経営の神様・松下幸之助 その「奥の手」は謝罪だった
日本経済新聞
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社内も社外も、改革が必要ということは何らか間違えがあったということ。その観点で、三枝氏がV字回復の経営などで書かれている強烈な反省論(その背景の現実直視など)はまさにと思うし、謝罪をするということは強烈な反省論の一貫で、それを今後絶対に変えるという意思表明でもあると思っている。
逆に、こういったプロセスなき「儀礼としての反省・謝罪」はむしろ逆効果。謝罪をなんでもかんでも求める日本の文化には少し狭苦しさもある。何かにつけてお詫びしろ、とか土下座しろとか半沢直樹では何回も描かれたが、本来は、謝罪することよりも、そのあとの行動やそれを受けた補償や償いのほうがはるかに重要だったりもする。
コミュニケーションとしての涙や謝罪も時に重要だし、それが組織を立ち直らせることもある。松下氏は創業者だし、豊田さんも創業家なので、ほかの事例とはちょっとまた社内での受け止められ方も変わるのではないか。