MLBが示す「試合がない」ときに生むスポーツの価値

2020/4/5
『コロナショック スポーツ界の影響は?』。世界に広がる感染の中で、大きなダメージを受けている国がアメリカだ。そこでスポーツ界はどう動いたのか?

試合がないとスポーツは無力か

新型コロナウィルス感染拡大の影響で世界からスポーツが消えている。
日本のプロ野球は開幕日を3月20日から4月8日に延期、さらに24日に再延期としていたが、3日の12球団代表者会議で再々延期することで意見が一致した。
5月以降の開幕となれば、試合数の縮小など球界全体が大きなダメージを受ける可能性がある。ただ、球界関係者からも感染者が出る状況下に、野球ファンの間ですら「今は野球どころではないのでは」という声が広がってきている。
当然ながらこの状況は、プロ野球に限らずJリーグなども同様だ。
今後の感染拡大によっては、「今年は一切のプロスポーツの試合が行われない」という最悪のシナリオも現実味を帯びてくる。
試合ができないと、スポーツは無力なのか──?
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今、選手や関係者たちは、プロスポーツが本来持つ「娯楽性」という武器を活かすことができないでいる。
プレーを通じて世の中に勇気を与えることも、触れ合いでファンを元気づけることもできない。
選手たちが持つ「知名度」も「人気」も「ブランド力」も、これまでのようには活かすことができない。
東日本大震災のときにも経験しなかった“不測の事態”が今、目の前で起きている。
それは世界でも同じだ。
日本で最も感染者の多い東京よりも格段に厳しい状況下にあるニューヨークは、4月2日現在で感染者が約4万人。死亡者数は1400人とされている。
当然ながらメジャーリーグも開幕を見送り、今シーズンからメジャー挑戦した筒香嘉智(タンパベイ・レイズ)や山口俊(トロント・ブルージェイズ)らも日本に一時帰国した。ボールパークが歓喜に溢れる日が来るのはいつになるのか、まったく予想もつかない。
ただし日本との違いもある。
メジャーリーグをはじめとするアメリカのプロスポーツ界では、このような不測の事態に対するアクションが日本のスポーツ界よりも迅速であり、かつ支援規模も大きい。
2013年4月、ボストンマラソンで爆弾テロ事件が発生した。
このとき、地元のボストン・レッドソックスが選手やファンとともに一丸となって支援活動を行い、たった1ヶ月で2億円以上の支援金を集め、テロの被害者遺族や負傷者をサポートした。
4月20日のホームゲームでは、スタジアムに「BOSTON STRONG」と書かれたステッカーが貼られ、ユニフォームの胸には普段の「Red Sox」ではなく「BOSTON」が刺繍された。
2017年8月に大型ハリケーン「ハービー」がテキサス州を襲った際には、そのレッドソックスと、因縁のライバルとされるニューヨーク・ヤンキースがグラウンドの外で異例の一致団結を見せた。
レッドソックス対ヤンキース戦の試合で両チームの選手・コーチらが着用したユニフォームなどをサイン入りでオークションに出品し、収益を被災者の支援に充て、「グラウンドでのライバル関係は一旦忘れて被災者のために力を合わせる」という声明文を共同でリリースした。

