2020/11/16

BtoB営業組織の大変化。チームで勝つには「構造資産」をどう生かす?

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
 人材、技術、ノウハウ、人脈等、財務諸表には表れにくい「知的資産」。この知的資産を可視化して蓄積・活用することで、着実に収益につなげる知的資産経営が注目されている。
 そもそも知的資産とは、ノウハウや経験の「人的資産」、顧客データベースやシステムの「構造資産」、顧客満足度などの「関係資産」の3つ。
 知的資産である企業の商談・人脈・顧客データについて、蓄積・管理・活用意識が高い企業ほど、1年後の業績見通しが明るいという調査結果がある。
 では、知的資産の蓄積・活用をどのように実践すればいいのか。
 顧客データの活用に向けて、コロナ禍で急速に進んでいる営業組織のDX化だが、大企業とベンチャーの現場では、それぞれ何が課題になってどんな変化が起きているのだろうか。
 デジタルマーケティングのエバンジェリストであるNECの東海林直子氏と、SmartHRでBtoB営業に革新をもたらしている工藤慧亮氏に話を伺った。

リアルで失われる機会はデジタルでリカバリー

──コロナ禍において、営業活動にはどのようなインパクトがあったでしょうか。
東海林 ショールームや展示会の実施が厳しくなり、NEC社内でも一気にデジタルシフトが起きています。
 リアルでの取り組みがほぼできなくなったときに大切になるのは、単純にマーケティング費用を圧縮するのではなく、失われる機会をデジタルでリカバリーしていくことです。
 なかでも大きな手応えを得られたのは、7月に開催した大型のオンラインイベント「NEC iEXPO Digital 2020」でした。
 今でこそ、オンラインイベントは当たり前になっていますが、7月時点で約1万3000人にご来場いただくような大型イベントを実施したのは、全国のIT企業の中では初めてだったと思います。
 この来場者数は、リアルで想定していた6倍です。しかも、リアルではなかなかお呼びできないような役職層の方の参加も多かったのが印象的でした。
 企画から開催まで、今までのプロセスやノウハウが使えない状況になり、オンラインだけで社内外を巻き込みながら準備をするのは大変でしたが、一つのスタンダードを作れたと思っています。

実は統合されていなかった顧客データ

──ビジネスがオンライン化したことで浮き彫りになったことはありましたか?
東海林 実感されている企業は少なくないと思いますが、データベース上で統合していたつもりだった顧客データが、実はそれぞれの部署で別々に管理されていたこと。それを痛感しました。
 さらに、名刺交換が行われなくなってメールアドレスを認識できないと、Facebook等で連絡を取り合うケースが増え、顧客管理も社内への情報共有もできなくなるという課題も生まれています。
工藤 弊社でもコロナ以前はオフラインのマーケティングを重視していて、特に大企業との接点は展示会がメインでした。
 コロナ禍で展示会ができなくなって変わったのは、インターネット広告だけでなく、テレビCMや駅ナカのOOH(屋外広告)、電車内の広告を積極的に出稿するようになったことです。
 それがデジタルコミュニケーションを生み出すきっかけになりました。
東海林 駅ナカのOOHがデジタル上で話題になるのはおもしろいですね。
工藤 リアルでもデジタルでも繰り返し見るのが効くようで、駅ナカや電車、テレビCMで見た広告を、自分のスマホを開いたときにTwitterでも目にするようにしたことで、認知を高める効果がありました。
 実際、Twitterで社名検索をしてどれだけ話題になっているかを調べると、コロナ前よりも明らかに増えているんです。
 これは推測ですが、特に都心部で出社が必要なビジネスパーソンは、感染のリスクを少しでも減らすために電車内でも駅構内でも、人との距離を取ろうと以前よりまわりを見るようになったと思うんですね。
 それもリアルの広告に目がいく要素になっているのかと。
 ベンチャーに欠かせないのは非連続な成長です。いくら状況が変わっても成長を続けるために、オンラインとオフラインのマーケティングの組み合わせ方や、戦略の打ち方を変えるようになりました。
東海林 たしかに、情報の取り方は明らかに変わっていますよね。
 おもしろいのは、夕方のニュース番組に提供しているテレビCMの視聴率が上がっていること。リモートワークが浸透したことで、今まで見られていなかった時間帯にもタッチポイントが生まれました。

