「モノ」より「エモさ」で売る。D2Cが教える顧客エンゲージメント

2020/8/4
 昭和型の消費文化の典型例は、大量生産・大量消費かつ「プロダクトアウト型」であり、事業者や流通側が力を持つ時代だった。しかし今では消費者側が力を持ち、購入動機やニーズも細分化される時代にある。その象徴ともいえる新しい消費文化が「D2C(Direct to Consumer)」だ。

 『脱・昭和型労働への提言』第3回は、デザイン・イノベーション・ファーム「Takram」で幅広い業種のコンサルティングに従事し、『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』の著者でもある佐々木康裕氏に、D2Cの業態や本質、顧客対応の重要性について聞く。

消費者の関心は「エモさ」にある

──昭和型のいわゆる「大量生産・大量消費」と「D2C」、双方のビジネスモデルの相違点を教えてください。
 まず、昭和型の消費文化は、「モノをつくる人」と「売り場をつくる人」の役割を分担することで発展しました。
 メーカーが作ったモノを売る場として、ショッピングセンターや百貨店、家電量販店などの大型店や、コンビニエンスストアなどの小型店が全国各地に作られ、価格はメーカーではなく流通が決める「流通主導型」の販売が行われてきたのです。
 さらに、その商品を消費者に伝えるためのコミュニケーションは、広告代理店を介して行ってきた。この強固な共存関係が、昭和型の流通構造です。
 一方で、D2Cはブランドと消費者の間に中間業者を介さず、直接メッセージを届けてモノを販売できる、画期的なパラダイムシフトです。デジタルの力によって、それが可能となりました。
──顧客とブランドがダイレクトにつながることで、消費者の体験にはどんな変化が生まれたのでしょうか。
 モノが溢れ、コモディティ化が進む現代、消費者の心を動かすのは「モノそのもの」ではなくなりつつあります。
 それより関心が向いているのは、誰がどんな思いで作っているのか、どんなこだわりがあるのかといった、「モノ」の背景やストーリーに内包される「エモさ」です。
 旧来の流通構造では、メーカーが直接消費者にメッセージを届けないため、その「エモさ」を感じにくい。「誰が」「なぜ」「どのように」作っているのかというコンテクスト(文脈)は、中間業者がいると希釈されたり上書きされたりして、ストレートに届けにくくなるからです。
 一方D2Cの場合は、自分たちが「純度100%のメッセージ」を直接届けられるため、「エモさ」を感じやすい。それが確実に、消費者側の購買体験の向上にもつながっています。
 特に、D2Cのメインターゲットとなるミレニアル世代以下の年代層は、社会問題や倫理・環境問題などに関心が高く、ダイバーシティーを重視したり、ソーシャルグッドな理念のあるブランドに共感し、消費行動をする傾向があります。デジタルネイティブでもあるので、インターネット上の購買行動にも抵抗がない。
 そうした前提からも、D2Cのビジネスモデルは相性がいいんです。

テクノロジーの進化がブレイクスルーのきっかけに

──コンテクストや「エモさ」を直接届けられるようになったのは、やはりデジタルの役割が大きいでしょうか。
 その通りです。一昔前はブランドを立ち上げる際、Webサイトを作るのにざっくり見積もっても数千万円が必要でした。
 でも今は、ツールを活用したら自分では1行もコードを書かずにWebサイトを作れますよね。ブランドを立ち上げるまでにかかる技術的工数が圧倒的に少なくなったのは、大きなブレイクスルーです。
 また、コミュニケーション面においても、TwitterやInstagram、Facebook、Podcastなど、今すぐ無料でアカウント開設できるSNSがいくつもあって、これまでより簡単かつ直接的にブランドが消費者に世界観を伝えられるようになりました。20年前は、こんな夢のようなツールはなかったですから。
──SNSでは素早く広く、多様な手法でメッセージを伝えられますね。
 そうです。言葉や映像、音声など、いろんな形式でブランドの世界観を表現できるので、思いやこだわりを多様にコンテンツ化できますし、それに共感した消費者にファンになってもらいやすい。それが顧客エンゲージメントにつながって、ブランドの商品購入にもつながります。
 人間関係も、人の発言や行動などに共感して信頼関係を築いていくと、その人がオススメする本は読みたいし、映画は見たくなりますよね。
 同じように、ブランドにも消費者にファンになってもらい信頼関係を築けるチャンスが、昔よりもはるかに増えたのです。
── 一方で、それだけのコミュニケーションツールを駆使して「世界観」や「エモさ」を発信していくためには、ブランド側にも新たな職種やスキルが必要とされそうです。
 今までのブランディングは広告のビジュアルを作り込めばよかったかもしれませんが、それだけではD2Cでは世界観を伝えられませんし、消費者の体験も作れません。
 ブランドの世界観を伝え、ユーザーに共感してもらうためにも、コンテンツを作り続ける必要がある。つまり「自分たちはメディア企業である」という認識を持たなければなりません。メーカーでもあるけれど、コンテンツを作り続けることも主要業務であると定義するのが重要です。
 また、発信する「場」は爆発的に増えているので、あらゆるメディアやプラットフォームに適応するベンチャースピリットを持ったクリエイターや編集者がいることも理想だと思います。

