2020/12/3

【夏野剛】日本型雇用は20世紀の遺物。企業がすべき3つのこと

NewsPicks Brand Design editor
バブルが崩壊した1990年代以降、新卒一括採用・終身雇用・年功序列などを前提とした「日本型雇用システム(メンバーシップ型)」の問題点が指摘され続けている。2010年代になり、ジョブ型採用の導入や通年採用の実施など、少しずつ変化の兆しはあるが、抜本的な変革には至っていない。
「日本型雇用システムは20世紀の遺物」と断ずるのは、ドワンゴ代表取締役社長としてN高等学校理事も務める夏野剛氏だ。では、日本型雇用の何が一番の問題なのか。どうすれば日本の雇用をアップデートできるのか。これは日本の雇用システムへの提言である。

量と均一性の20世紀から、質と多様性の21世紀へ

新卒一括採用、終身雇用、年功序列などに代表される「日本型雇用(メンバーシップ型)」では、多くを総合職として新卒で採用し、転勤や異動、ジョブローテーションを繰り返しながら、「会社を支える人材」として長期的に育成していきます。これは何を意味するのか。
学生は内定がほしいから、面接では「御社の考えに共感しております」とステレオタイプの発言をするし、そんな面接では適性を見極められないから、企業は「一定程度優秀であろう大学」から学生を採用し、新入社員研修で「自分色」に染めようとする。
さらに、定期的な人事異動という気の遠くなるような時間をかけて、一人ひとりの適性を探すのです。
そんな「一律」の新卒一括採用は、多様性が求められる時代にはメリットが少ない。日本型雇用は20世紀の遺物である、というのが私の意見です。
なぜ多様性が重要なのか。そもそも日本のGDPは、 1995 年以降の累計でわずか2%程度しか成長していません。これは企業が高度経済成長期に、優秀な人材や、彼らが生み出す「量(数)」を確保するため、「均一性」を求めた結果です。
つまり今は、まわりと同じことを続けても成長できない。企業が量や均一性ではなく、「質」や「多様性」で勝負する時代だということです。
また、テクノロジーの進化によって、今は企業に属さなくても個人がいくらでも情報を得られる時代です。たとえば、自動車企業に勤める人より車や自動車業界に詳しい、いい意味での「オタク」がたくさんいる。
彼らは特定の業界や業種のことが「好き」だから、いくらでも学ぶし、強い適性があります。質の時代に企業が成長するためには、そうした尖った人材を「ジョブ型」で採用したほうが絶対にいい。
もちろん企業もその事実に気付いているから、中途採用では「ジョブ型」を取り入れつつ、人手不足解消のために適性の優先度を下げて新卒一括採用をする、という矛盾を抱えています。
もうゲームのルールは変わっている。それなのに新卒一括採用をやめられないのは、そういう理由もあるのです。
ただし、中途採用市場が活発になり、雇用の流動性が高まったことで、「大学を卒業するときに就職先が決まらなかったら人生おしまい」というハンディはなくなりました。
学生時代に起業する人も増え、就職する前に数年間NGOに参加したり、世界中を旅したり……という選択も可能になった。
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これは、多様な人材を育てる意味でも素晴らしい変化です。ゆくゆくは、新卒採用と中途採用の垣根も取り払われ、より自由な採用や就職が可能になるでしょう。
そうなったときには、学生も「自分は何をしてきた何者なのか」を企業にプレゼンできなければならない。学生時代の過ごし方が、より重要になるということです。
採用の地殻変動は少しずつ、しかし確実に起きている。この機に新卒一括採用だけではなく、採用活動を含む人事戦略全体をアップデートすべきだ、というのが私の提言です。

