【大室正志】ストレス求め「サードプレイス」に行く人々

2020/6/1
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はたらき方の価値観が変化するとともに、「家」でも「職場」でもない第三の場所こと「サードプレイス」の在り方が変わってきている。
社会の役割から解放される「心休まる場所」としての機能から、自ら「役割」を求めにいく場所へ──約30社の産業医業務に携わる大室正志氏が、旧来型からアップデートされた「サードプレイス2.0」について語る。

サードプレイスの役割が変化しつつある

──「サードプレイス」という言葉が日本で知られるようになって20年以上たちます。その役割について、変化を感じることはありますか?
「サードプレイス」という概念は、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグの『The Great Good Place』(1989年)で初めて唱えられました。
日本では1996年に上陸した「スターバックスコーヒー」が「サードプレイス」を店舗のコンセプトにしていることで、広く知られるようになりましたよね。
当時のサードプレイスは家庭人や職業人といった社会の「役割期待」から解き放たれ、リラックスできる場としての側面が強かった。
旧来型のサードプレイスは「家庭」でも「職場」でもない、オルタナティブな場所として人々に求められてきました。
これを仮に「サードプレイス1.0」とすると、ここ5年くらいで「サードプレイス2.0」がトレンドになってきているように感じます。
──「サードプレイス2.0」とは?
読書会やオンラインサロンなどが分かりやすい例ですが、役割期待から解放される場所ではなく、あえて自分から役割を求めにいく場所が「サードプレイス2.0」。
みずから運営に回ったり、勉強会を立ち上げたり、進んで「仕事」を取りにいっている人が多い印象です。
──なぜサードプレイスに役割期待を求めにいくようになったのでしょう?
仕事における役割が、これまでのように分かりやすく固定化されなくなってきたからでしょうね。
はたらき方が変わったことで、会社員といえども上司と部下の関係も多様化していますし、プロジェクトによって振る舞いも変わる。
あるプロジェクトではメンバーをまとめる立場でも、また別のあるプロジェクトではサポートする立場に回るなど、誰と組むかによってポジションを変える必要があります。
こうした「プロジェクト型」のはたらき方では、立場が流動化して、自分の社会的な役割や存在が不明瞭になってくる。
結果、自分のアイデンティティが揺らぎがちになって、それを解消するために、あえてサードプレイスに役割期待を求めるようになったのではないかと思います。
──とはいえ、面倒でおっくうなことを、みずから求めにいく心理は不思議です。
例えば、今はサウナが流行していますけど、サウナだって見方によっては罰ゲームや苦行のようなものでしょう。
あんなに暑い部屋の中に身を置いて、苦しんで汗だくになって(笑)。
でもあれは、つらくなればパッと出ることができて、水風呂に入れるから楽しいんですよ。
つまり、どんなにつらい状況でも、いつでも逃げられる状態であれば、それはレジャーになる。
フィットネスやキャンプもそうじゃないですか。
昔なら重い物を持つことや、火をおこすこと自体が仕事だったけれど、技術が発達して重い物を持たなくてもよくなり、アウトドアでもコンロで簡単に料理ができるようになった結果、自分からダンベルを持ち始める人や、キャンプで火をおこす人が出てきた。
あえて不便さを求め、レジャーとして楽しむようになったんです。
サードプレイスも、仕事と違っていつでもやめられる環境だからこそ、レジャー感覚で気軽に「面倒さ」を取りにいける。
つまり、昨今のサードプレイスは「サウナ化」しているといえますね。