データから顧客の全体像が見える

──営業組織のDX化に伴って、商習慣の変化は感じていますか?
工藤 私自身がコロナ禍で一番変わったと思うのは、お客様から「Zoomでのオンライン商談ができないか」と問い合わせがくるようになったことです。
 以前から専任チームがオンライン商談にトライするも、受け入れられない企業の方が多かったのが、ここ数カ月で急速にお客様の意識の変化とデジタル化が進んで、営業活動に距離の概念がなくなった。明らかに商習慣が変わりました
 また、お客様の意思決定のプロセスにも変化があって、今までは導入までに20人の承認を得ないといけなかったのが5人で済むケースもありますし、契約に出張が必要だったのがオンラインで完結するようにもなりました。
 社内にも変化があって、もともとSmartHRの営業は、顧客の規模別にオンラインと訪問でチームを分けていました。
 でも、訪問チームにオンライン商談を組み合わせると1日の商談数は増えるし、オンラインチームも大事な場面では訪問をした方が成約につながりやすい。
 そういった背景があって、2020年1月から営業手法別に縦割りだったチームが融合し始め、オンラインと訪問を少しずつ組み合わせるようになっていました。
 そこにやってきたのが新型コロナウイルス感染症です。
 訪問がほぼできなくなったので、縦割りのチームを横串で通したのですが、もともと組織が変わり始めていたので抵抗なく体制を変えられたのは良かったと思っています。
 また、マーケティングも必要なデータは蓄積して一部分析・活用していたものの、すべてを活用しきれていなかったんですね。でもコロナ禍で状況が一変したことで、今はいかに失注を減らしていくかをデータドリブンで解析を進めているところです。
 状況が変わって急にデータを集めようとしても難しく、何の目的でどのデータをためていくかを精査するのには時間がかかります。それが先んじてできていたのは本当に助かりました。
東海林 NECでも、データの重要性を営業が実感してくれるようになりました。オンライン商談が難しいのは新規など関係性ができていないお客様で、既存顧客への営業は一見困らないと思いがちです。
 でも、既存顧客に対して普通にやっていた、ちょっとした気配りや雑談などができなくなったことで、営業から「どんなものでもいいから顧客に関するデータが欲しい」と言われるようになったんです。
 これがとても大きな変化で、今までは新しくパイプラインになりそうなデータを渡してもなかなか対応してもらえなかったのが、この状況になって初めてマーケが持っているデータに注目が集まりました。
工藤 各チームでお客様の優先順位が違っていた事柄が、デジタル化によって会社として顧客データが統合されると見方が変わりますよね。
東海林 まさにその通りで、データによってお客様の全体像が見えてくると、誰にコンタクトを取るべきかも変わってきます。
 コロナ禍で経営課題が明らかに変わり、顧客先のキーマンも変わっている今、その新しい情報を探すには、ますますデジタルの力が必要になると思っています。

知的資産を活用してチーム力を発揮する

──今のお話は、まさに知的資産における構造資産の蓄積と活用に当たりますが、知的資産経営についてどのように意識されていますか?
東海林 営業は属人的なスキルが重視されがちですが、一人で戦うのではなく、いかに組織として構造資産となる蓄積されたデータを活用してチーム力を発揮できるかが、今後重要になると思っています。
 というのも、これからオンラインとリアルのハイブリッドは普通になるし、地方と東京の格差も少なくなると思うからです。
 すると営業も、マーケティングで得られるデータを使いながら、オンラインとリアルを自在に使い分けるようになっていく。
 そのときに大事なのは、部署を横断して共通する価値観での意思決定ができて、ノウハウが共有された状態にすることだと思っています。
工藤 情報共有が社内で話題になったときに聞いた話なのですが、部署間には落ちるボールが必ずありますよね。
 4つの部署がある場合は4つのボールがあるように思いがちですが、ベン図(複数の要素の重なりを図示する手段)で書くとボールはもっと多くて、AとBの間、A・B・Cの間、B・C・Dの間など複雑な隙間に落ちていきます。
 これをデジタルで埋めることが、知的資産を守ることにもつながると思っています。
 人的資産の面では、物理的に会えないことで認識のズレによってさまざまな問題が生じてしまうこともあるため、弊社の場合はバリュー(行動規範)に「認識のズレを自ら埋めよう」を追加しました。
 きっかけは、部署が増えてレポートラインの階層が増え、いわゆる大企業病の傾向が見え始めたことでしたが、コロナのタイミングでこのバリューを追加できたのは非常に意味がありました。
 というのも、コロナ禍で入社したメンバーは約70名いて、一緒にオフィスで盛り上がった経験がないから、何もしなければ認識はどんどん合わなくなったと思うからです。
 今後はバリューを体現するために、オンラインがいかにオフラインに近づけるかが課題になると思っています。
東海林 大事なポイントですよね。同じ価値観を持っていると行動が合ってくるものです。
 NECもコロナのタイミングで、ビジョンやバリュー、パーパスをまとめた「NEC Way」を社員に共有する動きが広まりました。
 私も配下の部長陣を集めてワークショップ形式で実施したのですが、やる前とやった後では、オンラインでしか会えない状況での信頼関係の築き方や意見の出し方、忖度の仕方が大きく変わったのを実感しています。