「優秀な人材」の唯一無二の条件とは

では、企業は何からアップデートすればいいのか。
まずは、「人事戦略は経営者が率先して取り組むべきことだ」という意識を持つことでしょう。
「人事は人事部の領域で、特に新卒採用はノータッチ」という経営者は少なくありません。しかし、質の時代の人事は、間違いなく重要な経営戦略のひとつです。それを経営者が疎かにしてはいけない。
「新卒で入社した社員の3人に1人は3年以内に会社を辞める」というデータがありますが、それは企業にとっても社員にとっても悲劇です。そのような悲劇が起きないように適切な人事戦略を立てるべきだし、どんな不満があるのか社員の声を聞く姿勢も大切です。
「企業のクチコミが可視化されるOpenWorkのような仕組みは、求職者はもちろん、企業側にとっても必要なこと。社員の不満は耳が痛いものですが、それが発信されるのが健全な状態ですよ」と夏野氏。
次に、「採用や評価などの人事システムは変えないもの」という感覚を変えること。
なぜそんな感覚があるかというと、日本の大企業ではサラリーマン経営者が多く、彼らの任期は約4年。
人事システムの更新には説明責任が伴い、完了までに平均2年以上かかるため、長い時間をかけて取り組んでも更新される頃には任期が終了してしまう……となると、経営者の腰も重くなります。
ですが、システムも戦略もいつかは古くなるものです。ドワンゴでも時流に合わせて新しい人事システムを取り入れ、社員の反応を見て効果のあるものは残し、そうでないものはきっぱりやめる、という試行錯誤を繰り返しています。
アメリカに限らず日本以外の国では、経営者の任期は業績を上げていれば続くので、むしろ社員のパフォーマンスを上げるためにも積極的に人事改革に取り組みます。そう考えると、年功序列のサラリーマン経営者の存在も、変えるべき日本型雇用の慣行のひとつかもしれません。
最後に、これがもっとも重要ですが、自社にとっての「優秀な人材」を定義し、採用すること。
これまでの均一性を重視した採用では、卒業大学などからどこの会社でも「優秀だろう」と判断され、内定を受け取る人がいました。採用される側も、企業のブランドや知名度、目先の業績や待遇などで選んでいるケースが多かった。
ですが、就職は恋愛と同じで「誰にとっても最高の人(企業)」も「誰にとっても最悪な人(企業)」もありません。企業風土や仕事内容に適性が合っていることが、「優秀な人材」の唯一無二の条件なのです。

ドワンゴはなぜ研修を減らすのか

雇用システムと同時にアップデートすべきなのは、今いる人材に成長のチャンスを与え、能力を発揮できる仕組みをつくることです。
こういう言い方をするのは、私が「社員教育」「人材育成」といった言葉が嫌いだからです(苦笑)。
自分の子どもも思い通りに教育できないのに、企業が大の大人を「教育できる」と考えるのはおこがましいですよ。また、「教育」の多くは画一的になりがちで、やはり多様性の時代とは逆行しています。
私はN高の理事も務めていますが、ここでの学びの大テーマは「不確実性の時代をよりよく生きるための力を身につける」こと。そのために学生には、刀鍛冶やイカ釣り漁など多様な職業体験をする「チャンス」を与えている。
N高で行っている刀鍛冶の職業体験の様子。
実際に刀鍛冶になる学生はあまりいないと思いますが、その体験から得た「人が鉄を叩いて丁寧に作った刀の紋様は一つひとつ違う」という学びは、将来クリエイティブな仕事に就いたときに必ず役に立つでしょう。
早朝から漁に出て感じた爽快感によって、「どんな時間に働く仕事でもやっていける」という自信がつくかもしれません。「生きるための力」とは、そういうことです。
私は、企業も学校と同じで、社員に成長の機会を与えるプラットフォームだと考えています。だからドワンゴでは、上からの「押しつけ」になりがちな研修などは極力減らし、学びをモチベートするための「資格取得奨励金制度」を充実させています。
iStock.com/gyro
たとえば、簿記や情報システム系の資格、英語や中国語の外国語の検定を取得したら、「毎月◯万円」という資格・検定ごとに決められた報奨金が支給され、給料が上がるシステムです。社員はそれを自由に選択し、自分の意志で取り組む。
直接的に仕事上のスキルアップにつながるものもありますが、そうでないものまで幅広く取り揃えているのは、そこで得た学びが間接的に仕事に役立つと信じているからです。

もう「会社に支配される人生」を送る必要はない

ここまで企業に対して提言してきましたが、個人も受け身ではいられません。
最初にお伝えしたとおり、今は企業に属さなくても個人が情報を取りにいける時代です。それによって個人の可能性は無限に広がり、これまでにない自由な選択もできるようになりました。つまり、会社に支配される人生を送る「必要」はなくなった。あとは、行動するかどうかです。
私が「20世紀の遺物」と言った旧来の日本型雇用と、変わりつつある21世紀型雇用の最大の違いは、このような企業と個人のパワーバランスの変化によるものです。今は多くの企業が、新たなパワーバランス下での「個人との最適な関係性」を模索しています。
個人にもそれが求められているのです。
不確実性の時代と言われる今、私が大切だと感じるのは、あらゆる個人が自由であること、つまり「多様」であることです。変化が激しい時代には、均一で一律であることが弱みになり、自由で多様であることが強みになります。
たとえば、子どもにできるだけ安定した企業への就職を勧める「親ブロック」などという言葉がありますが、そういった「自分と意見が違う人」がいてもいい。他人の多様な意見に耳を傾け、なぜそう考えるのか想像することも、生きていく上での力になります。
重要なのは、多様性を認めた上で自分なりの選択をすること。障害のある恋愛が燃えるように(笑)、他の可能性を捨て、自分の考えで選びとったという意識は、必ず働くモチベーションにつながります。
そのような強い意志のある個人を採用することができれば、質の時代に「強い」企業になる。個人も企業も、今が変わるときです。