【安田雅彦×大室正志】企業組織はどうあるべきか。キーワードは“大切な他人”

2020/10/10
NewsPicks NewSchool」では、10月からコロナ禍における「ヒトと組織の変化」の本質を見極め、人事の最適解を探る「次世代ピープルマネジメント」プロジェクトを開講します。プロジェクトリーダーを務めるのは、産業医の大室正志氏、ラッシュジャパン人事部長の安田雅彦氏です。

開講に先立ち、両氏の対談を行いました。第1回は、組織人事の現状と課題点を語り合ってもらいました。
【開講迫る】実践者と学ぶ。新時代の「ヒト・組織・働き方」

最先端の知を、いかに実践まで落とすか

安田 今回の「次世代ピープルマネジメント」というプロジェクトでは、「ヒトと組織の最適解」を成長のキードライバーと位置づけ、押さえておくべきポイントを参加者とともに論じていきたいと考えています。
 具体的な論点としては、まずイマドキの雇用形態の本質を知ること。メンバーシップ型とジョブ型という二元論になりがちな論点ですが、それぞれの企業により適切な形を探っていくことで、人の成長によってビジネスを成長させる組織やマネジメントをどうすれば実現できるかを議論していきたいです。
安田雅彦(やすだ・まさひこ)ラッシュジャパンのPeople(人事)部門の責任者。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてHR Business Partnerを務め、組織人事やTalent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年よりラッシュジャパンにて現職。
 次の論点は、自律型組織についてです。上司からの指示を待つだけでなく、いかに自ら動く組織をデザインしていけるかということ。
 そして、昨今よく話題にあがるダイバーシティー。「ダイバーシティーを高める」「ダイバーシティーでビジネスや組織をドライブしていく」とよく耳にしますが、具体的にどのように行われ、私たちはどう実行すべきなのかを話していきたいですね。
 これらの論点で共通して伝えたいことは、実務的なものになります。論じるのはもちろんですが、実際にすでに実行している企業はどう行っているのかと。加えて、参加者のなかには「私たちはこうやっている」という実例もあるかと思うので、みんなでベストプラクティスを共有していこうと考えています。
大室 働き方改革以降、メディアをはじめ、働き方への注目度が格段に上がっています。実際、私も働き方に関する取材がかなり増えました。
大室正志(おおむろ・まさし)産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。現在日系大手企業、約30社の産業医業務に従事 。医療法人同友会顧問。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)。
 ただ、働き方改革も概念そのものは頭で理解したとしても、実際に運用できるかというと、理解と運用の間にはタイムラグが生じています。
 例えば、セクハラに関して。「ビートたけしのTVタックル」に出演していた田嶋陽子さんがさかんに取り上げていたことをはじめ、今から30年ほど前から「セクハラ」という言葉自体は世間的に浸透していたと思います。ところが、実際にどういう行為が問題になるのか、人々が実感するまではかなりの時間がかかっています。
 同じように、どの分野でも知識と実践の間にはタイムラグがあるはず。現在も人事では、「コアコンピタンス」や「コアバリュー」といった単語が飛び交っていますが、それらのバズワードをいかにして実務に落とし込んでいけるかが問題です。
 安田さんは実務家ですから、それらをテーマを活発にディスカッションしていきたいですね。
安田 加えて、私も大室先生も過去にNewsPicksアカデミアでゼミを持ったことがあり、当時のネットワークは今でもつながっていたりします。
 今回もプロジェクト内で有用なネットワークをつくっていきたいとも考えています。
大室 オンラインでもオフライン同様、もしくはそれ以上の意義のあるプロジェクトにしたいですね。

