2020/10/29

オフィスは必要か。パフォーマンスと「場」の関係を科学する

NewsPicks Brand Design editor
コロナ禍で在宅を含むリモートワークの導入が進んでいる。同僚からいきなりヘルプを求められたり、延々と愚痴を聞かされたりすることのない環境に満足し、「リモートだけで仕事は完結できる」と考える人もいるだろう。一方で、リアルのコミュニケーションが減少したことによるパフォーマンスの低下を感じる人もいるようだ。
では、リアルのコミュニケーションは、ビジネスパーソンのパフォーマンスにどんな影響を与えるのか。連載「新時代のオフィス戦略」第1回は、人が集まる「場」としてのオフィスが、パフォーマンスに与える影響について、サイエンスライター・鈴木祐氏と探る。

「お洒落な空間で仕事がはかどる」は本当か

「自宅でこんなに集中できるなら、もう出勤なんてしたくないという人もいるでしょう。実際、集中が必要な複雑な仕事 について言えば、リモートワークによって平均13.5%も生産性が上がるというデータがあります」
こう話すのは、サイエンスライターの鈴木祐氏だ。
コロナ禍で自宅にいる時間が長くなったのを機に、家具を買い換えたり、模様替えをしたりと、お気に入りの“ホームオフィス”を作り上げた人もいるだろう。気分よく働けて、しかも集中できるとなれば最高だ。
実は、この「環境づくり」には意味がある。
「ごちゃごちゃと散らかったオフィスだと仕事をする気がしなくても、お洒落だったり、気分がアガるような空間だとモチベーションも高まりますよね。これは単に気分の問題ではなく、汚い場所で仕事すると認知機能が低下することが研究からわかっています。
『かたちから入る』ってすごく大事なんです。人間の脳は意外なほど、『ガワ』に影響を受けます。なんと、白衣を着るだけで認知機能が上がるという実験結果もあるほどですから」(鈴木氏)
では、「カフェ」という環境は、「集中」という観点から見ると、どんな評価になるのか。
「人間は静かすぎる環境には耐えられません。カフェには多少のノイズがあり、それによって集中しやすい環境が生まれます 。
ただし、 人のパフォーマンスは、周りの人に左右されます。知人や同僚という意味ではなく、空間的に『近くにいる人』から影響を受けるのです。
そのため、集中して仕事をしている人が多いカフェだと自分も集中できるのですが、ボーッとしている人が多ければ自分もボーッとしてしまう。その伝染力はあなどれません。隣に座る人によって生産性に17 %の差がつくという実験結果もあるくらいですから」(鈴木氏)
自分のパフォーマンスを上げるために 、カフェに「集中して仕事をする人」だけを集めるのは無理な話だ。また、「集中」できる環境は、必ずしもすべての仕事のパフォーマンスを高めるものではないという。
「そもそも、自宅やカフェだけであらゆる仕事が効率よく進むわけではありません。というのも、リモートワークは一人で黙々と仕事をこなすのには向いていますが、創造性を発揮できる環境ではないからです。
集中している状態と創造力が発揮される状態では、活性化する脳の部位が異なります。『集中』と『創造』はトレードオフの関係にあるのです」(鈴木氏)

