【プロ野球】縮む選手寿命は、即戦力でも3年。背景と必要な力

2020/5/7
アスリートにとって引退後は大きな問題だ。例えばプロ野球においては、人生の大半を野球に捧げてきたことで、社会生活を送る上で必要な能力を身に付けることができず、進路にすら迷う選手がいる。また、選手たちの意識にも変化が出始めている。引退後、「経営者」を目指すものが急増しているのだ(前回コラム参照)。こうした状況から、必要なこととはなんだろうか?

「即戦力」の称号が持つ負の側面

プロ野球には毎年、「即戦力」と言われる新人選手が数多く入団してくる。とりわけ大卒や社会人出身の投手の場合、1年目から活躍を期待される者が大半だ。
新型コロナウイルスの感染拡大で開幕日が決まらない今季の場合、広島で開幕ローテーション入りすると予想される森下暢仁や、ソフトバンクのブルペン陣に食い込むと見られる津森宥紀らがいる。加えて高卒の奥川恭伸(ヤクルト)や佐々木朗希(ロッテ)に、1年目から先発ローテーション入りを求める声もあるほどだ。
しかし「即戦力」と目された投手たちは、必ずしも順調なキャリアを歩んでいるわけではない。高い期待を背負ってプロ入りしながら、伸び悩むケースがあまりにも多くある。
「結構な、かなりなプレッシャーではありますね」
斎藤佑樹(日本ハム)世代が注目を集めた2010年のドラフト会議で最多の6球団から1位指名された大石達也(元西武)は、「即戦力」と言われた重圧をそう振り返る。
大石は故障にも悩まされて入団時の評価に見合った成績を残せず、昨年限りで9年間の現役生活に終止符を打った。
才能豊かなルーキーに1年目から期待したくなるのは理解できる反面、「即戦力」としての起用はリスクも大きい。
アマチュア時代に育んだ能力をプロで短期的に発揮することはできても、ペナントレースという長丁場を戦い抜く土台を十分につくれなかったあまり、活躍が一時的になってしまう選手が少なくないのだ。
最悪の場合、故障に至る。
例えば 2018年に24試合に登板して11勝5敗で新人王に輝いた左腕投手の東克樹(DeNA)は昨年、左肘の状態が芳しくない中で7試合の登板に終わると、今年2月にはトミー・ジョン手術(肘の側副靱帯再建術)を受けることが発表された。

「1年目・1軍デビュー」の代償

「ベイスターズを見ていると、ケガが多いかなと思います」
昨年までDeNAに所属し、ドラフト2位の「即戦力」と謳われながらわずか3年で現役引退した水野滉也はそう話した。 「毎回、僕が先頭を切って手術しているんですけど」と冗談めかすほど、水野のプロ野球人生は故障に悩まされ続けていた。
「1年目に戻れるとしたら、もっと投球フォームからしっかり固めてケガをしない投げ方を見つめ直したいですね。焦らないほうが良かったというのはあります。ドラフト2位で入った瞬間からケガをしてしまったので。『早く、早く』と勝手に思っていました」
右の横手投げで最速147km/h、大学日本代表の一員だった水野は、プロでたった1度しか1軍のマウンドに立てなかった。
車が狂い始めたのは、入団1年目の春季キャンプ前、合同自主トレ中に右肩に違和感を覚えた瞬間だ
「ベイスターズは僕を先発と考えてくださって、僕自身も即戦力だろうなと感じていました。プロに入って周りはすごい人ばかりで、意識しすぎた部分もあります。そこで右肩の違和感で出遅れてしまったので、焦る部分は結構ありましたね」
水野滉也(みずの・こうや)。1994年6月1日生まれ。北海道出身。東海大学北海道キャンパスから2016年横浜DeNAベイスターズにドラフト2位で入団。2019年に現役引退。今年、株式会社BOUKENを設立。
大学4年の最初、野球人生で初めて右肩を痛めた。
それでも試合で投げる分には問題なく、春のリーグ戦で急成長を見せる。それまで140km/h出るか、出ないかという速球が147km/hまでアップし、大学日本代表入り、そしてプロへの扉が開けた。
しかし先述の春季キャンプ前に右肩を痛め、水野のキャリアは悪転する。焦りが原因だったかはわからないというが、本来の投球フォームが狂い始めた。
「当時の動画を見返すと、『肩に来そうだな』という投げ方でした。でもプロ入りした当初からずっとその投げ方だったので、外部からの指摘もあまりなかった。1年目と2年目ではピッチングコーチが違うんですけど、2年目からずっと動画で撮影するようになり、そこでやっと気づけました」
とりわけ投手は利き腕の肘や肩にかかる負担が大きく、“故障しにくい投げ方”を身に着けることが不可欠だ。
疲労や焦りは投球フォームの乱れにつながりやすく、経験の浅いうちは、“自分にとって合理的な投げ方”をじっくり固める必要がある。そうせずに実戦で投げすぎると、体が悲鳴を上げてしまうのだ。
しかし、DeNAにはそうしたビジョンが欠けていた。
水野は3月の2軍戦で初登板すると、3試合続けて好投する。登板回数は2、4、8イニングと投げるごとに伸びていった。
「正直、あまり肩の状態は良くなかったんです。でも、試合の内容としては抑えてしまった。そこで1軍のコーチ、監督が判断して1軍に上げていただいきました。すごくうれしかったけど、1試合目から3試合目になると球速はだいぶ落ちていましたね」
当時を振り返り、水野には「あのとき1軍に行かなければ……」という気持ちもあるという。しかし、2軍の選手が1軍の首脳陣に「ノー」と言うのは容易ではない。ましてや、1軍に初めて上がるチャンスだ。
東海大学北海道キャンパス時代から注目されていた右腕・水野。
2017年5月3日、東京ドームでの巨人戦。水野はプロ入り初登板を初先発で迎えた。DeNAの担当記者によると、華やかなデビューの裏には、先発ローテーションの谷間というチーム事情があった。
4回3分の2を投げて3失点。負け投手になったが、悪くない結果だった。
しかし翌日2軍降格すると、その後、1軍で投げることは2度となかった。
6月以降は全力で投げると2、3日後には右肩が痛み、連投できない状態が続いた。手術も頭をよぎったが、メスを入れると長期離脱の可能性が高くなる。
球団には「焦ってほしくない」と言われ、2年目から育成契約に切り替わった。迎えた春季キャンプでは痛まない投げ方を探ったものの、毎朝目覚めるたび患部に激痛が走る。
「すごく憂鬱でした。最後なんて5メートルくらいのキャッチボールさえできなくなってしまったので。そのときに『僕はダメだ』とあきらめて、トレーナーと相談して『無理です』という話をしました」
2018年2月に手術を受け、リハビリ生活が始まった。しかし、水野が晴れ舞台に戻ることはなかった。
わずか3年のプロ野球人生。
水野は1年目の故障を悔やむ一方、「即戦力」と扱われたのは当然だと受け止めている。
「やっぱり1年目はチャンスを与えてもらえる時期なんですよ。周りを見ていても、チャンスは年々減っているなと思います。ドラフト1、2位だとしても、2〜3年で結果を出せずにいたら(年齢が)下の選手をどんどん使います。
ドラフト1位で入った高校生も即戦力だと思いますね。それが2、3位とかになれば、数年かけて育てていこうと思うじゃないですか。僕は大卒でプロに入ったからこそ、年齢の問題もある。大学生より社会人のほうが、指名順位が上がれば即戦力だと思います。そこは絶対あるものだと思いますね」

