【青砥瑞人】「記憶ドリブン」の脳がパフォーマンスを最大化する
西川[エアー] | NewsPicks Brand Design
2020/3/13
現代社会で継続的に成果を出し続けるビジネスパーソンは、どのようなマインドセットを持って日々を過ごしているのか。ハイパフォーマンスを実現するカギは、自分自身が「中庸」であり続けること。つまり「ニュートラル・ゾーン」の状態を保つことだ。
脳神経科学と教育を軸に事業を展開するDAncing Einstein(ダンシング・アインシュタイン)の青砥瑞人氏に、脳の観点からハイパフォーマンスを生む方法と、脳神経科学における「ニュートラル・ゾーン」ついてうかがった。
脳神経科学と教育を軸に事業を展開するDAncing Einstein(ダンシング・アインシュタイン)の青砥瑞人氏に、脳の観点からハイパフォーマンスを生む方法と、脳神経科学における「ニュートラル・ゾーン」ついてうかがった。
「人間の脳は10%しか使われていない」は間違い
青砥氏は高校を中退した後、単身アメリカの名門大学であるUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)神経科学学部へ入学。卒業後は「脳神経科学×教育×テクノロジー」の分野である「NeuroEdTech®︎」(脳科学の研究成果を学習や教育へとつなげる技術)を開拓している。
自身が代表を務めるDAncing Einsteinでは「NeuroEdTech®︎」を通して人材の育成など、成長を支援するための試みを行う。
脳と身体は不可分の関係とされるが、脳神経科学において、高いパフォーマンスを発揮する脳とはどのような状態なのか? そんな質問を青砥氏にぶつけると、こう返ってきた。
「よく脳のパフォーマンスって、全体の10%程度しか使ってないと聞きませんか? あれはただの“神話”です。パフォーマンスと脳を語るには、まずそこからスタートする必要があります」
「前提として、脳は普段から100%使われています。よく脳が活動しているのは10%程度といわれることがありますが、実はそうではない。
なぜ10%という数字が出てきたかというと、何十年も前に電極で脳の反応を見る実験をした際、脳はその程度の値しか反応しなかったからです。
これは『神経神話』と呼ばれており、この言説は今も広く流布しています。
この実験で言えるのは、単に脳の10%を占める神経細胞が電気に反応したという事実だけ。実は、残りの90%はグリア細胞など電気には反応しない細胞たちなのです。
グリア細胞は電気に反応しませんが、神経細胞に栄養分を送ったり、支えたり、とても大切な役割を担っていますから、働いていないとは言えません。
つまり、脳はどの細胞も、それぞれの重要な役割を担って働いているわけです。
しかし、神経細胞は常に活動状態になるわけではありません。
例えば、ニュートラルな平衡状態もあれば、活動電位(神経細胞が強い刺激を受けると発生するパルス)によって『アクティブ』な状態を生み出します。そして、その反対となる『ディアクティブ』な状態も存在します。
脳のパフォーマンスを考える上で着目したいのは、意図せずに出現する脳の『ディアクティブ』な状態です。これは、心理的安全性を失っている状態で、脳の持つポテンシャルがうまく発揮できない。
では、『ディアクティブ』な状態になることなく、一定のパフォーマンスを発揮するにはどうすればいいのか。そのために、脳にあるネットワークの理解を深める必要があります」(青砥氏)
人の行動を司る脳内ネットワーク
青砥氏が話す、パフォーマンスの向上につながる重要なネットワークとは「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)」と「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」だ。この2つのネットワークの特徴を、青砥氏は以下のように説明する。
「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)は、額の裏側にある前頭前野をメインとした脳のネットワーク。
これには人が意図したところに注意を向けたり、何かを考えようと問いを立ててみたりと、特定の場所に対して人間の注意を向かわせる役割があります。
その対として存在するのが、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)です。これは、人間が経験してきた“記憶ドリブン”の行動や意思決定を導いてくれます。
たとえば、通勤や通学とかで道を歩いている時に、我々はいちいちCENを使って、意思決定はしていないはずです。
もちろん、最初にその道を通る時には『この道はまっすぐ進もう』とか、『その交差点を右に曲がろう』というふうにCENを使って行動しますが、何回も同じ行動を繰り返すと脳の中で学習され、記憶として定着していきます。
それが記憶ドリブンとなり、意思決定をしなくても行動を導いてくれるのがDMNです。そして、先程お話しした脳のパフォーマンスを高めるという観点でいうと、DMNをいかに顕在化していくかがカギなんです。
というのも、人は過剰なストレス状態に置かれるとCENが停止してしまう。たとえば大勢の前で話すという場面で頭が真っ白になることがありますよね?