“ファミリー”を助けるMLB

そして今回の新型コロナウィルス感染拡大。
未曾有の事態においては、これまでのようなファンとの触れ合いや球場でのアクティベーションなどが物理的に行えない。
まず、彼らが最初に手を差し伸べたのは、いつも近くでサポートしてくれる“ファミリー”だった。
レッドソックスは3月17日、開幕延期の影響で仕事がなくなってしまった本拠地フェンウェイパークとジェットブルーパーク(フロリダ州にある春季キャンプ地)のパートタイムスタッフらを支援するため、100万ドルを準備したと発表した。
「チーム=ファミリー」という概念がもともと強いメジャーリーグではあるが、試合や球場の運営をサポートしてくれる彼らも球団にとっては同じく“ファミリー”なのだ。
これはレッドソックスに限らず、メジャーリーグ全30球団で案内係やグッズ、飲食の販売員などのスタッフをサポートする動きがあり、その支援額は日本円に換算すると約32億円。CNNでは「アメリカ4大スポーツで最大級」と報じている。
支援規模が大きいこともさることながら、このような支援が「迅速に」できることがアメリカスポーツ界の強みである。
選手個人でも同じようなアクションがあった。
4月2日、テキサス・レンジャーズの秋信守(チェ・シンス)が同チームのファーム組織(マイナーリーグ)に属する選手191人全員に1000ドルずつを寄付すると発表したのだ。
マイナー選手の給料は、高くても月給30万ほど。それもシーズン中に支払われるのみだ。その過酷さは、マイナーで7シーズンを過ごした秋本人も痛いほど理解していた。
大切な“ファミリー”の危機を見過ごすわけにはいかないという思いから生まれた支援と言えるだろう。

ユニフォームの製造を止めマスクに

感染拡大対策における支援のアイデアもユニークだった。
3月28日、メジャーリーグ公式サイトは、オフィシャルユニフォームを製造するファナティックス社が、ユニフォームの素材を活用して最大100万枚のマスクや医療用ガウンを製作すると発表した。
しかも、製作費はメジャーリーグ機構とファナティックス社が負担する。
配布は製造工場のあるペンシルバニア州全体ですでに始まっており、感染爆発の渦中にあるニューヨーク州、ニュージャージー州にもまもなく配布され、需要がある限り生産を続けるという。
このマスク、最初はヤンキースとフィラデルフィア・フィリーズという、ピンストライプがお馴染みのユニフォーム素材から作られていたが、追って他のチームのユニフォーム素材からも製作されていく。
医療崩壊の危機に直面するアメリカでは、医療に携わる人々のサポートが急務だ。
その事態に対し、球団とステークホルダーが一致団結し、ユニフォームの製造ラインを一旦中止し費用まで負担して、「野球ならでは」ともいえる支援を率先して行っている。プロスポーツが地域によって、社会によって支えられていることを自覚しているからこそ、迷いなく行われたアクションなのだろう。
マスクが医療関係者に行き渡った後には、一般市民にも届くような工夫がなされる可能性もある。
プロチームのユニフォーム素材でできたマスクという「ブランド価値」も有していることから、一般に販売をして収益を医療機関等への寄付金に回すこともできる。
こうしたアイデアは、普段からチャリティーが当たり前に行われているメジャーリーグなら次々と出てきそうだ。

ロゴに込められたメッセージ

レッドソックスは3月24日に、「Social distance for a bit.(少し距離をとりましょう)」のメッセージとともに、普段は重なっている二つの赤い靴下を離した球団ロゴマークを球団SNSに投稿。
現在もアイコンとして使っている。
かつてレッドソックスの所属選手だった上原浩治氏がこれを自身のSNSで拡散したことで日本でも話題になったので、ご存じの方も多いだろう。
アメリカではマクドナルドなどの著名な企業がロゴマークをアレンジして「社会的距離」の啓発をしているが、そのようなアクションはスポーツチームも例外ではないということだ。
啓発においては、プロスポーツチームの人気や知名度こそ活きる。
日本でもオリックス・バファローズが同様のアクションを起こした。
野球に限らずさまざまな競技の選手たちが、オンラインで子どもたちにメッセージを伝えたり、感染症予防の啓発をしたり、運動不足にならないようトレーニング動画などを公開したりしている。
現役NBA選手による史上初のゲーム大会『NBA 2K Players Tournament』(ワシントン・ウィザーズの八村塁選手も参加)では、新型コロナウィルス支援対策のための寄付金10万ドルが用意され、その送り先団体の決定権が優勝者に与えられる。これも実に画期的な取り組みだ。
アスリート自身、そしてスポーツに関わる人たち──もちろん我々のようなスポーツメディアも含めて、自分たちに今何ができるのか?
試合がない今こそ、スポーツの価値や在り方が問われる。
(執筆:岡田真理、編集:黒田俊、デザイン:岩城ユリエ、写真:GettyImages)