見切りが早くなる日本、必要な力

では第二の水野を生まないために、必要なこととはなんのか。
日本では首脳陣もメディアも新人に対して「即戦力」と期待し、選手自身もなるべく早く1軍でプレーしたいと考える傾向がある。
一方、アメリカのメジャーリーグに「即戦力」という考え方は存在しない。
基本的には25歳前後で大きく羽ばたくことを見据え、ルーキーたちは一定の年数をかけながら、それぞれのチームが持つビジョンの下で育てられていく。そのほうが、スケールの大きな選手に化ける可能性が高くなるからだ。
もちろん日米の環境は異なり、すべてアメリカ流をマネればいいわけではない。しかし日本のプロ野球は人材への「投資」という観点が足りず、まだ未熟な1年目から「即戦力」として使いすぎ、金の卵を壊すケースが多くある。
そうしたプロ野球の育成力の未熟さや、ビジョン無き起用法を嘆くアマチュア指導者は少なくない。
然るべき準備期間を与えていれば、もっと大きく羽ばたける選手が多くいるのではないだろうか。
「最近は見切りを早くつける球団が増えてきたと思います。その分、長くやる選手も増えてきたという印象がありますね」
そう話したのは、日本プロ野球選手会の事務局長を務める森忠仁だ。
2019年限りで戦力外となった選手の平均在籍年数は8.2年。森によると、引退時の年齢は、支配下で入団した選手は29.5歳、育成枠で入団した選手は22.8歳だ。
特にDeNAは、見切りを早くつける傾向がある。
水野に加え、2011年ドラフト1位の北方悠誠(現ドジャース)、2016年ドラフト3位の松尾大河(現・琉球ブルーオーシャンズ)は甲子園で活躍してから高卒で入団し、3年で戦力外となった。また、仙台育英時代に甲子園準優勝投手となり、2015年にオリックスから6位指名された佐藤世那(現・横浜球友クラブ)も3年でクビになっている。
当事者たちが最も感じているだろうが、日本球界の育成環境には改善の余地が大きい。
現役引退後に大学院で様々な理論を学び、指導現場に立っている吉井理人(ロッテ)のようなコーチはほんの一握りだ。自分の経験則を過信し、不勉強な指導者が少なくない。
残念ながら、それが日本球界の実情だ。ルーキーに対して無責任に「即戦力」と煽る、メディアがもたらす悪影響も大きい。
選手たちにとって、自身を成長させ、同時に守れるのは自分しかいない。そのために不可欠となるのが、傾聴力と聞き流す力だ。
希望とは裏腹に実際の進路で野球以外のキャリアを歩む選手は少ない。
某球団の主力として活躍する投手は、アマチュア時代から両者を兼ね備えていた。
所属チームの指導が自分に合わないと感じ、外部トレーナーに練習メニューを頼んでいたという。日本球界の現状を鑑みると、プロテニスの世界のように、「選手がコーチを選ぶ」というくらいの主体性が重要だ。
では、どうすればそうした能力を養うことができるか。一つの糸口が、デュアルキャリアの推奨である。(敬称略/次回に続く)
(執筆:中島大輔、写真:中島大輔、高校野球ドットコム、デザイン:松嶋こよみ/グラフは全てプロ野球選手会資料より編集部作成)