これは緊張状態に伴うストレスホルモンの過剰分泌によって、CENのネットワークがある前頭前野がストップしてしまうことが原因です。
そのような状況になると、必然的にDMNの反応が出るようになります。つまり、これまで振る舞ってきた行動が出るようになる。だからこそ、これまでの行動と、自分が思い描いていることとを一致させて、記憶に定着させていくことが重要なのです。
そうなれば、過剰なストレス下の状況でもハイパフォーマンスが発揮できるようになる。よくスポーツで『練習は嘘をつかない』といわれますが、これは脳神経科学の観点から見ても正しいんです」(青砥氏)
脳に瞑想やマインドフルネスが重要な理由
セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)で意識して行動し、その経験をデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)として定着させていくことが、高いパフォーマンスへつながる。
では、CENとDMNの2つのネットワークを意識的に切り替えることはできるのだろうか。
「その切り替えのためのハブとなるのが、3つ目のセイリエンス・ネットワーク(SN)と呼ばれるものです。ここには、感情や情動といった情報が司っています。
感覚値や情動値ともいいますが、ドキドキしているのか、ワクワクしているのか、はたまたモヤモヤしているのか。そんな自分の内部環境の変化に気付けるようになるモードがSNです。
我々はついついスマートフォンを見てしまうように、外部環境に注意が向くことが多い。そうすると自分の内側について考える機会が、ほとんどなくなってしまいますよね。
だからこそ、瞑想やマインドフルネスが評価されているのは、とても良い流れだと思っています。SNで内部環境にきちんと耳を傾け、CENで情動や感動を認識し、それをDMNに定着させること。
3つのネットワークを使い、ループさせていくことが重要だと考えています」(青砥氏)
イチローはなぜ「ルーティン」を行うか
セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)と、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)をつなげていくためには、セイリエンス・ネットワーク(SN)によって、身体と対話することに注意を向ける必要がある。
しかし、我々はそのループをどのように生み出していけばよいのか。
青砥氏の場合、そのループを回すために日々の「ルーティン」を実践している。高校時代まで野球少年だったこともあり、アスリートの動きを参考にした「ルーティン」を行っている。
「たとえば、なぜイチローさんはルーティンを毎回行うのかを、脳神経科学的に考えてみます。
僕は、一定かつ独特な動きを毎回行うことで、過去に経験した高いパフォーマンスを出す状態に近づける儀式を行っているのだと思います。
すなわち、これは自分自身の高パフォーマンスの状態を、どんな環境においても、最大限発揮するための“おまじない”です。
ルーティンのポイントは、イチローさんのように独特な動きが重要です。独特なルーティンを行うことで、自己の身体の状態、心の状態などを紐付け、脳内の神経細胞を結びつける。
これが独特ではなく、何気なくやってしまう動きだと、パフォーマンスを生み出す身体や心の状態を導くトリガーにはならないのです。
そして、その統一した行為を繰り返し、記憶に刻み込むことで、脳がDMN的に処理するようになる。結果、理想に近い状態のパフォーマンスを、自分自身にもたらすことができるのです。
私たちが何かに取り組む時、全く同じ環境なんてことはありえません。各環境にどう対処するかを考えるのではなく、どんな環境でも、最大限自己を発揮できる状態に誘導していくことが重要。そのために、ルーティンは意義深いと考えられます。
私自身も、最大限の集中状態に入りたい時には、決まって行う呼吸法とポーズがあります。何年もやっていると、それがまるでスイッチのようになり、自分のパフォーマンスが最大化した状態を思い出します。
もちろん、それでもうまくいかない時もありますが、そんな時もSNを意識して、自己と向き合っていく中で、最高な状態へ誘導して、調整をかけていくことが大切になります。
