【出口治明】小説『一九八四年』は、なぜ今でも本質的なのか?

2020/2/22
音声番組「未来の古典を読み直す」。
過去数十年内に刊行された、名著として長く読み継がれるであろう一冊を取り上げ、その現代的な意味をゲストと語り合う企画だ。
今回取り上げるのは、1949年に連合王国(イギリス)で初版が発行された、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』。
発行から半世紀、いまもなお読み手に衝撃を与え続けるこのSF小説を、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長を務める出口治明氏が解説する。
テクノロジーの発達によって、行動の全てがデータ化される現代を生きる我々は、本作品からどのようなメッセージを受け取り、何を学ぶべきなのか。膨大な読書量で知られる「現代の知の巨人」が語った。
<本書のあらすじ>
1984年、世界は「ユーラシア」「イースタシア」「オセアニア」の3つの国に集約されていた。舞台は「オセアニア」に属するロンドン。「ビッグ・ブラザー」に支配された監視社会で、人々の自由は抑圧されている。

主人公のウィンストンは「真理省」に勤務し、日々、歴史の改ざんを行う。社会のあり方に疑問を抱くウィンストン。同じ考えの女性に出会って愛し合うようになり、反体制の地下組織「ブラザー同盟」に引き寄せられていく。
*本記事は、音声番組「未来の古典を読み直す」から一部を抜粋、編集したものです。音声はこちらからお聞きください(マナーモードを解除してください)。

現実を反映したディストピア小説

──読書家として知られる出口さんですが、この『一九八四年』との出会いを教えてください。
出口 僕が大学に入学した1967年は、学生運動がさかんな時期でした。級友たちはよくマルクスやレーニン、スターリンの社会主義を論じていて、トロツキーの本も読まれていました。
そうした話の中で、連合王国のジョージ・オーウェルという人が全体主義国家をモデルに書いた『一九八四年』は名作だと聞いたので、社会人になって間もない1972年に翻訳版が刊行されたと知り、すぐに買って読みました。
出口治明(でぐち・はるあき)/立命館アジア太平洋大学 学長
1948年生まれ。1972年、京都大学法学部を卒業後、日本生命保険に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。2006年、生命保険準備会社を設立し、社長に就任。2008年、ライフネット生命保険を開業。社長、会長を務めた後、2018年より現職。読書家として知られ、これまでに読んだ本は1万冊以上。歴史や宗教、哲学に造詣が深く「現代の知の巨人」と称される。2019年の著書『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)がベストセラーに。
──読んだ印象はいかがでしたか。
とてもよくできたディストピア小説だと思いました。と同時に、「12年後に、もしこんな世界になるなら未来は暗いな」というのが、最初の感想でした。
──小説の中の監視社会が、現実にやってくるかもしれないと思ったのですか
「こうなったら嫌だな」とは思いつつも、現実感はありませんでした。ただヒトラーやスターリン下の世界では、こういうことが起こり得るのかなとは思いましたが。
僕は1948年の生まれで、防空壕の掘り跡など、第2次世界大戦の名残がそこかしこに見える時代に育ちましたから、作中の世界はナチスやスターリンの体制と重なって感じられました。当然、作者のオーウェルも、第2次世界大戦中の世相から構想を練ったはずです。

オーウェルが描いた「逆」の社会

──では小説の中身に入っていきます。作中では、世界は連合王国やアメリカ大陸を含む「オセアニア」、ソ連からヨーロッパ全体を占める「ユーラシア」、日本も含む中国を中心とした東アジアの「イースタシア」の3国に集約されています。本作の舞台であるロンドンは、オセアニアの一都市という設定です。
タンジール、香港、ブラザヴィル、ダーウィンを四隅とする四角形の近辺のグレー部分の地域は、どの国の領土でもない(小説の記述をもとにNewsPicksで作成)
ロンドンのあるグレートブリテン島は、「オセアニア」の最前線として「ユーラシア」に面しています。第2次世界大戦中にチャーチルが抱いた「ソ連がヨーロッパを覆いつくすのではないか」という懸念を、オーウェルも持っていたのでしょう。
「オセアニア」の構成を簡単に説明すると、上に少数の支配者層がいて、その下に手足となって働くインテリ層の「党員」がいる。そしてその下には、大多数の国民「プロール」と、ピラミッド型の社会になっています。