新着Pick
68Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
これは、コソボがイスラエルと国交正常化するのと引き換えに、米国がコソボを助けた、という話です。
 コソボ共和国は、ヨーロッパの国ですが、ムスリム人口が95%の国です。キリスト教徒が多数を占めるセルビアの一部でしたが、独立戦争を経て、2008年に独立した共和国になりました。セルビアは独立を承認しておらず、コソボ共和国は経済的には厳しい状態にあります。そこに、米国が助け舟を出して、セルビアとの経済関係が正常化されることになりました。
 米国がなぜコソボ共和国を助けるかというと、コソボ共和国がイスラエルを承認する見返りです。ムスリムが人口の多数を占める国は、アラブ諸国に限らず、イスラエルを国家として承認していない国が多いです。たとえば、インドネシアやマレーシアも承認していません。
 イスラエルと国交を持つ国が増えることが、イスラエルの安全保障になります。先日のUAEとイスラエルの国交正常化のように、できれば中東のアラブ諸国、そうでなくてもムスリム諸国によるイスラエル国家承認を1カ国でも増やすために、米国は50年間、骨を折ってきました。米国外交の基本課題です。
 コソボ共和国は、独立の時に米国の支援を受けたので、米国に借りがあります。米国にとって、イスラエルを国家承認するように口説きやすい相手であったといえます。
コソボに行くと、実際にはそこはコソボという国はなく、本当はアルバニアなんだということをイヤでも感じます。

国民の大半はアルバニア系ですし、街の中心にはアルバニア独立の英雄スカンデルベクの大きな銅像が鎮座し、そして街のあちこちに見る旗はスカンデルベク家の紋章である赤地の双頭の鷲、つまりアルバニアの国旗ばかりなのですから。

一方でこの地は中世セルビア王国発祥の地であり、セルビア全盛期の古都であり、いわばセルビア人にとっては京都のような心の故郷でもあります。

だからオスマントルコに敗れ、セルビア人の大半がコソボを離れた今でも彼らはコソボの独立を認めていませんし、実際コソボに4つある世界遺産は全て中世セルビア王国のものです。

事実としてそこがセルビアでなくても、心の奥底ではどうしてもそれを認めることができないのです。

コソボ紛争に介入した欧州各国は、それが分かっているからこそセルビアとコソボの和平仲介にはあまり積極的ではありませんでした。
ところがトランプ大統領はどういうわけかこの問題には積極的でかれこれ2年くらい両国に和平を呼びかけており、今回その努力が実った形となりました。

2万人近い犠牲者を出したコソボ紛争から20年。
ようやく両国が正常化への第一歩を踏み出した今回の合意は、ある意味で歴史的なものと言えるでしょう。
イスラエルとUAEに続いて、セルビアとコソボでもアメリカが仲介して国交正常化。これだけ見るとトランプ外交は華々しい成果を上げているんだが…。今回は熟した柿が落ちてきた案件に近い。
rfi(Radio France International)の報道では、«経済協定(accord économique)»に調印と言っていた。なお、バルカン半島では、先月30日、モンテネグロの議会選挙で、約30年間政権を担う与党の社会主義者民主党(DPS)が第一党に踏みとどまったものの単独過半数を取れず、親セルビア右派政党の政党連合が躍進した。その結果、野党連合が政権を奪取し、社会主義者民主党は下野した。しかし、社会主義者民主党のジュカノビッチ大統領の任期が2023年まで残っており、今後の政局は混乱すると見られている。
まだセルビアのコソボ独立承認は遠いのですが、「正常化」の一歩。コソボとイスラエルが国交正常化で接近するのをみて、トランプ政権が仲介。イラン包囲網の中での動き。
私は両親も身寄りも故郷の意識なく小さい頃から転々と暮らしてきましたが、郷愁の想いを昔から持つと同時に地球が住所だという諦めがあります。
色々な所を旅してきましたが故郷や家族その土地への思いは人間と結びつきが強すぎて悩んでる人も多いが、やはり拠り所です。家族や国、民族、宗教というものは重なる歴史の中で様々な想い、時間が重なりそれぞれの主張は複雑です。
多様性、認める事が問われる中、少しずつ変わっていく世界を見ています。政治バランスを傍観しながらも我が事のように興味関心を持ってます。
色々な場所や土地、旅や暮らしや仕事で出会う事が自分の中の政治であり宗教で民族感、国、家族と感じる共感が枠組みと個でどう働けばいいのか模索中です。