成長を続けるプロ野球、リーグと球団の特異な関係

2020/5/12
スポーツがない中で1ヶ月以上が経った。その経済的打撃は計り知れない。たとえ試合が再開されたとしても「withコロナ」の視点が欠かせなくなる。
では、現在の日本スポーツ界はそれに対応できるのか。持続可能なビジネスモデルを作り上げることができるのか──。
その牽引役となるべきは、2019年には約2000億円前後(推定)の収益規模を誇るプロ野球だ(次点がJリーグの1257億円)。プロ野球のビジネスモデルはかなり特殊だ。「withコロナ」を見据えつつ、その仕組みを紐解く。
「我々は、どうしてもプロ野球やJリーグの決定を見て決断をしなければならない」
そう漏らしたのはあるプロリーグの幹部だ。
シーズンの延期や中止、無観客試合といったスポーツ界全体を巻き込む決断には、大きなリーグの後追いをせざるを得ない──。
社会の中のスポーツ、そのインパクトを考えたときの現実である。
果たして率先垂範すべきそのプロ野球界はどうだろうか? モデルたり得る対応と戦略をとれているのだろうか。

プロ野球におけるリーダーは誰か

プロ野球は、いつ開幕するのか?
今年中に、プロ野球選手のプレーを目にする日を迎えられるのか?
3月20日の開幕予定が順次延期され、ゴールデンウイーク明けの現在も開幕の見通しは希望的観測の域を出ない。
「6月19日開幕」が指摘されるのは、野球協約にある「主催試合60試合」(第159条「ホーム・ゲームの最低数」)の縛りがあるからだ。しかし、実現のためにはさまざまな「決定」が必要になる。
例えば、無観客試合での開幕が検討されているとされるが、そもそも12球団の足並みはそろうのか。
選手やチームスタッフが各地を移動する際に、ウイルス感染のリスクをどう軽減するのか。
万が一、感染者が出た場合にどういう対応が必要か……。
事前に想定すべき課題は多く、このかつてない状況の中で、日本野球機構(以下NPB)には、難しい舵取りが求められるだろう。
ここで一つの問題に突き当たる。
いったい誰が、そのNPBの舵を握っているのか?
真っ先に上がるのは、コミッショナーの名前だろう。
実際、斎藤惇コミッショナーは4月7日に、組織を代表して「日本野球機構からプロ野球にかかわる皆さまへ」と題したメッセージを発表している。
コミッショナーがNPBのリーダーであることに間違いはない。しかし、NPBのコミッショナー職の実像は、我々が思い描くようなリーダー像とは少し異なっている。
少なくとも、リーグの方向性を自ら決定し、12球団に提案、リードしていくような存在ではない。
というのも、そもそもNPBのコミッショナー職は、強烈なリーダーシップを発揮できる権限を有していないからだ。

プロ野球の特殊なビジネススタイル

プロ野球は、自他ともに認める日本におけるプロスポーツリーグのトップランナーである。野球人口の減少など多くの課題はあれど、それでも間違いなく野球は日本の国民的スポーツであり、それを支えているのがプロ野球の人気だろう。
事実、日本で最も歴史があるプロスポーツリーグであり、推定ながらその事業規模は2000億円前後とされ、その額は年々増加している。躍進を続けるJリーグは1257億円(J1〜3合計/2019シーズン)だ。
だからこそ、冒頭でも触れたように、他競技のプロリーグもプロ野球の動向を気にかけている。
では、そんな日本プロスポーツのトップランナーであるプロ野球が、新型コロナウイルスを経験した以降も、他競技プロリーグの成功のモデルケースとなりえるかといえば……その判断は簡単には下せない。
それはNPBが、かなり特徴的であり複雑な構造をした組織だからである。リーグが一定の権限を持つJリーグやBリーグとは組織構造がそもそも違うのだ。
一例として、手始めにNPBや各球団の財源ついて記してみる。
表1は、プロ野球の大まかな年間興行スケジュールと、その主催者をまとめたものである。12球団がいかに各々の財源を確保しているか、NPBという組織全体の財源がいかに乏しいか、一目瞭然だろう。
侍ジャパンの場合、プレミア12の主催者はWBSC、WBCの主催者はMLB/MLBPAなど大会によって変更がある。
まず、オープン戦に関してNPBはほとんどタッチしていない。各球団同士で話をまとめ試合を行う。だから年ごとによって、または各チームによって試合数もまちまちになる。
各球団の収入は、スポンサー契約料に加え、レギュラーシーズン“主催試合”の入場料と、放映権料がメインだ。確実にチケットが完売し、地上波やBSで放送されることもあるクライマックス・シリーズも、主催球団が入場料、放映権を管理する。
一方、NPBは、冠スポンサーまでつけて“主催”する日本シリーズでの興行収入が、財源の大部分を占めている。
よくオールスターゲームもNPBの財源であると言われることがあるが、それは間違いで、NPBは開催を委託されているだけである。もちろん委託料は発生するが、主催つまり興行主はあくまでもプロ野球12球団なのである。
ここに、毎年、各球団から集まる分担金とゲーム化権などライセンスを取りまとめたものが加わる(これも12球団に分配する)が、それらがNPBの収入のほとんどだ。
いかにNPBがリーグとしての予算に乏しいかが分かるだろう。

