業界トップのグローバルシェアが実現。M&A「後」の大原則とは?

2020/2/27
国内損害保険市場はここ数年、自然災害の影響を受けざるを得ない状況が続いている。そのため成長機会をグローバルに求める機運がいっそう高まりつつあるが、なかでも海外保険事業の純利益実額で業界トップにつけるのが東京海上グループだ。
2019年度の海外保険事業の比重は、事業別利益ベースで全体の47%に達する見込みだ。2002年度がわずか3%だったことを思えば、その成長速度は驚異的と言っていい。
こうした海外保険市場の取り込みには、3つの戦略的意義がある。
グローバル展開における3つの意義
1つ目は当然、グローバルな成長機会の追求である。欧米市場におけるM&Aを経験した東京海上グループの海外展開は、今後、まだまだ成長途上にある新興国市場に注力することで、さらなる成長が見込まれる。
2つ目はリスクの分散効果。これは地域的な観点で災害リスクを分散するなど、資本面での事業効率を踏まえた戦略だ。事業スケールを生かし、多地域で複数のリスクを分散して受け入れることにより、グループ利益の安定性が高まり、資本効率の向上が見込めるわけだ。
そして3つ目は、日系顧客の海外進出への対応である。少子高齢化によるGDPの停滞から、海外進出を望む企業は今なお増加傾向にあり、*海外進出日系企業実態調査によれば、2017年10月時点で海外進出企業は前年比約5.2%増の7万5531拠点
さらに海外投資の拡大により、ビジネスチャンスもまたグローバルに広がっていることは間違いない。
2000年から急加速した「海外戦略」
東京海上グループにおけるこうした海外展開は、主に2000年ごろから顕著になるが、当初は再保険事業から着手するなど、地道ともいえるスタディーを行ってきた。
再保険事業とは、保険会社のリスクの一部を請け負う事業形式のこと。東京海上グループは自前の現地法人立ち上げにより参入した。いわばこれを本格的なM&Aに乗り出す前のテストケースとし、東京海上グループは欧米市場での活動を活発化させる
こうした慎重策が求められたのも、M&Aには一長一短があるためだ。時間をかけずに事業に着手できることが最大のメリットなら、ネックになるのはやはりPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)である。買収後、1つの事業体としてカルチャーをまとめあげるプロセスは、事業規模や内容にかかわらず決して平易ではないだろう。
そこで東京海上グループでは、コーポレートカルチャーをしっかりと伝えることはもちろん、買収される側に東京海上グループのバリュープロポジションの理解を促すなどの対話を徹底的におこなう。さらに現地の人材の本社登用や、現地経営陣を積極的に東京海上グループの経営に参画させるなど、グループ内における人的交流も進めている。
また、年に1度、海外主要拠点のCEOが集う場として海外CEO会議がある。各国におけるグループ会社のCEOが一堂に会し、会議の後にはレセプションパーティーを催し、交流を深めることで、互いの理解と“一体感”を高めている。アナログ的ではあるが、これがシナジー創出に絶大な効果を発揮しているのだ。
こうした施策の下、同グループでは買収の三原則を掲げ、海外企業の精力的なM&Aに着手。具体的には「強固なビジネスモデル」「高い収益性」「カルチャーフィット」の3本柱であり、高品質なサービス提供が見込め、なおかつ安定的な収益基盤が確立できることを前提に、グループの価値観を共有できる会社や経営陣を探し、2008年以降大型M&Aを次々と実行に移してきた。
そうしてグループ規模が地球規模で拡大していく中、東京海上グループで受け継がれてきた企業理念を国内外の社員で共有するために発信したグループメッセージが「To be a Good Company」だ。
「いざ」というときにお客様や社会を支える強く優しい存在でありたい、全ての人や社会から信頼される“Good Company=良い会社”でありたい、という想いを、海外向けに3つの指針で表現した:Look Beyond Profit(利益の先にあるもの)、Empower Our People(社員の働きがい)、Deliver On Commitment(成果にこだわる)。長い社史の中にも前例のないハイスピードな海外展開。だからこそ、異なる地域にも通底し、グループの求心力となる理念や価値観が必要となる。
そして、さらに重要なミッションが、グローバルに活躍する人材の育成である。実際に、ニューヨークに駐在する社員に東京海上グループが必要とする理想の人材像について話を聞いた。
NY駐在員が語る、理想のグローバル人材像
前田毅氏が東京海上日動に入社したのは1999年のこと。キャリアのスタートは損害サービス部門だったという。
自動車事故が発生した際に直接、賠償や示談金の交渉にあたり、解決する。ある意味では最も保険会社らしい部署で、事故を起こしたり被害に遭ったりした顧客との対話で保険の意義をしっかりと学んだ。
時にはタフな交渉が求められるハードなセクションで6年勤務した前田氏は、7年目に海外研修生制度に応募し、アメリカ留学へ。そしてニューヨークで弁護士資格を取得し、帰国後は法務部に配属となる。折しも、東京海上グループが急激に海外シェアを伸ばしている時期だった。
そこで海外事業企画部の買収事案に参加することとなった前田氏は、海外事業への関心を高めていく。
「正式に海外事業企画部に異動になったのは2009年。法務部時代に引き続き、買収した会社の経営管理を担当したり、新規のM&Aを手掛けたりしているうちに、3年経験を積んだところで海外赴任の内示を受けました。だから今日までのキャリアでいうと、日本と海外がちょうど半々ということになりますね」
そんな前田氏から見て、東京海上グループが求めるグローバル人材とはどのようなものか?
