【新井紀子】日本再建のカギは「読解力」

2020/10/9
 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」。

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがまさにパートナーとしてタッグを組み、ネット配信番組「Rethink Japan」をスタート。

「Rethink Japan」は、これからの世の中のあり方を考え直していく番組です。

 世界が大きな変化を迎えているいま、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおします。

 全6回の放送を通して、文化・アート・政治・哲学などといった各業界の専門家をお招きし、世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。
新井紀子 × 波頭亮 日本の教育を再考する
 Rethink Japan、第3回は「教育」をテーマに、国立情報学研究所教授・教育のための科学研究所代表理事所長の新井紀子さんをゲストに迎えてお届け。
 モデレーターは、佐々木紀彦(NewsPicks CCO/NewsPicks Studios CEO)と、経営コンサルタント・波頭亮さん。
 日本の教育現場の問題点から、大学生の実状、これからの時代を生き抜くために必要な能力まで、教育についての深い議論が展開された。
国家百年の計で日本の教育を再設計する
佐々木 Rethink Japan第3回、スタートです。今回は、国立情報学研究所教授・教育のための科学研究所代表理事の新井紀子さんをゲストにお招きします。ナビゲーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。
波頭 新井さんとは初対面。今日はすごく楽しみにしてきました。
佐々木 波頭さんは今日、新井さんと何をお話しされたいですか。
波頭 私が感じている日本の教育の問題点を中心にお話しできたらと思っています。
 まずは、国家として教育に力を入れていないこと。教育は国力の基盤を形成する重要な分野であるにもかかわらず、日本が教育に投入している予算比率(GDP比)は3%以下です。
 これはOECD38ヵ国中、下から2番目(2018年度の調査では最下位)で、1位ノルウェーの半分以下。国家として「手抜き状態」だと言わざるをえません。
 そして、大学のレジャーランド化です。海外の大学では、学生たちがもっとガツガツ勉強しています。大学生の勉強の総量が、日本は圧倒的に足りていないように感じる。
佐々木 ありがとうございます。では、新井さんをお迎えしましょう。
新井 よろしくお願いします。
佐々木 まず日本の教育予算が少ないことについて、新井さんはどう捉えていらっしゃいますか。
新井 教育予算が多い北欧やドイツが何に投資しているかというと、教員数の確保なんです。
 今、世界中の学校で、生徒の多様性が増していますよね。日本でも外国をルーツにもつお子さんが増えています。
波頭 そうですね。世界で経済成長している国の多くは、移民によって人口が増えています。
新井 はい。帰化したり、日本人と結婚したりすれば、子供たちは当然日本国籍で日本人として育ちます。そういうお子さんが増えています。将来的には、日本経済においてもそういう方が担う部分が大きくなるということ。
 その方達が付加価値を生む仕事に就けないと、日本の経済成長もありません。外国にルーツをもつお子さんに対して手厚い教育は必須です。
 たとえばドイツはそれを織り込んで教育現場を設計していて、多様な生徒たちをきちんとフォローできています。それを叶えている背景に「豊富な教員数による少人数学級の実現」があります。
 一方日本ではいまだ35人学級(1クラスの生徒数を最大35人とする動き)も達成できていない。各地域に必要な教育を考慮して、メリハリをつけて教員を配置していかなければなりません。それを考えると、予算を増やしていくことは当然の流れだと思います。
佐々木 やはり教育にかける予算は全然足りていないんですね。
新井 そうですね。パソコンを配るためのお金を、みたいな派手なことでなはく、もっと地道なところで教育にお金や手間暇をかけていかなければと思います。
 クラス内での格差を減らして、みんなが自分の幸せのために稼げるようにしなくちゃいけない。
 そうして次の世代に、日本人としてここで幸せに暮らしていける、というポジティブなイメージを伝えていくことが大切だと思いますね。官僚のみなさんには、「国家百年の計」として教育を考えてほしいです。
「どうしたらいいかわからない」大学生の不幸な現状
佐々木 波頭さんが二つ目の問題に挙げられた、大学生の勉強不足についてはどう思われますか。新井さんは現場で実際に教えていらっしゃいます。
新井 これは波頭さんにお言葉を返すようですが、今の日本の大学生はバイトをしなくちゃやっていけないんです。大半が奨学金という名の借金を背負っている。
 一方、ドイツでは学費はかかりませんし、アメリカの大学院などでは、優秀な成績であれば学費が免除されるだけでなく、学部の授業を受け持つことで給料をもらって食べていけます。
波頭 北欧でも、大学院生に給料が出る場合もありますよね。
新井 給料を支払うことで、「集中して勉強してほしい」という国家の意思を示していますよね。
新井 もうひとつ大きな問題として、学生数は減少している一方で、大学数は増えている現状があります。なので、学力スクリーニングしないで入学できる大学が半分くらいあるんですよ。
 そういう中で大学生の多くが、自学自習やノートの取り方、本の読み方も知らずに入学している。
 大学には塾もないし、教授はプリントも配らずお話をされることもあります。大学に入って初めて「自分で勉強する」ことを求められても、どうしていいか分からない大学生がすごく多くて。そういう大学では、退学率も留年率も驚くほど高いです。
波頭 そうなんですか。知らなかった。
