーイング―身体的・精神的・社会的に健康で幸福な状態―を手に入れることができる。
 寺田と津久井は、理想のウェル・ビーイングな世界の実現に思いを馳せる。
「理想は、普通に暮らすだけで、そのままウェル・ビーイングになる社会。
 そのためにメンタルもフィジカルも含めて、働きがい、生きがいを提供できるサポーターであり、コーチとなるのが保健同人社や三井物産の役割です。
 その上で、画一的に情報提供するのではなく、その人の望む、その人らしいウェル・ビーイングに寄り添い、その人のためのサービスをお届けするのが私たちの目指すヘルスケアの世界です」(寺田)
「今後は、医療データを予防に活かしたり、予防アプリが治療の選択肢の一つになるなど、治療と予防の垣根がもっと低くなっていくはず。
 そのためにも、今からBtoBtoCの“toB”にあたる企業人事や健保組合に刺さるサービスを構築したい。
 医療費適正化という結果を示すことによって、多くのtoBのお客さまの支持を得ることに通じると思っています」(津久井)
 三井物産は、医療を取り巻く環境が「治療中心・ボリューム重視」から「予防中心・アウトカム(治療成績)重視」へと変化するに伴い、「病院中心」から「個人中心」へのシフトが進むと考えている。
 つまり、私たち一人ひとりが質の高い、効率的な次世代型ヘルスケアサービスを自ら選ぶ時代となっていく。
出典:「三井物産インベスターデイ2020」資料
 これまで三井物産では、アジアを中心にヘルスケア事業を展開し、多くの知見やネットワーク、データを蓄積してきた。
 今後も、一人ひとりに質の高い効率的なヘルスケアサービス(Value Based Healthcare)を提供し、ヘルスケア事業を中核事業に成長させていくことで、健康で豊かな生活と持続可能な社会の実現を国内外で目指していく。