人材を人財と表現する本当の意味

──組織間の認識の差を埋めるのに、バリューなどの組織文化で対応するというお話でしたが、「顧客データを活用できている現場社員は約1割、活用できていると思っている経営者は約5割」という調査結果があります。
──知的資産の活用について、経営層と現場で意識のギャップを感じることはありますか?
東海林 たしかに、NECでもSansanを導入していますが、経営陣はツールを導入しているんだから「使えているだろう」と思っているかもしれません
工藤 SmartHRの場合は、経営陣が「現場の課題解決は現場主導で行ってほしい、任せます」と明言しているので、現場主導でツールを選定・導入して活用しています。だからそこには明らかにギャップがあるでしょうね。
東海林 コロナ前、経営層は現場がどんなデータを持っているのか、しかもそのデータが部署間でつながっていない・活用されていないことを、理解していなかったと思います。
 データは勝手に集まるものではないので、名刺情報にしても登録作業が必要なのですが、この作業も軽視されがちでした。
 でもコロナ禍の急速なデジタル化によって、現場も経営陣もデータの重要性を認識するようになったのは、未来につながる大きな変化だと思っています。
工藤 コロナを機に、データはもちろんのこと、会社における従業員のあり方や、チームの大事さなどを痛感するようになって、「会社にとって従業員は大切である」ことを本当の意味で実感しますよね。
東海林 今まで人材を「人財」という言葉で表現することもありましたが、それがいかに上っ面で言っていたか、私も含めて多くの企業が感じたのではないでしょうか。

個の力で頑張る時代は終わりに向かう

──BtoB営業や顧客マネジメントが向かう先、未来はどうなると思いますか?
東海林 コロナ禍でNECに入社した新入社員は、面接時からずっとオンラインで、先輩と一緒に顧客先に行くこともありませんでした。
 でも、インサイドセールスに配属すると、オンラインでの顧客とのコミュニケーションを楽しんでくれる人が意外と多く、アポイントも取れているんですね。
 対面よりもハードルが高いのではないかと思っていましたが、新しいオンボーディング手段としてのポテンシャルを感じています。
──新人でも、環境があれば即戦力になっている。
東海林 はい。つまりある程度デジタル化した情報がそろった状態になると、マーケティングのサポートによって、トップセールス“ライク”な人を増やせると思っています。
 1人しかいなかったトップセールスと近しいコミュニケーションを取れる人が5人になれば、それだけで組織力の大幅な底上げにつながりますからね。
 顧客理解のために得られる構造資産のデータは今以上に増えるはずなので、得たデータをどう解釈してコミュニケーションに生かすかが重要になると思います。
工藤 BtoB営業に個の力は大切ですが、ナレッジとして共有されていないノウハウも言語化してコンテンツに昇華し、チーム一丸となって取り組むことが非常に大事になると思います。
 お客様の情報を事前に得られるようになり、マーケティングの段階で商談ができる・できないがわかるようになったのだから、営業が個の力だけで頑張って売り上げを出す時代は終わりに向かうはず。
 マーケやインサイドセールス、セールス、カスタマーサクセスなど、役割ごとに縦割りの組織にするのではなく、全員がチームとなって取り組む。
 部署ごとに独立していたら衰退していく一方なので、会社の戦略に基づくチーム経営、知的資産経営が肝になると思っています。
(出典:Sansan株式会社「企業の商談・人脈・顧客データに関する意識・実態調査(2020年)」)