2020/11/12

【一流の鉄則】「本番は、何も考えない」はどう作られるのか

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盗塁には「不可能」が許されない

盗塁は足が速ければ成功できる。野球をしたことがあるほとんどの人は、この言葉に「NO」と言うだろう。
確かに足は速い方がいい。しかし、速いからといって「走塁がうまい」と評価される、「盗塁の成功率が上がる」ものではない。
今シーズン、その盗塁に関して“世界記録”が日本から生まれた。福岡ソフトバンクホークス・周東佑京の13試合連続盗塁である。
10月29日の千葉ロッテマリーンズ戦で12試合連続盗塁をマークして福本豊氏の持つ日本プロ野球記録を塗り替えると、続く30日の埼玉西武ライオンズ戦でも盗塁を決めて記録を「13」に伸ばし、バート・キャンパネリスの持つメジャーリーグ記録(1969年)も抜いたのである。
本記録のすごさは、まず13試合連続で塁に出ること、その上で盗塁を成功させるという点で出色で、今後も当分抜かれることはないだろう。
「足が速いだけでは成功しない」パフォーマンスである「盗塁」は、言わば「不可能を可能にする」仕事だ。
どういうことか。一瞬に隠された真髄、技術その全てを、現役時代「走塁の神」と呼ばれ歴代盗塁成功率1位(※1)である鈴木尚広氏に聞いた。(※1通算200盗塁以上、現役は除く)
鈴木尚広(すずき・たかひろ)1978年4月27日福島県生まれ。相馬高校卒業後、96年にドラフト4位で巨人に入団。巨人一筋で20年間プレーし、通算228盗塁、成功率8割2分9厘をマーク。代走盗塁数131は歴代トップ。「走塁のスペシャリスト」としてその名を刻んだ。2016年に引退。

不可能な仕事の2つの意味

盗塁とは「不可能を可能にする」仕事。
その意味は、2つある。
そもそも盗塁は相手バッテリーに警戒されている中で、ランナーが次の塁へと進めば成功となる。その成功率は平均して毎シーズン6割後半を記録する(※2)。
こうみると「可能性が高いもの」に見えるが、物理的な距離だけで見ると違う一面が見えてくる。1塁から2塁までの距離(27.431メートル)を走った到達時間は平均で3.5秒程度。一方、ピッチャーがキャッチャーに投げ、そこからセカンドへ送球、ランナーへタッチするまでの時間は平均で3.3秒。
つまり、数字上は不可能なのである。
それが、成功するのは、さまざまな駆け引き、例えばピッチャーの球種、キャッチャーのステップや送球、ランナーのスライディングといった0.1秒単位のズレが生じる──またはランナーが生じさせる──からにある。
もう一つは、「盗塁は失敗が許されない」ものであること。
ノーアウトランナー2塁(盗塁成功)とワンアウトランナーなし(盗塁失敗)では、その試合状況が180度異なる。
つまり、多くの盗塁は「不可能にしてはいけない」アクションなのである。特に、拮抗した試合であればあるほど、また重要度が高い試合であればあるほど、盗塁は「100%の成功が求められる」。

ポイントは主体性と再現性

ランナーとバッテリーによる約3秒間のせめぎ合い。鈴木はその「3秒の世界」の達人である。
特筆すべきはその成功率、「82.9パーセント」。先述の通り、通算200盗塁以上を記録した選手の中ではNo.1の数字だ。
鈴木にその秘訣を聞くと、真っ先に「主体性と再現性、この2つが全て」と言い切った。
「よく野球は、ピッチャー以外は受け身(主体性がない、能動的でない)だと言われます。ピッチャーがボールを投げないと試合が始まらないし、どんな球種を投げるか、どこへ投げるか全ての始まりがそこにあるからです。