高いパフォーマンスを発揮するには、瞬時に多くの事象を処理し、対応していくことが求められます。そんな時に、CENを使っていると間に合いません。DMNに委ねるべきなのです。
『高いパフォーマンスを出せた!』という経験を体得するまでは、意識してCENを使って、何度も繰り返し、理想に近づける訓練をします。
意識して、脳に築き上げたパフォーマンスは、最終的には何も考えずとも無意識に脳や身体が反応するようになる。そのために『意識的に無意識化』することが重要です。
もちろん、CENも活躍することで高いパフォーマンスが発揮されることもありますが、いかにDMNの処理を最大限に活用していけるかを、考慮した方がいいかなと考えています」(青砥氏)
適度なストレスもパフォーマンスには必要
これまで脳神経科学から見るパフォーマンスの定義と、それを発揮するための方法をうかがってきた。最後に改めて、最高のパフォーマンスを実現するために必要なことを、脳神経科学の視点で聞いてみた。
「1つ目は、脳がきちんとフル活動できる状態を保つことです。つまり、セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)のモードを、過剰なストレスによって停止させないことですよね。
CENが活動しすぎてデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を活用できないのはもったいないですが、それはCENを停止していいというわけではありませんから。
2つ目は、DMNで情報処理をさせること。これが最も重要であり、まさに中庸的な『ニュートラル・ゾーン』の状態といえます。
繰り返しになりますが、この状態を維持していくためには、CENを意識しながら、DMN由来の情報処理をさせていくような脳の使い方をトレーニングしていくことです。
また、相反するようですが、パフォーマンスを発揮するには適度なストレスを与えることも重要になってきます。
過度すぎるとCENの活動を低下させますが、適度であれば活動を高めます。皆さんも、テスト前や納期前のプレッシャーが、生産性や作業効率を高めた経験はあるはずです。
これは、私たちのモチベーションはストレスに伴って分泌される『ノルアドレナリン』と、好奇心が湧きだす『ドーパミン』という2つの神経伝達物質が影響を与えています。
プレッシャーやストレスによるモチベーションは、主にノルアドレナリンによってもたらされています。これは周辺の神経細胞を活性化します。
そのおかげで、モチベーションの対象と関係ないことに対しても鋭敏化してしまいます。このような時は、周りの音が気になったり、匂いが気になったりと、注意が分散的になりがちです。
つまり、脳機能は高まるのですが、いらぬところにまでパフォーマンスを高めてしまうという難点があります。
そこで重要なのが、ドーパミン由来のモチベーションです。ドーパミンは、何かを『探し求める』状態の時に脳から分泌される神経伝達物質で、先のノルアドレナリンが仕向けるノイズへの注意を低減してくれます。
よって、本当の意味での集中状態とは、プレッシャーやストレスがかかりつつも、自己がその行為に前向きで、自己の意志で向き合っている状態です。
そうすることで、ノルアドレナリンとドーパミンによるモチベーションの相乗効果が期待でき、パフォーマンスの高まりを感じられるのです。
私自身も、忙しくてプレッシャーが強い時ほど、カフェの周りの音や、話し声が気になりやすくなることがよくあります。
しかし、自分の仕事に楽しみや自己成長のポイントを見出し、前向きな状態に誘導していくことで、一気に周りの雑音を消すことができる。
自己の内側の起こっていることにしっかり目を向け、パフォーマンスが最大化されるのはどんな状態で、どのように調整すればよいか。
その方法を単純に他人に聞くのでなく、自分の中で問い続け、探究していくことが、自己のパフォーマンスを高める近道かもしれません」(青砥氏)
(編集:海達亮弥 執筆:岡本尚之 撮影:玉村啓太 デザイン:黒田早希)
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