2020/12/11

【秘話】彼女こそ、ワクチン開発の「陰のヒロイン」だ

NewsPicks編集部 記者
世紀のワクチン開発の裏には、長らく日の目を見なかった、ひとりの女性科学者がいる。
いま世界ではワクチンを開発した、一流企業や「スター経営者」たちのニュースであふれている。
例えば、モデルナと、ファイザーと手を組んだバイオンテック(BioNTech)はその筆頭だろう。それぞれのCEOたちは、雑誌や新聞の表紙を連日飾っている。
しかし、彼らが猛スピードで開発したワクチンの裏側には、あるハンガリー出身の女性科学者の40年にわたる研究が横たわっていることを、知る人は少ない。
それがBioNTech社で働く、カタリン・カリコ氏だ。
研究者として冷遇された日々や、億万長者になっていないのもどこ吹く風。人間のカラダを「製薬工場」として使うワクチン技術の裏に、彼女の歴史的な研究がある。
「実は数日前、ネットフリックスから、ドキュメンタリーの主人公にしたいと電話があったの」(カリコ氏)
まだ光の当たっていない、この偉大な研究者への独占インタビューに成功した。

「光速」プロジェクトの始まり

──新型コロナウイルスのワクチンを作る「ライトスピード(光速)」プロジェクトは、1月末に始まったと聞きました。
BioNTechはもともと、mRNA(メッセンジャーRNA)のテクノロジーを使った「がん治療」の開発に取り組んできました。感染症のワクチンは、ビジネスの主眼ではなかった。
それでも、感染症のワクチンに取り組むことは「倫理的な責任」というのが、創業者CEOのウグル(・サヒン)の考えです。
感染症のワクチンは、ビジネスとしてはリスクが高い。資金を投入して開発しても、ウイルスが流行しなければ、商品として日の目は見ない。
そのワクチンの効き目すら、検証できないかもしれない。
今回モデルナやBioNTechの株価が高騰しているため、「企業がこの危機に乗じてお金儲けをしている」と嫌な印象を持つ人がいるかもしれません。
でも、感染症ワクチンというのは従来、金儲けとはほど遠い事業です。
1月末、中国における感染拡大の論文を読んだウグルは、「これはパンデミックになるかもしれない」と、すぐさまワクチン候補の試作に取り掛かりました。
ウグルはとても正直で、スマートで、善良な人です。「自分が何かしなければ」という責任感を感じたのだと思います。
すでに中国のチームがウイルスの遺伝子データを公表していたので、ウグルはひと晩で20個のワクチン候補をデザインしました。
これだけ早く動けたのは、それまでの蓄積があったからです。
BioNTechでは2018年から、ファイザーとの共同プロジェクトとして、インフルエンザワクチンの開発を行っていました。
その知見を生かして新型コロナのワクチンを開発するのは、ある意味当然のことでした。
BioNTechのサヒンCEO(写真:ロイター/アフロ)

「ビジョナリー」の存在