「自分で決めるストレス」が増えた

──「サードプレイス2.0」が生まれたのは、仕事上の「分かりやすい身分」がなくなった影響もあると?
そうだと思います。
仕事において、「こうあるべき」という思考から解放され、選択の自由度が増したのは良いことです。
その一方で、「自ら選び取らなくてはならないストレス」も生まれました。
女性でいうなら、はたらくことも結婚も出産も自分で選択できる。それはアイデンティティの持ち方を自分で選ばなくてはいけないことともいえるわけです。
江戸時代の職業は世襲が原則でした。これは窮屈な生き方に見えますが、「自分は何者か」なんて悩む時間は少なかったと思うんです。
昔は「誰かに決められるストレス」がありましたが、今は「自ら決めるストレス」が生まれている。
──「決めるストレス」が増え出したのはいつごろからでしょうか。
恐らく外資系、特にGE(ゼネラル・エレクトリック)の「目標管理システム」が日本で普及した15年ほど前からでしょうね。
終身雇用が守られていた20年前までは、ある程度会社のルールの中で昇進の仕組みがありました。
その仕組みには「上司にかわいがられると、こういう仕事を任される」といった傾向と対策があった。
今は決められたレールがなくなったことで、「あなたは何を目標にするか」を問われるようになりました。
──自ら目標を決めて、自分自身を評価されるつらさもありそうです。
1on1の面談で「あなたは何をしたいですか?」と上司に聞かれても、やりたいことが明確にある人なんて、そうそういないんですよ。だから「本当にやりたいことは何だろう」と悩んでしまう。
会社や他人が決める軸の評価から、自分をさらけ出し、本質を評価されるようになってしまった。
自分を評価される緊張から逃げたい欲と、評価されたい欲がない交ぜになっているのが今どきのビジネスパーソンの考え方だと思います。
──評価に対するそのねじれた感覚は、SNSの発達も要因になっているのでしょうか。
評価はされたいけど、矢面には立ちたくない。ネット上で、匿名で目立ちたがる人が分かりやすい例ですが、承認は受けたいけどリスクは取りたくない。いいとこ取りをしたいのだと思います。

人生は「分散投資」

──そんな時代の中、今後「サードプレイス2.0」にどのような効果を期待しますか?
考え方のストレッチができることですね。
人が初めて出合うサードプレイスの一つは「学習塾」だと思います。
それぞれ学区が違う小学生が通うから、学校とは違う学習塾でのコミュニティが生まれる。学校ではガキ大将が威張っていても、学習塾では勉強できる子が人気だったりしますよね。
このように、場所が変われば評価基準が変わることを知ると、視野を広く持てます。半径5メートルの評価基準が社会の考え方とは限らないと分かる。
「サードプレイス2.0」にも、学校と学習塾のように価値観を相対化できる効果があると思います。
──そうなると「サードプレイス2.0」での評価を重視しすぎる人も出てくるのでは?
そういうこともあるでしょうね。僕の座右の銘は「人はちょうどいいところで止まれない」ですから、そうなる状況は分かります(笑)。
会社に自分の役割がなくて、承認されず満たされない思いがあった人が、「サードプレイス2.0」では分かりやすく承認を得られるから、心地よくなってしまって、ここにずっといたいと考えることはあると思います。
とはいえ、それが悪いこととは一概には言えません。時間の使い方とアイデンティティの軸って必ずしも一緒ではないと思うんですよ。
『釣りバカ日誌』のハマちゃんは、ビジネスパーソンとしての自分より、週に2回釣りを楽しんでいる自分の方がアイデンティティの軸だと感じている。
それがあまりにも依存的というわけでなく、周りにも迷惑を掛けないなら、いいのではないですかね。
──自分の軸となる部分を自分で選んでいく時代になる、と。
サードプレイスはおろか、「仕事」と「家庭」ですら、今の時代、単純に分類できないんです。ポートフォリオのように、自分で複雑な内訳を決めていく必要がある。
「金融」も「時間」も「人脈」も「キャリア」も、全てが規制緩和されました。
一人ひとりが自分の取れるリスクを心地よい形に分散投資して、個人のポートフォリオを作っていく。「サードプレイス」もその一つとして、絶えず変化していくのではないでしょうか。

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(構成:栗本千尋 写真:高澤梨緒 編集:川口あい デザイン:田中貴美恵 バナー画像:Orbon Alija/iStock)