世界で10人も理解していない? 世紀の「IUT理論」とは何か

2020/7/9
「まるで未来からやってきた論文のようにも、宇宙の外からやってきた論文のようにも思われる」
米国のある数学者は、京都大学の望月新一教授が提唱する「宇宙際タイヒミュラー(Inter-Universal Teichmüller Theory、以下IUT)理論」の論文に初めて目を通した時の印象を、ブログでそう記した。
望月教授が自身のホームページでIUT理論の論文を公開したのは、2012年8月30日だった。総計およそ600ページにも及ぶその4本の論文は、世界中の数学者に衝撃を与え、ニューヨークタイムズをはじめ世界の主要メディアが次々にニュースとして報じた。
その理由は2つある。
一つは、この論文が、数学の有名な難問「ABC予想」を証明したと主張していたことだ。ABC予想は、解決すれば、数学の様々な問題が一気に解決してしまうことから、「最も重要な未解決問題」とも称されてきた。しかし、解決の道のりは険しく、証明は当分先になるだろうとも思われていた。
衝撃のもう一つの理由は、IUT論文が、従来の数学と根本的に異なる、新しい発想と方法論で書かれていたことだ。600ページのうち約500ページは、前提となる数学的な枠組みの構築に費やされている。そこには、日頃、論文を読み慣れている数学者も怯んでしまうほど、新しい概念と記号があふれていた。
学術論文は通常、同じ分野の専門家が匿名のレフェリーとしてチェックする「査読」を経て、正式に学術誌に掲載されて初めて、市民権を得る。
公開から8年を経た4月3日、京都大学は、IUT論文が査読を通過し、ついに日本の専門誌PRIMSに受理されたと発表した。
理解している数学者は、世界でもまだ10人程度とされるIUT理論。
どんな内容で、どのように構築されたのか。メディアに姿を現さない望月教授の素顔とは──。
理論の構築の過程に立ち会ってきた1人で、世界で唯一の解説書『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』の著者でもある加藤文元・東京工業大学教授が語る。

8年かかった査読

──公表から8年、ついに論文が受理されました。望月教授は今年1月5日付の自身のブログで、論文がなかなか掲載されない状況について、「大変不思議で不自然・不可解・不条理なこと」と記していました。
加藤 おかしな話であることは確かですよね。論文を2012年に投稿して、レフェリーから2016年に修正依頼が来た。掲載する気がなければ普通は修正依頼なんかかけないので、来るということは掲載に前向きだということです。
今回、論文が非常に長かったので、修正は小さなものまで含めると数百カ所に及びましたが、望月さんは丹念に1個1個修正していって、ほぼ1年近くかけて修正版を出した。普通だったら、そこから掲載まで何年もかかるなんていうことはない。
非常におかしな話であることは確かなので、著者である望月さんが自らそう指摘したわけです。私だって同じ立場だったら、やっぱり雑誌のエディター(編集者)に対して文句を言っていたと思います。
ただし、あの論文を正確に理解して数学界に発信していく雑誌として、PRIMSは最適です。また、これほど注目されている論文を受理したということは、PRIMSがこの論文が正しいということについて、非常に自信を持っているということです。