12球団の「独自経営」が支えてきた

リーグとしての力が弱い。コミッショナーがもっと統率してビジョンを示していくべきだ──プロ野球界が何か問題にぶち当たると必ずそんな声が聞かれる。
これをもって、米国のMLBの組織構造と比較され、「NPBもMLBのような仕組みにするべき」という意見が成り立つ。
MLBのコミッショナーは、NPBのコミッショナーに比べて大きな権限を持つ。リーグ組織としての財源も確保している。MLBでは、MLB機構が大手のテレビ局と全体契約を結び、各球団は地元テレビ局と個別契約を結ぶという仕組みになっているのだ。全体契約で得た放映権料は、全30球団にほぼ均等に配分される。
また、問題が起きたときにスピーディーな決定ができる。
そうした視点に乏しいプロ野球の在り方は間違いなく改革されるべきポイントである。
しかし、これを逆から見れば、日本のプロ野球は、リーグの関与を最小限にし、各球団主導で発展してきたプロスポーツリーグとも言える。この点はあまり言及されてこなかった。
NPBの定款や野球協約を読み進めていくと、財源だけでなくリーグの意思決定に関してもコミッショナーの有する権限が大きくないことが理解できる。
野球協約には、コミッショナーの職権及び職務は以下のように定められている。
【コミッショナーは、日本プロフェッショナル野球組織を代表し、事務職員を指揮監督してオーナー会議、実行委員会及び両連盟の理事会において決定された事項を執行するほか、この協約及びこの協約に基づく内部規程に定める事務を処理する。 (第8条-1】

【コミッショナーが下す指令、裁定、裁決及び制裁は、最終決定であって、この組織に属するすべての団体及び関係する個人は、これに従う。 (第8条-3)】
コミッショナー職とは決定事項の執行役、並びに野球協約などルールに関する裁定役である。
では、NPBのリーグとしての意思は誰が決定しているのか。
それが12球団のオーナーが集って行われる「オーナー会議」である。野球協約には以下のような一文がある。
【オーナー会議は、この組織の最高の合議・議決機関である。(第18条-1) 】
NPBの最高議決機関である12球団のオーナーによるオーナー会議。
そもそもNPBに2種類のオーナー会議が存在することはあまり知られてはいない。なぜ、2種類のオーナー会議が存在するような入り組んだシステムになっているのか。
その理由は、2008年のNPBの組織改革にさかのぼる。
プロ野球は2007年まで、一般社団法人日本野球機構……いわゆるNPBと、日本プロフェッショナル野球組織という2つの組織によって運営されていた。大まかなイメージで言えば前者が事業を、後者が運営を行ってきた(とはいえ、前者の事業は事業と言えるものではなかったのは既出のシステムのとおりだ)。
【プロ野球】縮む選手寿命は、即戦力でも3年。背景と必要な力
それが2004年の球界再編問題に際し、責任の所在があいまいであると、そのシステム自体がメディアやファンから批判された。
それを受けて、NPB組織の中に日本プロフェッショナル野球組織が組み込まれる改革が断行され、一つの組織となったのである。
ひとつにまとまったこと自体は大変喜ばしいが、その分、内部構造はかなり複雑になった(具体的な組織の仕組みについては次回言及する)。球団やNPB関係者ですら、「この組織をちゃんと説明できる人はそうそういない」というほどだ。
ともあれ、ここでのポイントは、12球団のオーナーによるオーナー会議がリーグの運営に大きな権限を有すること。そして、先にも触れたとおり事業においても各球団が主導権を握っていることだ。

リーグの事業関与が少なかったからできた施策

繰り返しになるが、NPBというリーグ組織の力を最低限に抑えてきたからこそ、現在のプロ野球がある。
実際、各球団がそれぞれの裁量で自由に事業を展開できたり、諸問題に対処できるという点で、このモデルは総じてうまく回ってきたと言える。MLBとも他のどのリーグとも違う「日本型システム」は、まさに日本の社会風土に合っていたという見方もできるだろう。
各球団が裁量を有する日本型システムによって現れたメリットについて、いくつかの具体例を挙げていこう。
今季からライオンズが手掛ける「埼玉西武ライオンズ・レディース」という公式女子野球チームの発足。もし女子野球の発展をサポートするこの活動を、コミッショナー主導で12球団の足並みをそろえようとしたら、相当の時間を要したと思われる。
またマリーンズ、バファローズ、ファイターズの3球団が、特定の業者だけに試合チケットのリセールを委託しているのも、球団主導ならではの事業展開だ。本来ならばダフ屋活動の撲滅というすべてのプロ野球ファンの利益につながる事業は、NPBが主導すべきでもあるが、一方で独自にビジネスチャンスを創出することができるとも言える。
イーグルスは昨年からオープン戦の時期に静岡に滞在。今年は実に8試合を行った。プロ野球球団の空白地域で、新たなファンを獲得する。そんな自由な活動もNPBならではだ。
【CF×基金】プロ野球のコロナ支援が、広く早く進んだ理由
ここで冒頭の課題に立ち返る。
プロスポーツリーグのトップランナーであるプロ野球がそうあり続けるために本当に必要な構造改革とは何だろうか?
これまでも様々なシーンで球界の改革論は議論されてきた。その中で最もポピュラーな意見が、先にも出た「MLBの方式に倣え」である。
ただ、日本のプロ野球には長い歴史があり、成功の実績を残してきた。
一度リセットし組織を一から立ち上げるなら話は別だが、単に理想だけの改革論は現実的ではない。
だからこそ、NPBの既存のシステムの長所をしっかり理解した上で、他のプロリーグのモデルケースとなるより良い組織になるための改善点を探っていく必要がある。
次回以降は、プロ野球がMLBやJリーグのようなリーグビジネスを主軸として展開しにくい理由や、アマチュアも含めた野球界全体の課題に言及しながら、プロ野球の改革について探求していく。
(執筆:田中周治、編集:黒田俊、デザイン:岩城ユリエ、写真:GettyImages)