【葉村真樹】僕は「僕を必要としない」世界を作りたい

2020/2/21
現代社会で継続的に成果を出し続けるビジネスパーソンは、どのようなマインドセットを持って日々を過ごしているのか。ハイパフォーマンスを実現するカギは、自分自身が「中庸」であり続けること。つまり「ニュートラル・ゾーン」の状態を作ることだ。

東京都市大学で都市研究を行い、未来都市研究機構機構長の葉村真樹氏は、これまで、シンクタンク、広告代理店、IT企業の要職を経て、現在のポジションに就いた。

関連性のない業界でキャリアパスを経てきたように見えるが、これには一貫した信念があるという。葉村氏はその信念をもって何を実現したいのか。そして、信念を貫くためになぜ「ニュートラル・ゾーン」が重要なのか、お話を伺った。

都市にソリューションを提供すること、その一点で仕事をしている

 Google、Twitter、LINE……。国内外の名だたるIT企業で、主に「戦略」に携わってきた葉村真樹氏。現在は、東京都市大学総合研究所・大学院総合理工学研究科の教授として、その活躍の場を大学に移している。
 現在の研究テーマは「都市のデジタル・トランスフォーメーション(UDX)」。葉村氏は同学内にある未来都市研究機構・機構長として産官学共同の研究を推進している。
 高度経済成長期に構築されたハードやソフトがエイジング(高齢化)し、その更新や刷新の必要性に迫られている日本は、他の先進国が将来抱える課題を一足先に引き受けた「課題先進国」でもある。
 葉村氏は都市が抱えるこの課題に対し、都市のデジタルトランスフォーメーションによって、解決につなげることを目指している。
「さまざまなキャリアを経て、現在は東京都市大学へ赴任することになりましたが、僕の中での軸はほとんど変わっていません。
 もともと、大学時代は都市計画について勉強していて、すべての問題が最終的には都市に集約するということを知りました。たとえば、この東京都市大学がある世田谷区であれば、待機児童問題も都市における問題という文脈で語れるでしょう。
 だから、都市にまつわる、大小さまざまな“しがらみ”を解決したいという意識を常に持ち続けています。専門分野は特に関係ないと思っていて、僕は最終的なソリューションを提供できる役でいたいだけなんですね。
 つまりそのソリューションに必要なものを求めて、自分の居場所をこれまで変えてきた、ということです。たとえば、最初はシンクタンクに入って、中央省庁を相手に『どうすれば街に人を呼び込めるか』みたいな仕事をしていました。
 すると新しくビルを建てて、人をそこに呼んで……みたいな話になる。でも、それって『ちょっと違うよなあ』と思うようになって。であれば、ハコではなくて、仕組みを変えて人を集めることを考えてみよう、と。つまりはマーケティングです。
 それで、シンクタンクを辞め、マーケティングのイロハを一から学ぶために広告代理店に転職しました。すると今度はブランディングがマーケットを動かすことに気付く。ブランディングによって、全然人が集まらなかったところに、人を呼び込めるようになったりするわけです。
 というふうに、さまざまなキャリアパスを経てきましたが、あくまで僕は都市にどのように価値を付与していけるか、ということを考えているんです」(葉村氏)

