生産年齢人口「1750万人減」の日本を救う“10”の処方箋

2020/6/18
──人口減少が日本の経済に与える影響について、どんな未来を想定していますか?
 2015年の国勢調査において約1億2710万人を数えた日本の総人口は、今後30年ほどで1億人を下回り、100年も経たずして5000万人ほどに縮小すると政府は予測しています。
 こんなに急激に人口が減るのは、世界史において例がありません。
 人口が減るということは、働き手世代も減るということです。日本の生産年齢人口(15〜64歳)は2015年から2040年までの25年間で1750万人ほど減ると推計されています。
 当然、成り立たなくなる産業や業種も出てくるでしょう。後継者不足で消滅していく企業や技術も続出するはずです。
──働く人は消費者でもありますから、人口が減ると国内市場そのものが落ち込んでいきますね。
 日本が貿易大国だと思い込んでいる人が多いのですが、実際は内需依存型の島国です。人口減少に伴い国内市場が縮小すると、当然ながら売上高は落ちます。
 すると、利益も減って設備投資に二の足を踏む……といった悪循環に陥っていくことでしょう。
 これまでのような、多くの労働量を必要とする「大量生産・大量消費」型のビジネスモデルは継続できなくなるわけです。
 働き手の世代が減るので、2030年には全国の80%にあたる38道府県で域内の供給力では需要をまかないきれなくなり、生産力不足に陥ると予測されています。
 拙著『未来の年表』で紹介した「人口減少カレンダー」でも警鐘を鳴らしましたが、住民の暮らしに不可欠なインフラも維持できなくなってきます。
 身近なところでは、電車や飛行機も運転手やパイロットが足りなくなり、ダイヤが削減されて会議に遅刻するような事例も出てくるかもしれません。
出典:『未来の年表』(講談社)より抜粋
──笑えない話ですね……。
 ただ日本より人口規模が小さくとも、経済成長している国はあります。人口が減るからといって、豊かな暮らしができなくなるとは限りません。
 マーケットが縮んでいくのだから、社会の仕組みやビジネスモデルを変え「戦略的に縮む」必要があります。
 いつまでも過去の成功体験にしがみつくのではなく、人口が少なくなっても混乱に陥らないように、一人一人が準備を始めるべきなのです。
──例えば、人手不足への対策の一つとしてAI開発で打開できるという見方もありますが、河合さんの著書『未来の年表』ではIT技術者が不足することも懸念されていますね。
 IT人材の動向を調べてみると、2019年をピークとして就職者が退職者を下回る状況が続くという推計が出ています。
 2030年にはIT産業で約45万人の人材が不足するとみられている。
 AIの開発や実用化のスピードにも影響が出るはずで、私は労働力不足の解決策として過度にAIを当て込むと、期待はずれに終わる危険性があると考えています。
──「戦略的に縮む」ために、具体的に企業はどんな方針転換を想定するべきですか?
 分かりやすいのは、「過剰サービス」を見直すことですね。例えばコンビニの24時間営業をやめる動きも出てきていますが、ネット通販の過度な利用を控えるとか、宅配サービスでは「置き配」を基本とするなど、みんなが少しずつ工夫するだけで、人手不足が大きく改善するかもしれません。
 つまりは不要不急のサービスを見直し、自分でできることは自分でやることです。働き手が減るのですから、社会全体で不便さを楽しむくらいの余裕が欲しいですね。
──そこは消費者も意識改革しなければなりませんね。
 日本の消費者は安価で、きめ細やかなサービスを受けることに慣れていますが、それが誰かの必要以上の頑張りや、我慢の上に成り立っていることに、想像力を働かせることも大切です。
 一方、生産年齢人口が減る中で経済を成長させていくには、これまで以上に生産性を向上させなければなりません。
 そのためには、ヨーロッパ諸国のように少人数で上質な製品を造る「少量生産・少量販売」のビジネスモデルに変えていくしかありません。
 総売上高は少なくても、社員一人当たりの利益をアップできれば、個々の所得を増やすことは不可能ではありません。
出典:『未来の年表』(講談社)より抜粋
 例えばイタリアは、小さな村にも独自のデザイン力や技術力で世界の圧倒的なシェアを占める商品や製品があります。
 人件費の安い発展途上国の追随を許さない、付加価値の高い製品で勝負しているのですね。
 日本も、働き手が減り、マーケットも縮むのですから、大量生産で薄利多売を実現することはできなくなります。
 それよりも、玄人を唸らせるようなこだわりの逸品を生産する方向に重点を移していきたいところです。
──「量」から「質」へ転換するべきだと。
 そうですね。これまでの日本の製品は大量生産・大量消費ゆえに、消費者が手に取りやすい価格に抑えることが優先されてきました。
  製造者は均質な商品を安く作る技術に美学を持ち、消費者も作り手が提供するものを「良いもの」として受け入れてきました。
 しかしながら、今後は「本当にそれでいいのか?」「どうすれば自分の技術をもっと高く売っていけるのか?」と、知恵を絞らなくてはなりません。
──これからの働き手にはどんなスキルが求められると思いますか?
