創業6年で66カ国に拡大した、SaaS企業の正体

2020/5/22
 多くの企業がサービスの海外展開に苦戦する中、創業から6年で世界66カ国にサービスを拡大したベンチャー企業がある。それが、マーケティング支援のプラットフォームを運営するベンチャー企業、「Repro」だ。

 なぜ世界中で利用されるサービスを開発できたのか。その根底にあるマーケティングの新潮流「カスタマー・エンゲージメント」の概念とは。同社代表取締役の平田祐介氏に話を聞いた。

新規獲得から既存維持へ

── 平田さんはカスタマーエンゲージメントプラットフォームを提供するReproを経営していますが、企業と顧客のコミュニケーションは、ここ数年でどう変化してきたと思いますか?
 長らくマーケティングの世界では、「新規顧客の獲得」が最も重要なKPIとされてきました。だからこそテレビCMや新聞広告のように、広範囲なマスに向けて認知を図る、大規模なマーケティングが主流だったのです。
 そんな新規顧客獲得の時代から、既存の顧客を重要視する時代に急速にシフトしている。それが今のマーケティングトレンドだと思います。
── なぜそのような変化が起きているのでしょうか?
 マクロな視点でいうと、シンプルに人口が減っているから。人口が増えていた時代は、新規顧客の獲得だけに注力していても、商売が成り立っていました。
 しかし今の日本は人口減少社会で、経済成長も頭打ち。新規獲得よりも、既存顧客をいかにつなぎ止めるかが、企業が生き残るカギになるんです。
 またビジネスモデルの変化も、大きな要因です。サブスクリプション、OMO(Online merge Offline)、IoTといった最近のトレンドは、全て既存顧客の維持が肝になるビジネス。
 サブスクリプションは売り切りで1万円だった製品を、月額500円にして売るというものですから、まさに顧客を囲い込むビジネスモデルですよね。こういったトレンドからも、既存顧客の維持の重要性が増しているのです。

顧客はすぐに「目移り」する

── 既存顧客を重視したマーケティングとは、具体的にどんなものでしょうか?
 オンラインショップの利用データを分析して、サイトの使い勝手を向上する。購入後でも気軽に質問できるよう、チャットボットの窓口を開設する。
 このように、その時々のサービス利用体験、いわゆるカスタマー・エクスペリエンス(CX)を最大化することが、既存顧客を大事にするための手法の一つです。
 しかし一度良い体験ができたとしても、「それだけでは足りない」。実は、すでにそんなフェーズに入っているのが現状だと捉えています。
Getty Images/elenabs
 たとえば、こんな状況を想像してみてください。
 あなたは今、アパレル店で素晴らしい買い物ができ、非常に満足しています。数ヶ月経って、購入したセーターに似合うスカーフも欲しいと考えていたところ、別のお店から全品30%OFFのクーポンが届きました。
 一方以前セーターを買ったお店からは、音沙汰ありません。おそらくあなたは、クーポンが届いた方のお店に行ってしまうのではないでしょうか?
 単発の良い買い物体験ができたとしても、顧客はそれを忘れてしまうもの。さらに、情報があふれる今の時代では、すぐに競合に目移りしてしまう。一度きりの体験で顧客を「つなぎ止める」のは、非常に難しいのです。
 そこで出てくるのが、「カスタマー・エンゲージメント」という考え方。エンゲージメントは日本語で、「愛着」という意味です。つまりカスタマー・エンゲージメントとは、企業と顧客の信頼関係のこと。
 仮に上記のシチュエーションで、「以前購入いただいたセーターには、こんなコーディネートがおすすめですよ」といったメールが届いていたとしましょう。そうしたら、セーターを買った同じ店に、スカーフを買いに行っていたかもしれませんよね。
 ここでポイントになるのが、体験の「連続性」。良質な体験を“連続して”提供し続けることで、企業と顧客との信頼を築き、長期的な“ファン”になってもらう。それが「カスタマー・エンゲージメント」の考え方なのです。

顧客から「ウザがられて」いないか?

