【尾崎容子】最期の瞬間に立ち会えなくても自分を責める必要はない

2020/3/9
高齢化社会日本。2025年には年間150万人以上が死亡し、ピークとなる2040年には168万人が死亡すると予測される。介護や看取りは他人事ではない。そして、自分自身もいつかは迎える「死」。

もう積極的治療は難しく余命を考えるようになった時、あなたはどこで最期の時間を過ごしたいだろうか。

訪問診療医の尾崎容子氏は、人生の終末期を自宅や施設で過ごす人を支え、多くの人を看取ってきた。最期までその人らしく過ごせるように寄り添い、支える家族や周囲の人に「看取り勉強会」を開く。

「知らないことで不安になる。身体の弱りや死について、きちんと知識を持つことで不安は減ります」と語る尾崎氏の看取りのあり方とは。(全7回)

地域のネットワークが重要

基本的に、大きな病院には地域連携室という部署があります。
これは、15年前くらいから大きな病院に作られ始めた部署で、これまでは退院が決まったらそれでおしまいだったのですが、やはりその後の在宅でのお世話をもう少し病院がつないであげようということで始まりました。
その地域連携室から訪問看護や施設の紹介、急性期病院から慢性期病院へのリハビリ目的での転院を経てからの帰宅など、さまざまな道筋を考えてサポートをしてくれます。
もう病床は足りないですから、どんどん退院させないといけない状況が日本の大病院にはあるんですよね。
だからこそ、そうした退院調整をしますが、その地域連携室に私は営業に行くわけです。
医者が営業なんておかしいかもしれませんが、菓子折りやパンフレットを持ってご挨拶に行ったり、お預かりしていた患者様が亡くなったらご挨拶方々ご報告に行ったりします。
「何かお役に立てることありませんか?」と。
在宅医療は、地域のネットワークが重要です。でも皆さん、介護などでもいざ必要にならないと、どこにどんなサービスがあるのかわからないことが多く、誰かに紹介されるがままということが多いかと思います。
私のところに来る患者さんは、いわゆる積極的治療がこれ以上できないという方が大半です。通院が難しく、認知症が進んでいたり、歩行ができなかったりという「身体の弱り」がある人たちです。
この方たちが持っている「弱り」は、急性の病気による一時的なものと違い、少し回復することはあっても時間の経過とともに悪化していく「弱り」です。
ケアの力で多少良くなることもありますが、薬や手術などの医療では「治る」ことはないのです。
ですから、在宅医療では日々生活能力が落ちていく中で、薬や手術で治すのではなく、住み慣れた場所で暮らす日々のケアを中心にして支えていくのです。

在宅医療への移行をスムーズに

でも実は、私は積極的治療が終わる時よりももう少し前に患者さんを紹介してほしいと思っています。
なぜならば「積極的治療が終了したから在宅のお医者さんに診てもらってください」と言われると、患者さんは「大病院に見切られた。こんな場末の医者に見られたくない」と裏切られた感と失意の中でスタートするのです。そんな中で信頼関係を作っていくのは大変です。
ところがまだ積極的治療中だったら、吐き気や便秘、むくみなどの、しんどいちょっとした症状があったとしても「在宅の先生にも診てもらいましょう。そのほうが訪問看護師さんへの指示ももらえるし」となり、外来通院と両立していけるのです。
こういう、例えば便秘の状況って、大学病院だと下剤をポンと出されて終わるのですが、効かないことがあっても、次の診療まで時間がかかってしまいます。
その間に私が入ることで、話を聞いて状態に合わせて漢方を使ってみたり、整腸剤で調整したりなどの細かい対処ができるわけです。
そうした日常の症状に寄り添えるのが在宅医療です。もっとそうした大病院での治療から在宅医療への移行を、スムーズに共存させていけるといいと思っています。

自宅死にモニターはいらない

ドラマを見ていると、病院で人が亡くなる瞬間といえば、ピーッとモニターが鳴るシーンですよね。
私は在宅医療に携わる前は、集中治療室(ICU)や手術室で働く麻酔科医でした。病院では患者さんの死が近づくと、心拍などのモニターをつけて監視することがほとんどです。
(写真:eyecrave/iStock)
血圧や脈拍などのバイタルサインが異常を示すとアラームが鳴りますが、アラームが鳴っても実はスタッフはあまり関心を示しません。亡くなる間際に異常値が出るのは当たり前だからです。
ICUではたくさんの死を見てきました。その最期の時に病院では人工呼吸器を装着されて、家族と引き離されたまま死を迎えていきます。家族は1日に1〜2回、5分ほど面会時間に来て見て帰る。
心停止になると、病院では心臓マッサージが始まるのですが、家族に連絡がついて「もうやめていい」というまで続くのです。
心臓マッサージのために肋骨が折れてしまったりするのですが、どんなに長い時間やっても「弱り」で亡くなっていく方は戻らないのですよね。
最期の時を、そんな痛い感覚を経験させられ、家族と離されて、愛ある言葉もかけてもらえずに死んでいくのです。
そして連絡が取れて心臓マッサージをやめると、「ご遺体」と名前が変わって霊安室に運ばれていく……。
在宅では、モニターをつけません。
モニターがあると、ご家族はモニターばかり凝視します。大切な患者さんとの時間がモニターで邪魔されるのです。