新井 「大学を出たらいいことがありますよ」って雰囲気だけが世の中に浸透しているから、借金してまで入学するんです。だけど、何も分からないまま留年・退学になり、気付いたら借金だけが残っている……。それが今の大学生の実状です。
 義務教育の間に読解力が身についていない人が多いんですよね。読解力とは、基本的に、新聞やどの教科の教科書を読んでも、つらくなく文の構造を把握でき、内容をイメージでき、理解できる力のことです。
 読解力なしに大学へ入ると、学ぼうと意気込んでも学べない。読解力は社会に出ても必要不可欠な能力です。
 本人たちも、大学でも就職活動でも転職でも、「どうしたらいいかわからない」状態が続いてしまう、不幸な状態に陥っているんじゃないかと思います。
RSTで明らかになる読解力、義務教育でどう養うか
佐々木 読解力については、新井さんが中心となって開発されたリーディングスキルテスト(RST)がありますよね。
新井 はい。教科書や新聞から200字くらいの短い文章を抜き出して出題するテストです。知識を問わないので準備は必要なく、ただ読んだ通りに答えればいいだけのテストなんですが、みんな結構間違えるんですよ。
(出典:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」より)
佐々木 読解力を上げていくためにはどうすればよいのでしょうか。
新井 文章を読み解く「解像度」をあげることです。文章を分解して、それぞれの語の役割を理解するようにしてみるとよいと思います。
波頭 自分で完全な形の文章を書けるようになるのがまず第一歩ですよね。主語・述語・目的語をきちんと書く、というような。
新井 まさにそう思います。先日板橋区の小学生に指導したのですが、「誰が何をする」の形で情報を抜き出せという問題ができない子が3分の1くらいいました。まずはそこを指導しなければいけませんよね。
 自由に仲良く学習をさせることが目的になっている小学校が多いですが、生徒が多様化した現在は、フレームを決めて答えを探すようなきちんとした指導が必要だと思います。
佐々木 そのためにも、教員の数を増やしたり、RSTを無償で提供できるようにしたりなどの対策が必要ですよね。
新井 はい。そうした点を、ぜひ国に主導してほしいと思っています。学力調査で明らかになった子供たちの課題点をもっとブレイクダウンして、対策しなければなりません。
 漫然と全数調査をすることにお金を使い続けている現状には苦言を呈したいですね。
「無理」をつくらない非天才が、クリエイティブを支える
佐々木 読解力があれば、AIがどんなに普及しても、クリエイティブな仕事ができるのかなと思います。新井さんはクリエイティブをどう捉えられていますか。
新井 クリエイティブな人材、いわゆる天才って確率的にどんな状況でも一定数生まれると思っているんです。でも、重要なのは天才を支える人材がきちんといるかどうか。
 ジョブズもイーロンマスクも、たくさんのスタッフがいたから、あのクリエイティブを生み出せたんです。
波頭 天才をちゃんと評価するのにもリテラシーが必要ですもんね。
新井 そうなんです。イノベーションを起こす天才を支えるスタッフに必要な能力は、読解力をベースとして、何に対しても「絶対無理」と決めつけないことだと思っていて。
 数学は無理! とか、この分野は読んでもわからない、とか思っていたら革新を生み出すチームのスタッフにはなれません。
 義務教育ですべての分野が取り揃えられているのは、それが目的だと思うんです。
波頭 その通り。中学までは全員、学力テストで全教科60点以上は取れるようになって欲しいよね。
新井 農業や漁業のような一次産業にさえAIを始めとしたテクノロジーが入ってくる時代です。AIやロボットの下請けをするのではなく、使いこなすには、テクノロジーの基盤となっている数学と科学の基礎的な理解は不可欠です。
 誰もが全教科で60点以上取れるようになれば、日本は安泰だろうと思います。
佐々木 最後にお二人からメッセージをお願いします。
波頭 今日はまとめではなく、視聴者の方へメッセージを書きました。
「集合とベイズ推定」
 読解力をきちんと身につけた後は、あらゆるものを抽象化して捉えられるようになってほしいですね。たとえば、ハマグリとアサリは二枚貝という分類でくくれます。これが、集合の視点を持つということ。
 さらに、ベイズ推定を理解できれば論理力が上がると思います。ベイズ推定とは、過去の経験と新たに得たデータを元に、事象が起こる確率を推定する統計学的手法です。言語と数学、両方の論理性がいい塩梅で融合したのがベイズ推定だと思っているので。
佐々木 波頭さんには視聴者に向けて課題を示していただきました。ありがとうございます。
新井 「読解力で幸せをつかむ」
 子供は、もともと勉強したい気持ちはあるんです。でもどうしていいかわからなくって、辛くなり「勉強は苦手だ」と思ってしまう。
 すべての学問の基礎となる読解力を養うことでみんなが幸せになることが、結果として、GDP増加や生産性向上にもつながっていくと思っています。
波頭 大賛成です。人間って知らないことが分かるようになるのは快感なんですよ。それが得られるようになれば、経済に関係なく日々が幸せになると思う。
新井 読解力があがると、学級崩壊が止まったり、先生の忙しさが軽減されたり、あらゆる面でいいことがありますよね。
佐々木 今日もとっても盛り上がりました。お二人とも、本日はありがとうございました!
 Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp)

 視点を変えれば、世の中は変わる。

 私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2020年7月より全6話シリーズ毎月1回配信。

 世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。NewsPicksアプリにて無料配信中。

 視聴はこちらから。
(執筆:西山桜 編集:株式会社ツドイ デザイン:斉藤我空)