── とはいえ、最適化されていないマーケティング施策は、まだたくさんあるように思います。全く興味のない商品がオススメされるメルマガや、仕事で忙しい時間帯に届くプッシュ通知など……。
 それはその通りで、スマホのおかげで顧客との接点が増えた一方で、それを活用しきれず、顧客から「ウザい」と思われるコミュニケーションを取っているケースが少なくありません。
 Reproはそれを解決するツール。アプリ・ウェブなどのオンラインデータのみならず、店舗での購買履歴などのオフラインデータを収集して分析することで、顧客一人ひとりが“本当に欲しい”情報を、適切なタイミング、チャネルで提供できるようになるのです。
提供:Repro
 Reproは、分析からマーケティング施策の実行まで、一貫して担います。「アナリティクス機能」では、アプリ・ウェブ上での滞在時間や、ログインする時間帯など、行動データを収集・分析。
 そのデータをもとに、「この過程で離脱するユーザーが多い」「週末はある属性の利用率が下がる」などの課題を洗い出します。
 その課題を踏まえた上で「マーケティング機能」を活用し、離脱が増えるタイミングでプッシュ通知を配信したり、顧客の購買情報に基づいた好みの商品をメルマガで案内したりと、最適な方法で顧客にアプローチできるのです。
Reproのファネル分析の分析画面イメージ。どこでユーザーが離脱しているかが一目で分かる。
── カスタマー・エンゲージメントを高める観点では、Reproでどんなことができるのでしょうか?
 エンゲージメントを高める上で重要なのは、いかに顧客に「使い続けてもらうか」という視点です。
 その一例として、Reproでできる「マジックナンバー分析」についてお話しさせてください。これは、アプリを継続利用させるカギとなる条件(=マジックナンバー)を発見し、それに基づいて製品・サービス設計をするというもの。
 この分析手法を使えば、たとえばNewsPicksのようなメディアで、「アプリ利用開始日に3本以上の記事を読んだ新規ユーザーは、そうでないユーザーに比べて継続率が3倍高い」といった条件を発見することができます。その条件から逆算することで、初回登録時に3本は記事を読むよう促すUI設計ができます。
 さらに最近では、エンゲージメントを高めるカギである「チャーン(離脱)予測機能」を追加しました。アプリから離脱しそうな行動をしている顧客を抽出し、やめないよう対策につなげられる機能です。
 スマホアプリをアンインストールした後に、もう一度インストールする「再起率」は、なんと0.1%。だからこそ、既存顧客を「つなぎ止める」工夫を凝らすことが必須なのです。
── マーケティングプラットフォームは、複数存在しますよね。Reproの優位性は、どんな点でしょうか?
 まずは、収集・分析するデータの量です。デジタルマーケティングの世界では、データの量が多いほど顧客の行動理解が進み、より的確なマーケティング施策につながる。実際にReproでは現在、月次5000万台のスマホデバイスからデータを集めています。
 6年前、まだマーケティングプラットフォームの市場もない時代にReproを創業。そこに水たまりのような市場をつくり、地道にその規模を拡大してきました。
 この先行者利益は大きい。Reproが培ってきた人間行動の理解レベルには、今から参入する企業はなかなか追いつけないはずです。
 さらにこれから注力するのは、分析から施策実行のプロセスを極力自動化し、マーケターの負担を減らすこと。そのために、「Repro AI Labs」という研究開発チームを、2018年に発足させました。
 機械学習を強化することで、キャンペーン配信ターゲットの自動抽出や、プッシュ通知配信時間の個別最適化などが可能になっています。先ほど紹介した「チャーン(離脱)予測機能」も、この機械学習の研究成果によるものです。
 さらにReproでは、これらの機能を提供するだけでなく、分析と改善の実行まで、専任のマーケターがついて併走します。このクライアント・ファーストの姿勢が、2番目のReproの差別化ポイントです。
 Reproの社員で、我々が「ツールの提供会社」だと思っている人はいません。Reproが目指すのはクライアントの課題解決で、ツール提供はその一部にすぎない。必要であれば人間の力もどんどん導入してサポートするのが、Repro流なのです。

世界では「リングに立ち続ける」

── Reproは創業から6年であるにもかかわらず、すでに世界66ヵ国で使われていると聞きました。
 海外への進出は、創業当初から計画していたことです。人口が縮小していく日本にとどまっていては、飛躍は望めません。ですから今は赤字を出してでも、グローバル展開は“必須”という意識でやっています。
 今注目しているのは、人口が増えていて且つ既存顧客へのマーケティングニーズも生まれつつある、東南アジアの国々。2019年6月には、東南アジアの拠点となるシンガポールにオフィスも設立しました。ここからさらに、エンジンをかけていくつもりです。
── 海外でシェアを取るために、どんな戦略を描いているのですか?
 マーケティングプラットフォームは、クラウド上で使えて英語対応さえしていれば、環境依存もしないので、グローバル展開しやすい面はあります。ですが、本当の意味で海外市場でReproが受け入れられるには、時間がかかる。
 というのも、行動特性や趣味嗜好はそれぞれの国で異なるため、日本でコツコツやってきた顧客を理解するプロセスを、海外でもやらないといけないのです。だからこそ現段階ではリターンはあまり気にせず、積極的に入り込み情報やデータの収集に努めています。
 市場浸透に時間がかかるビジネスでは、「リングに立ち続けろ」という言葉があるんです。無理に戦いを仕掛けなくても、覚悟ができていない競合は自然に撤退していく。
 一歩一歩畑を耕していくつもりでどっしりと構え、もちろんそのスピードと精度は高めながら、世界で勝ち残っていくつもりです。

若者が夢を語れる国へ

 海外に進出している理由には、個人的な思いもあるんです。グローバルNo.1企業を日本から出すことで、もう一度日本の自信を取り戻したい。
 私が子どものころは、日本にはもっと希望があったと思うんです。アメリカで『Japan as Number One』という本がベストセラーになり、時価総額ランキングにも日本企業がずらりと並んでいた。
 それが今は、グローバルの見本として日本企業が引き合いに出されることは、ほとんどなくなりましたよね。経済ニュースのトップページは今や、暗い話題ばかりです。
 一つ印象に残っているエピソードがあるんです。Repro創業時に金銭的余裕もなく、学生インターンを雇っていました。優秀な学生ばかりでしたが、将来の夢や目標を聞くと、誰ひとりとして答えが返ってこなかった。みんな「厳しい時代だから、生き残れるように実力をつけたい」と言うばかりで。
 その瞬間に、「この状況を何とかしなければ」と強く思いました。僕も子どもが3人いますが、若者が夢や目標を語れない国が、良い国だとはどうしても思えないんです。
 そのためにまずはReproが、グローバルNo.1企業になる。そうすればReproに続きたいと夢を持てる若者が、出てきてくれるんじゃないかと思うのです。「平田にできるなら、俺にもできるはずだ」という風に(笑)。
 そんな想いで創業から6年間、無我夢中で走り続けてきました。日本企業のマーケティングの課題を徹底的に解決しながら、日本企業としてグローバルトップを目指し、これからも全力でコミットしていきます。
(取材・編集:金井明日香、構成:杉山忠義、カメラ:小島マサヒロ、デザイン:堤香菜)