昭和型ビジネスは、企業と顧客の成功がずれていた

──ユーザーとのコミュニケーションをデジタル上で行う場合、心情的な距離感を縮めるのは大変そうです。
 デジタル上であっても、コミュニケーションの仕方で十分な特別感は出せます。
 たとえば、シリコンバレーでヒットし日本にも上陸した「オールバーズ」というシューズブランドは、購入から365日目に「ファーストアニバーサリー」のメッセージが届くんです。あなたとオールバーズが出会って1年記念日です、と。
 それを送ること自体、システム的には簡単なことですが、同じようなことをしているブランドは少ないですよね。メッセージを見て昨年買った靴やお店、店員さんのことを思い出し、新商品も紹介されていたら、つい興味を引かれます。
 一方、個別サービスもさまざまで、最近増えているのはオンラインでチャットをする「オンライン接客」です。キッチン用品を販売しているD2Cの会社は、購買後の顧客と一緒にチャット上で献立を考えてくれたりするんです。
 テクノロジーの進化によって、店頭で常連さんに対して行っていた特別な体験は自動化され、個別の良い体験が顧客数の上限なく提供できるようになりました。
──モノからコトへ、コト付きのモノへ。買って終わりではなく、そのあとの体験を一緒に作っていくことが大事ですね。
 そもそも昭和型のビジネスは、顧客と企業の「成功」の概念がずれていたんです。
 企業の成功は「売ること」だったので、量販店に商品を卸した後は、誰が買ってくれたかはわかりませんでした。でも、顧客は「買ってから」がスタートです。
 つまり、買った後の顧客の周りにも、巨大な市場が広がっているんです。
 その点、直接販売するD2Cは、販売後に「顧客の成功(カスタマーサクセス)」に向かって伴走できます。
 たとえば、ランニングシューズを買った人がランニングの初心者だったら、ブランド側は「初心者でも続けられる15分のメニュー」や、ランニング中に聞ける音楽を提供できます。
 そうして販売後も顧客の体験を一緒に作り、情報をデータとして蓄積していけば、その靴を履いてどれくらいたったか、何キロ走ったかなどがわかる。すると「そろそろ買い替え時ですよ」といったアドバイスができるようになり、次の購買のきっかけを作ることができる。
 ひとつのプロダクトに対して、さまざまなサービスを組み合わせながら関係を築けるのが、D2Cの面白さです。