前田氏と買収した企業のメンバーたち
「根本的な部分では、日本でも海外でも求められる人材はそう変わらないと思います。その前提を踏まえた上で、海外で活躍するためには特に3つの素養がより強く求められると僕は考えています。全て海外事業で一緒に仕事をさせてもらった先輩や後輩たちから言葉や行動を通じて教えてもらったことですが。
まず1つ目が、何らかの専門分野を持っていること。海外では「~社の社員」というより、「保険引き受けの専門家」「オルタナ投資の専門家」「内部監査人」など、日本のように会社単位ではなく専門分野単位でビジネスパーソンを区分することが多いので、法律でも経理でもITでも、「自分はこれができる」という専門性をわかりやすくアピールできることは大切でしょう。
2つ目は、自分の頭で考え、それを行動に移すことができること。ミーティングの席で自分の意見をはっきり伝えられなければ、何をやっているか周囲に理解されず、相手にされません。また、文化や言葉が違う世界においては、特に言ったことをしっかり行動に移す言行一致を高いレベルで実行しないと、真の信頼関係をつくるのは難しいでしょう。
そして3つ目は、コミュニケーションスキルです。単なる語学力ではなく、相手の立場に立って考え、相手の言うことをしっかり理解できること、そして理解したことを言葉にして伝えられることが大切です。
よくいわれるように、人は「この人は自分のことを理解してくれている」と感じられる人の意見にしか真剣に耳を傾けません
特に文化や言葉が違う中で仕事をする上では、自分の主張を言う前に、「あなたの言う意味や気持ちを理解しました」ということをしっかり伝えることがまず何より大切で、その上でわかりやすく自分の意見を赴任地の言葉で伝えるスキルも求められます。
そして、それらを実行できなくてはならない。最終的に意見が違っても全く構わない。大事なのは真に互いの気持ちや考えを理解し合うこと、そしてそれを可能にするコミュニケーションスキル。
これはダイバーシティが進む現在、最も重視すべきスキルなのではないかと思います」
前田氏は、東京海上グループにおいて駐在員に求められる行動規範は何だろうと駐在員仲間と真剣に論議して一枚の紙にしたことがある。それを「REP」の3文字でまとめた。これはRepresentative(レプリゼンタティブ)、Employee(エンプロイー)、Professional(プロフェッショナル)の頭文字である。
1つ目が、海外においては、駐在員は東京海上グループひいては日本の代表として見られていることを忘れず、それにふさわしい振る舞いをすること(Representative)。2つ目は、しかしそれでいて、「親会社から派遣された社員」ではなく、あくまで「現地社員の一人」として、現地グループ会社の組織目標達成のために全力を尽くすこと、それがひいては必ずグループ全体に貢献することになると信じて行動すること(Employee)。そして前出のように、高い専門性を発揮してミッションにあたること(Professional)。
「こうして海外で働くことには、大きな充実感があります。国内と海外で求められる資質に大差はなくても、文化や言語など環境の違う海外で成果を出すハードルは高くなるため、自分の成長が実感できる機会が多い側面はあるでしょう。
これがもし、慣れた1つの環境に安住していたら、成長曲線は次第にフラットになってしまうのではないでしょうか。海外で働けるチャンスを与えてもらい本当にありがたいと思います」
入社21年を迎える前田氏は、海外の前線でいまも「東京海上が本当の意味でグローバルな会社になっていくプロセスに少しでも貢献したい」と語る。
「お客様のリスクを引き受ける保険会社だからこそ、世界中に事業を展開し、引き受けるリスクを分散する必要があります。これは災害の多い日本を支えることにもつながるはず。
日本で140年続いた企業ゆえに、まだまだ海外にアジャストしなければならない点は多いですが、さらなるグローバル化へのプロセスの中で、少しでも力になりたいと切に思います。
自分はNYに来る前、前CEOの永野の秘書をしていましたが、永野が繰り返し言っていたのは、
「会社において一番大切なのは、会社の存在目的や将来のビジョンと、そこで働く社員が実現したい自分のベクトルが合っていること。
個々の社員の成長が会社の成長にダイレクトにつながること。
個々の社員の中に湧き上がる働きがいが会社を強力にドライブすること。
そういう社員が集まった会社でありたいし、社員にもそういう自分を実現してほしい」
という点です。
今、会社が向かう方向とありたい自分のベクトルがそろっているとすれば、これほど幸せなことはありません」
アジア・新興国への展開。東京海上グループの今後
欧米市場から始まった東京海上グループの海外戦略は今、アジアやアフリカの新興国にも向かいつつある。ただし、国の文化や経済レベルにより、商品展開の手法は日本とも欧米とも大きく変わる。
たとえばインドでは、現地の農業関連企業との協業で、農村向けのマイクロインシュアランス(低価格で加入できる保険)を展開中だ。
保険料の単価は小さいが、これまで顧客になり得なかった層に保険の価値を提供するという意味で、確かな実績を上げている。人口の多い国ではなおさらだ。
同様に、インドでは低所得者向けの医療保険を展開。年間の支払保険金は5万円程度と小額ながら、経済的状況から十分な医療サービスを受けられなかった方々にとって、欠かすことの出来ない医療保険制度となっている。
他方、南アフリカで注目されているのは葬儀保険だ。
これは大勢が集まって盛大に故人を弔う現地の文化に合わせたもので、喪主は時に、100人超ものゲストの送迎や飲食のコストを負担することになるという。
保険商品で費用が積み立てられるとなれば、歓迎されないわけがない。
こうした新興国での展開を追っていくと、あらためて保険会社の持つ機能が、社会課題の解決に直結し得ることを実感させられる。
買収した会社を含む長年の事業経験の中で培った自社のケイパビリティを生かしながら、社会課題を解決する──。
東京海上グループの海外戦略は、サステイナブルな未来づくりに通じているのだ。
(執筆:友清哲、編集:川口あい、デザイン:岩城ユリエ)