オンラインとリアルのコミュニケーションの決定的な違い

「集中」と「創造」。どちらも仕事に欠かせないものだが、現代のビジネスパーソンにとってより重要なのは、やはり「創造」だろう。集中できても、新しいアイデアが出てこなければイノベーションは生まれない。
「中国の実験では、在宅勤務ばかりだと孤独で潰れてしまうので、リモートワークは週1〜2回程度がいいのではないかという結果が出ていました。
ただ、今はまだ世界中がリモートへの過渡期です。環境に慣れてくれば、結果も変わってくるかもしれません」(鈴木氏)
オフィスの利点は、コミュニケーションによって孤独を癒やすだけではない。コーヒータイムに同僚と軽い雑談をするだけで幸福度 が上がり、アイデアが生まれやすくなるというのだ。
「アニメーションスタジオのピクサーも、いろいろな部署の人が通る場所にコーヒースペースを設置しています。いつも顔を合わせているメンバーではなく、たまたま会った他部署の人との会話によって、新しいアイデアを生みやすいように設計されているわけです」(鈴木氏)
たしかにリモートワークでは、「他部署の人とたまたま出会って話をする」という機会はないだろう。リモートワークは無駄がなく、効率的だ。しかしそれゆえに、ある種のセレンディピティが失われているのかもしれない。
「僕が思うに、オンライン会議の一番の問題は『雑談がしにくい』ことです。雑談が思わぬ方向に展開して、考えてもみなかった組み合わせが生まれるというように、新しいアイデアは連想ゲームから生まれます。
目的が明確で、前もって決めていた議題だけをスルスルと消化するオンライン会議は、時間どおりに終わる点では効率的。ですが、雑談がないぶん、思いもよらぬ発想が出てくる機会は減っているのではないでしょうか」(鈴木氏)
リアルのブレストにおいても、周りが活発に発言するなかで、うまく存在感を消しながらサボる人はいる。オンラインになると、リアル以上に目が行き届きにくい。
オンライン会議に何を求めるかにもよるが、アイデアを生み出そうとするならば、ファシリテーションは必須だ。
ネット環境にも影響を受けるオンライン会議では、発言をためらってしまう人もいるだろう。
iStock.com/metamorworks
「特にオンラインの場合、お互いの類似性が見えないと、雑談どころか最初の一言が出てこない。そこは仕切る人が掘り下げるしかないですね。
僕のオススメとしては、アーサー・アーロン氏が作った『36の質問』のように、その人の価値観に踏み込むような質問を出し、あらかじめ回答を用意して臨んでもらう方法です。
今では、『確実に恋に落ちる』なんて触れ込みのある『36の質問』ですが、もともとは大学生の間で円滑に人間関係を構築するために考案されたものです。その名の通り、簡単には答えられないような質問が36個もあるので、まともにやっていると雑談どころではなくなりますが(笑)」(鈴木氏)
リアルであれば、特に気構えずとも口火を切れるのに、オンラインだと難しいのはなぜか。その理由のひとつが、オンラインとリアルのコミュニケーションでは、得られる情報量にすさまじい違いがあることだ。
他人と話すとき、私たちは意識せずとも呼吸や顔色の変化、視線の動きなど、多くの細かい情報を収集しながらコミュニケーションを取っている。
ビデオ通話がメジャーになる以前、テキストや音声が主体だった頃と比べれば、Zoomなどオンライン会議サービスの普及もあり、だいぶ改善はされている。それでもリアルのコミュニケーションには程遠く、ネット越しでは拾いきれない情報が山ほどある。
呼吸や肌の赤みの変化、視線の動き……現状のオンライン会議サービスでは、言葉以外の情報収集は難しい。
iStock.com/Masafumi_Nakanishi
「認知症になる 最大のきっかけのひとつは、耳が悪くなることなんです。コミュニケーションが取れなくなり、受け取れる刺激が減って、一気に脳が衰えていく。
リアルのコミュニケーションはストレス解消になり、アイデアを生み、脳トレにもなります。これだけのメリットがあるので、今後もコミュニケーションの場であるオフィスが不要だ、という話にはやはりならないでしょうね」(鈴木氏)