組織の「理想」が急速に変化している

安田 具体的なプロジェクトスケジュールとしては、まずDay1で「コロナ禍で変化した『ヒト・組織』」を論じたいと考えています。大室先生も同じかと思いますが、最近は取材で「コロナ禍で何か変わりましたか?」と質問されることがかなり増えました。
 ただ、私としては実のところ、何かが劇的に変わったという印象は持っていなかったりします。
 コロナ禍の影響を挙げるとすれば、社会的に目指そうとしていること、あるいは「こうなったらいいな」という理想や「今後こうなるかも」といった予想していたことが、否応なくものすごいスピードで向こうからやってきたのではないかと。Day1では、それらをひとつずつひもといていきたいですね。
 切り口としては、例えば今までは正社員一択だった雇用が、フリーランスを含めて多様化していくと言われていることについて。
 ほかには、評価制度についてですね。昨今はノーレイティングといった、A、B、Cとランク付けをしない新しい人事評価制度も話題となっているように、今後はリアルタイムの目標設定とフィードバックを細かく実施していく流れになっていくのではないか、といったテーマがあげられます。
 あとは、マネジメントについても話し合いたいですね。これからは管理や監視といった手法よりも、「エンパワーする」「エンゲージメントを引き出す」といったやり方が主流になっていくのではないかと。
大室 世界的に、マネジメントは管理・監視型ではなくなっている傾向はあります。NewsPicksの読者層であれば、そういったトレンドも感じていると思います。
 ただ、今も「管理部」という言葉があるように、人事系などは一般的にはまだまだ管理・監視といった傾向が強いようです。いざ「エンパワーする」「エンゲージメントを引き出す」ということをしようとしても、何から手を付けていいかわからないのが実情ではないでしょうか。
 今はまだ、制度設計やカルチャーが自律型組織に追いついていないようなので、プロジェクトでは実務的な例を出しながら、今後のマネジメントについての理解を進めていきたいところです。
安田 “マーケットリファレンス”という言葉があるように、今は給与も年功賃金ではなく、ジョブサイズや市場価格に応じて決まりつつありますからね。
 人事制度でもこれまでは、公平性や透明性といったフェアネスが最重要と言われてきましたが、最近は市場性も重要視しています。新卒で年収1千万円という話題があるように、かなり大きな変化が起こりつつあります。
大室 ほかにも、組織の考え方についても論じたいところです。
安田 組織として、上意下達のような絶対的な価値観は今でもあると思います。それでも、効果的にエンパワーしたりエンゲージメントを引き出したりするには、努力して作る「信頼関係」が大事なはずです。
 情緒的な話に終わることなく、具体的にどのように制度として落とし込んでいくかまで突き詰めたいですね。
大室 企業ガバナンスで言えば、今まではいかに詳細な制度や規定をつくれるかが主流でした。しかし、これからは共有する文化や価値観、何を優先順位の上位に持ってくるかを細分化せずとも、誰もが理解している組織文化を目指していくという流れがやってきそうです。
安田 私も大室先生の考えをまねて、NewsPicksの記事にも書いた話題があります。
 それが、今までは“家族”だとされていた企業と社員の関係が、これからは“大切な他人”へと大きく変わっていくということです。
大室 今後はそういった流れがやってきそうです。
 例えばアメリカという国は、非常に自由主義で多種多様な人々が住むことで有名ですが、実は排除主義とも言えます。民主主義や自由主義といった価値観と異なるのであれば、他国にさえも口を出してしまう。
 しかし、民主主義や自由主義という価値観に共感できるのならば、アメリカという国の中では政治や宗教、あるいはセクシャリティや人種は気にしない。
 ダイバーシティーとコアバリューは常に表裏一体であるので、ダイバーシティーが進めば進むほどコアバリューの重要性が浮き上がり、ダイバーシティーを進めたいのであれば、コアバリューの再定義は欠かせないという関係とも言えます。
安田 そうでなければ、単なる烏合の衆になってしまうと。
大室 そういうことです。日本の場合はリクルーター制があるように、これまでは多くの企業が似たような大学から似たような人材を採用してきたので、何となく価値観も似ている社員同士でいられました。
 しかし、今後はダイバーシティーを標榜する以上、しっかりと自分たちが重要視する価値を外部に向けて表明する必要があり、社内でも誰もが理解できるまで言い続けなければなりません。
 これらの一連の行動について、企業全体を家族と捉えてしまうと、「俺ら家族の価値は何だ」となるので、どこか気持ち悪さがあります。しかし、社員は大切だけれど他人だと考えれば、わかるまで伝え続けなければいけないわけです。
安田 “大切な他人”はこれからの時代でキーワードになってきそうです。この考えをひもといていけば、様々な見方ができるようになりそうですね。
(構成:小谷紘友、デザイン:九喜洋介、写真:遠藤素子)
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