 これまでは、同質的な国内マーケットをターゲットにしてきたので、上司から与えられた業務を効率的にカタチにする人が評価されてきました。
 しかし、これから少子高齢化が進むことで、変化する社会の新しいニーズを掘り起こし、それに応え得る独自性のある製品やサービスを生み出すことが求められます。
 年上世代の成功モデルは、もう自分たちに当てはまらないことを覚悟しなければいけません。今後は、未来の変化を読む力がより求められるでしょう。
──ここまで、人口減少社会でどのような事態が予測されるのかお聞きしました。これから、企業や働き手が生産性を上げていくためには、どのような働き方が求められるでしょうか?
 これまで、日本人は家族のように社員同士の調和を重んじてきました。それはそれで良い文化でもありますが、無駄を生みやすく、生産性が低くなってしまう傾向があったんですよね。
 例えば、他国から無駄な会議が多いと指摘されているように、生産性を上げるためではなく、調和を優先するために時間を割くことがやたらと長くなっています。
 その点において、私はコロナ禍の影響でテレワークを導入する企業が増えたことは良い変化への契機になると期待しています。
 テレワークの最大のメリットは、個々の業務命令に対しての仕上がり状況が明確になることです。全員が顔を合わせて働いたり、物事を決めたりする働き方も否定はしませんが、責任の所在が不明確になりがちでしたから。
 しかし、掛け声だけではテレワークは進みません。
 企業は社員が生産性を向上させられるよう、通信環境の整備やパソコンにトラブルが起きた際のサポートなど、バックアップ体制をしっかり講じることが必要です。
 そして何より、会社に集まって仕事をする時よりも個々のパソコンのセキュリティ面や機能面などを充実させていくことが重要です。こうした投資をおろそかにしてはなりません。
──在宅勤務の場合、通勤時間が削減されることのメリットも大きいですよね。
 日本人の通勤時間は、世界でも突出して長いと言われています。働き手が減少してしまう時代において、通勤電車の中に大切な人材を長時間拘束してしまうのはあまりにももったいない。
 内閣府の報告書によると、通勤による年間の社会的損出は東京で一人あたり約66万円。通勤がなければその時間を仕事や消費、あるいは複業に費やせますので、経済全体に好循環をもたらしますよね。
 そして、テレワークで働く社員を増やすことは、じつは企業側にメリットが大きいのです。オフィスの面積が縮小することで、家賃や光熱費など固定費を削減できるのは分かりやすい例ですよね。
 それに、利益に直結するというデータもあります。
 「情報通信白書」がテレワークを導入している企業と、していない企業の業績を比べる調査を行っていますが、直近3年間で経常利益が増加傾向にあった企業は導入企業が36.7%で、未導入企業の22.3%を上回っています。
──場所や時間に縛られずに効率良く働くことで、技術革新のアイデアも生まれやすくなると思いますか?
 仕事に拘束される時間を短くしながら成果を上げるのが当たり前になっていけば、個々人に余暇ができます。
 例えば仕事と通勤に使っていた10時間が7時間で済むようになれば、生み出された3時間を自己投資や趣味に費やすことができます。
 そこで得た経験や知識、人脈から新たな発想やアイデアが生まれる可能性は大きいですね。企業側にはテレワークを推し進めるための設備投資や、学ぶ意欲のある社員への金銭的支援、さらには時短勤務の仕組みづくりに取り組む姿勢が求められます。
 逆に言うなら、余暇を生み出す働き方への転換に乗り遅れた企業は、人口減少下では苦境に立たされるということです。
 人間は年齢を重ねるとどんどん保守的になるため、少子高齢化で若い働き手が減ってくるとイノベーションが起きにくくなります。
 日本企業がもう一度世界をリードするためには、若くて優秀な人材に、一見すると無駄研究に打ち込んだり、海外留学をさせたりして、どんどん遊ばせる環境を作らなければなりません。
 そのためにも、無駄な業務を廃止して組織の余力を生み出すと同時に、個々のビジネスパーソンが余暇を充実できる働き方へとシフトすべきだと思います。
(編集:海達亮弥 執筆:浅原聡 撮影:玉村敬太 デザイン:月森恭助)