経営と直結するカスタマーサポート

──消費者と近い距離で関係性を築くからこそ、クレーム対応やオペレーションの柔軟性など「裏側」での努力も重要になりますね。
 さきほど申し上げた通り、「顧客の成功(カスタマーサクセス)」で大切なのは、購買後のコミュニケーションやケアです。
 したがって、店舗やコールセンター、カスタマーサポートでの、顧客とのやりとりやアフターケアに重きを置くのは必須です。
 D2Cはデジタルでの接点がとても多いから、カスタマーサポートでの直接的な体験の良し悪しが、ブランドイメージに直結する。だからこそ重要な役割を担っているのです。
 昭和型の流通構造では、コールセンターを外部に委託し、KPIを顧客対応数の削減や対応時間の短縮などに置きがちだったと思います。でも、対応時間を短縮したいのは企業側の都合であって、「顧客の成功(カスタマーサクセス)」のためには、真摯に話を聞いて対応する必要があります。
 そして拾い上げた意見を分析し、その後の顧客対応や商品開発のフィードバックに生かかせば、より良い商品・サービスの提供にも反映される。さらに、そのサイクルを重ねることが、ブランドとしての成長や顧客満足度の向上にもつながります。
 実際、ある数百人規模のD2C企業では、経営者の隣にカスタマーサポートチームを置き、顧客の声を経営陣に即座に届けて改善や商品開発につなげる体制を取っています。しかも、毎週何百も届く顧客の声のうち、主要なものは経営陣もすべて目を通し、毎週議論を重ねているとのこと。
 D2Cにとってカスタマーサポートは、経営と直結した重要なポジションなのです。

“売上高”ではなく、長期的な“LTV”を新たな指標に

──昨今、大企業の既存ブランドがD2Cにシフトする動きが加速し始めています。その際に注意すべきことや、ハードルになることは何でしょうか。
 D2Cは中間事業者がいない「売り方の変化」だと勘違いされているケースが多いのですが、それは違います。顧客と企業の関係性の「質的変化」なので、単に直営店を増やせばいい、SNS マーケティングをやればいいというだけの話ではありません。
 自分たちの世界観に共感してもらってファンになってもらい、購入してもらうための販売方法を考え、さらに売った後のコミュニケーションやアフターサポートのやり方を含めてD2C化していく必要があります。
 そしてコールセンターやカスタマーサポートを組織の重要ポジションに置き、さらに業績評価の仕組みも「売上高」から長期的な視点で「LTV(ライフタイムバリュー)」を伸ばしていく考え方にシフトする必要がある。相当な覚悟がないとできないと思います。
 とはいえ、大企業が経営戦略にD2C化を掲げてチャレンジし始めているのは、すごく面白い現象だと思うし、D2Cに適した商材はあると思います。
──たとえばどのような商材でしょう?
 カメラ市場は、D2Cに向いていると思いますね。
 単にカメラを売るだけじゃなく、写真の撮り方講座やレンズのレンタル、フォトグラファーの派遣など、顧客の「いい写真を撮りたい」という成功に対して、カメラメーカーができることはたくさんあるでしょう。
 ただ、D2Cの現場は本当に大変なんですよ。
──具体的に言うと?
 まず、顧客体験はSNSで気軽にシェアされるから、常に細かく目配りをしていますよね。さらに、カスタマーサポートはもちろん、SNS上ではテキストや音声、ライブ配信など、さまざまな方法で顧客と接点を持つため、とにかく現場の数も、顧客の声も、データも多い。
 それらを処理する裏側の仕組みが複雑化していくと、すべてを集約するのも大変ですし、すべての業務に精通した司令塔となる人を置くことも難しい。
 そうしたときに、業務フローの知識が集約されたAIやチャットボットなどの社内向けツールは重宝されるのではないでしょうか。そこに社内各所からの問い合わせを一元化すれば業務のスピードも質も上がるはずですし、社内ヘルプデスクに応用すれば、尋ねる側と答える側、どちらの業務効率も向上します。
 新しいブランドのあり方として生まれたD2Cは、昭和型ビジネスを脱却した、顧客とブランドの新しい関係性です。それを高いレベルで実現させるためには、裏側の優れた業務システムの存在は重要になると思いますよ。
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世界観やコンテキストに共感して、購買する。D2Cのビジネスモデルはまさに昭和の消費行動の逆をいき、VUCA時代に適したユーザー主体型の体験を提供する。だからこそ、佐々木氏が例に挙げたように、カスタマーサポートが経営方針にダイレクトにつながる発想は自然であり、それは今やD2C企業に限らずすべての企業が向き合うべき課題にもなっている。
これらを解決する手段として、さらには事業を「裏側」から支える仕組みとしても、デジタルツールの力が必要とされている。
(取材、編集:川口あい、構成:田村朋美、写真:鈴木大喜、デザイン:板庇浩治)