新時代のオフィスに必要なもの、不要なもの

これからのオフィスに求められるのは、リモートワークよりも創造性を発揮しやすい環境、そしてセルフコントロール能力を高めるための場としての機能だ、と鈴木氏は語る。
「リモートワークで生産性が上がっても、周囲に誰もいない環境だと徐々にだらけてくる。これは、突き詰めればセルフコントロールの問題。集中も、創造性も、モチベーションも、あらゆることは環境から影響を受けています。
だから、一定の高さでパフォーマンスを持続させたいなら、周囲に質の高い仕事をしている人が集まった環境が必要です。それを担保するのが、これからのオフィスのありようでしょうね。
僕はいろいろな出版社に出入りしていますが、従来の出版社は、散らかった場所にゴチャッと人が集まっているようなところが多い(苦笑)。そういう環境は解体されていくような気がします」(鈴木氏)
旧来の散らかったオフィスでは認知能力が下がってしまう。全員がモチベーション高く働けていればいいが、誰かがサボりはじめると伝染して、オフィス中のやる気が削がれてしまう。
iStock.com/gyro
鈴木氏の場合、自宅の仕事環境は「集中」にフォーカスしている。
「いろいろと気を使っていますが、お金に糸目をつけなければ観葉植物を置いてジャングルみたいにしますね。観葉植物が視界に入ると、集中できるし、健康にもいいんです。病院でも、入院患者の泊まっている部屋の外に緑が多いほうが退院する日数が早いというデータもあります。
あとはスタンディングデスクで、ステッパーを踏みながら作業できるスペースも作りたいし、二酸化炭素濃度が高いと脳機能が全体的に低下して集中できなくなるので、換気もよくしたい」(鈴木氏)
集中するだけなら、自宅の狭いスペースでも可能だが、鈴木氏によれば、創造性を発揮させるためには、高い天井や大きな窓など、空間的にも開放的であることが求められる。
集中と創造の両面でパフォーマンスを上げる環境を自宅で作り出すのは極めて難しいだろう。
取材を行ったWeWork渋谷スクランブルスクエアの窓は大きく、天井も高い。創造性を発揮するのにうってつけの環境だ。適所に観葉植物が配され、眼下に見える景色にも緑が多い。
「また、カフカの小説を読むだけで認知能力が上がるという研究もあるのですが、アートって謎の集合体のようなもので、脳が刺激されます。抽象だと具象じゃないぶんイメージも拡散しやすいのです」(鈴木氏)
アートや観葉植物が置かれた開放的な空間。つまり、本来はカフェのような場所は、創造性が刺激されるものなのだ。
ただし、カフェはあくまでもカフェ。そのときどきの「周りの客」に影響され、集中も創造もうまくできなかった、ではよろしくない。
アートが多く飾られているのは、すべてのWeWorkに共通する特徴だ。これからのオフィスには、社員の視界に入るものにまで気を配ることが求められるのかもしれない。
「だから集中なのか、創造なのか、やりたいことに応じてブースを区切っているコワーキングスペースが歓迎されるのも当然なんです。『この場所では集中する』『ここでは創造的な仕事をする』という場所によるスイッチングは非常に有効です。
従来のように、一つの部屋に島型に机を並べたオフィスは集中には向かないので、企業が『集中用の個室』を用意できればそれでよし。それが無理なら在宅か、コワーキングスペースを活用するべきでしょう。
WeWork渋谷スクランブルスクエアにある電話ブースにて。電話に限らず、オンライン会議や集中して作業をしたいときに契約者は誰でも使用できる。「この狭さと視界に余計なものが入らない空間、集中できますね」と鈴木氏。
特にコワーキングスペースの場合、面白いのは、他の企業の人やフリーランスの人との出会いがあること。発想や創造力を生むうえでは、多様性がものすごく大事なんですよ。違う仕事をして、違う考え方を持つ人が隣にいる環境は、企業単体では用意できませんからね」(鈴木氏)
自宅やカフェ、あるいはコワーキングスペース、そしてオフィス。場によってできることが違うからこそ、 リモート過渡期の今は、自宅とオフィスの利点を兼ね備えたコワーキングスペースを活用するのが現実的だろう。
オフィスは不要なのではない。新時代の企業は、社員が最高のパフォーマンスを発揮できるような、新しいオフィスを追求すべきなのだ。