僕がいなくても、社会が循環していくような環境を作る

 その後、「正直、苦手でした(笑)」というTwitterやLINEなど、現在も大きなムーブメントを起こし、市場のメインプレーヤーともいえるIT企業に身を置くことになる。
 このキャリアパスも、先述した葉村氏の一貫した思いとつながっている。
「一人の人間は小さいですよね。つまり、一人では社会に対してレバレッジを利かせにくいということです。
 だから、IT企業が起こすムーブメントの中に自分が入り込むことができれば、もう少し容易に社会や都市に対してレバレッジを利かせると考えていました。
 IT業界と聞くと、『IPO(新規上場)して、エグジットして、お金持ちになりたい!』みたいな話もあるのですが、先ほどお話ししたように、僕にとっては社会にソリューションを提供していくことが重要なのです。
 そのために、自分の目指すべき目標は「僕がいなくてもいい社会」をつくることだと常々考えています。
 これは一貫して変わらない僕の美学です。なぜなら自分が死んだとしても、僕が伝えたことや残したことは生き続けるわけですから。
 いつも考えているのは、僕がいなくても社会が循環していくような環境を作ること。自分ではない誰かが、きちんと社会を回していけるような状況を整備していくことです。
 人間って、たぶん“リレー”みたいなものだと思うんですよ。リレーって、前に進むためにバトンをつないでいかないといけませんよね。
 最前線で『まだまだやれる!』と思いながら、ずっと自分が走り続けるのもいいんですが、誰しもいつかは速く走れなくなるものです。
 その時、本当は既に自分が他の人から抜かれているのにもかかわらず、気付かないふりをして、バトンを渡さずに走り続けることだけはしたくないんです。
 この時点になると、自分の役目は走り続けることではなく、走る道を整備しておくことだったりするわけですから。
 年齢を重ねていくと、現在の価値を守ろうとしがちです。でもそんな状態だと、価値がないところに、価値があるかのように見せかけてしまうだけの話にもなりかねない。
 だから、常に価値を出していく場所を探して、一番価値を出せるところに、自分をはめ込んでいくということがすごく大事かなと思います。
 ある程度社会の最前線で働いてきたのであれば、一度立ち止まって、これまでの社会や歴史の成り立ちを、俯瞰してみる。
 そして、その文脈を捉えた上で、ヒット&アウェイみたいな感じで、インパクトを与えられる場所を探す。その結果として世の中が変わるとしたら、素晴らしいことですよね」(葉村氏)

「自分のあたりまえ」は「他人のあたりまえ」ではない

 社会が絶えずアップデートを繰り返す中で、知識や自己変革が求められている時代。葉村氏はどのようにして、ニュートラルな視座で社会を見たり、自分自身を俯瞰したりできるのか。
「いろいろな業界にいたからかもしれませんが、『自分のあたりまえ』=『他人のあたりまえ』ではない、ということに気付いたことが大きいと思います。
 もちろん、壁にぶち当たった経験はたくさんありますが、それが良かった(笑)。そのたびに『あたりまえがない』というところからスタートするしかない、と考えるようにしています。
 怖いのは『自分はあたりまえにとらわれていないし、自分はきちんと他人の話を聞いて、新しい話もよく知っていますよ』と思ってしまうこと。それこそが認知バイアスを引き起こします。
 僕の場合は、好奇心がすごく上手に機能しているのか、常識というものにとらわれずに済んでいるのかもしれません。否定から入るのではなく、ありのままに見て考えることが重要なのではと思います。
 でもよく考えれば、社会を歴史という視点で見ると、かつては『正解』だったものが『否定』されることはよくありますし、逆もまた然りですよね。つまり、万物は流転していく。
 人類の歴史において『是』と『非』は常に背中合わせです。その認識をもって、自分が古い側の人間になったとき、新しい人はどう考えているのか、ありのままに好奇心を持ち続けることが必要です」(葉村氏)

KGIはファンダメンタルが整わなければ設定できない

 高い視点から、自分や社会を見つめられる理由はもう一つある。それは、年齢を重ねてきたことによる気付きと、子どもの存在が強く影響しているという。
「年齢を重ねれば、重ねるほど、自分の人生は自分のものだけではないと気付くんですよね。会社でも同じで、部下がたくさんいるなら、当然自分本位ではいられません。
 データでたとえるなら、時系列データとクロスセクションデータ。年齢である時系列データが重なっていけば、人生で関わる人のクロスセクションデータが増えます。
 特に子どもはその象徴的な存在で、僕が死んだ後もその子は生きていくんですよね。やはりDNAにプログラムされたものなのか、守りたいという思いが強くなる。
 どんな動物だって、必死に自分の子どもだけは守ろうとする。アフリカにいる象を見ていても、子どもの象が溺れそうになっていたら、みんなで助けようとしますよね。
 だから、仕事でも私生活でもさまざまな人が関わってくる中で、100%のパフォーマンスを出せるようにしないと、多くの人に迷惑をかけることになります。
 そのためには、日々の食生活・運動・睡眠といったファンダメンタル(身体の健康を保つ基礎的要件)が重要。目指すべきKGIも、ファンダメンタルが整っていなければ実現できない。
 これからの時代は、お互いがお互いに影響を与える機会が増えるからこそ、基礎を整えなければならないという自覚を持つことが必要です。そうしなければ、社会にソリューションを提供するなんて難しいと思いますから」(葉村氏)
(編集:海達亮弥 執筆:岡本尚之 撮影:玉村敬太 デザイン:黒田早希)