脳の限界を説明する「負荷理論」

ロックダウンのせいだろうか、どうも頭がぼんやりする――。そんなふうに感じているのはあなただけではない、と集中力を研究する神経科学者は言う。
「私たちはいま、情報の集中砲火を真正面から受けています。自宅で仕事をするとなると、そこにさらなる要素が加わります」と話すのは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授で心理学および脳科学を専門とするニリ・ラヴィーだ。
「これは誰にとってもつらい状況です。人間のシステムは、それほど多くの情報を扱うようにはできていません」
ラヴィーによれば、気分がすぐれない理由は「負荷理論」と呼ばれる概念で説明できる。人間の脳の能力には限界があり、ひとつのことに焦点を当てるためには、他のものをフィルタリングする必要がある。
手に負えないほど大量の情報が流れ込んでくるために、短期記憶または視覚認識に過重な負荷がかかると、何が重要かを判別するのがむずかしくなり、忘れっぽくなったり気が散りやすくなったりする。

不安や恐怖が判断力を低下させる

新型コロナウイルスのパンデミック前から、あなたの人生は複雑だったかもしれないが、今はそれ以上に把握しなければならないことが増えている。
あの人は2メートル離れていたか。手を洗わずに顔に触れなかったか。家にいる子どもは宿題を終えたのか。ベビーブーム世代の両親は、またソーシャルディスタンスのガイドラインを無視しているか。ズームでの会話のときに映り込んでもいいように室内は片づいているか。
あるいは、アリゾナでの感染拡大は自分の街に感染の第二波を引き起こすことになるのか。オンラインスーパーの配達予約を入れ忘れていないか。他の人もじつは頭の中がぐちゃぐちゃだと思っているのだろうか――。
新型コロナウイルス関連の情報の大氾濫は、もともと不安をもたらす情報であるゆえに、さらに対処が困難になる。
「私たちは、たとえそれが有害であっても、情動を大きく刺激する情報を優先するようにプログラムされています」と、ラヴィーは言う。その代表的なものが、恐怖などの強い感情を呼び起こす情報だ。
私たちのワーキングメモリーがこうした強い感情をもたらす考えで満たされれば満たされるほど、目の前の重要な仕事と、普通なら気にならない雑事を区別する能力が低下する。
そうなると突然、背後で遊ぶ子どもが立てる音や通り過ぎる車の騒音、To Doリストの下位にある緊急性の低い項目に注意が奪われてしまう。
「人は絶え間なく新しい情報の砲撃を受けていたり、最近聞いた情報を頭の中で再生したりしています」と、ラヴィーは言う。「そのことによって、別のタスクをやりとげる間、無関係な情報を抑制または無視する能力が低下してしまいます」

自分自身を取り戻すための方法

それでは、どうしたらいいのだろう。ラヴィーはいくつかの方法を提案している。
遮断して無視する 「仕事中は、物理的に情報源を遮断しましょう。気が散りそうな感じがするなら、ランチタイムに新しい情報をチェックしないように。最近は、感情を刺激する可能性がとても高くなっています」
気を散らすものを減らす ドアを閉め、耳栓を使い、ワークスペースを整理する。脳の能力を解放するためにできることは何でもしよう。
現実的なターゲットを設定する 「企業はこうした要素をすべて考慮に入れ、従業員の不安を増幅させないようにすることが重要です」と、ラヴィーは話す。「ある人が集中できる場所を見つけることができたからといって、他の誰もが同じことができるとみなしてはいけません」
自分自身を取り戻す 目の前の画面上の作業に集中できない場合は、オンラインパズルやビデオゲームで気分を切り替えてみよう。「タスクを実行するための画面に再び注意を向けることができるように、何か工夫をしてみてください」と、ラヴーは提案する。
誰もがつらい状態にある 「これは自然なことで、その多くは人間が意識して制御することはできないということを理解しましょう。心を脅かすような情報を無視することはできません」と、ラヴィーは話す。「あなただけではありません。誰もが同じです」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Peter Martin、翻訳:栗原紀子、写真:DrAfter123/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.