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「設問者が聞いているのは、著者の私の本当の考えなどではない。

いまここに出されている問題文から何を読み取れるか、それを問うているのである。

著者であろうと、自分の勝手な考えを書いても(選んでも)正解にはならない。

文章を書いた本人であろうと、問題を解くなら、いまいちど問題文を精読するしかない。」


「作者であっても正解できない問題を出すなんて愚問だ」とする論を展開される方もいらっしゃる中、よくぞおしゃっていただいたと思います。私もこの意見に賛成です。

これって、コミュニケーションやプレゼンテーション全般に言えることだと思っています。「どういうつもりで言ったか」「どのような意図があったか」「どういう気持で言ったか」ではなく、「相手にどう伝わったか」「相手にどう理解されたか」「相手をどのような気持ちにさせたか」が重要なのだと思います。
「類推の禁止、想像の禁止」「書かれている文章だけから分かることを答える」というのは,説明文についてはまったくもってそのとおりだと思うのですが,物語って書かれている文章の行間にひそむあれこれを想像するのが楽しいですよね.なので,個人的には物語文について試験問題としてあれこれ聞かれるのはあんまり好きではないです.そこは解釈の幅があってもよくない?と思ってしまう派.

あと,最近息子の国語の文章の問題とか見ていて感じるのが,大体主人公がちょっと素直じゃないんですよねぇ.親に不必要に反発して問題を起こしたりする.なんかいまいち共感できないタイプの文章が多くて気になってます.(が,そういう感情の起伏があるタイプの主人公じゃないと設問ができない)
学生時代から個人的に疑問視していた国語のテスト。「著者が一番伝えたいことは何であるか…?」という設問は、正解が一つなのか?と思っていたし、状況が変われば一番伝えたいことなんて変わると思っていたので、国語テストで問われる読解力を疑問視していました。しかも、著者本人が既に他界されている場合、"本当に伝えたいこと"を確認もできないものをテストに用いるなんて…、読解力を確認するテストとして全く適していないと思っていたので、非常に面白い内容でした。多くの場合、本当に伝えたいことは文章として綴られていないと思う。物語りの世界に没入して、"あれこれ"思考を巡らせることが一番の"学び"があると思う。
ふと、過去の現代文解くときに感じてたことを言語化してくれた感じ。例の方法にも通じる感じ(記憶も定かでないけど)。

類推、想像禁止というのは、少なからず世の中あること。仕事でのコミュニケーションでも、事実と感想(類推や想像)は分けて伝えるべきものですし。
これは面白かった。大昔、駿台予備校でも、そういう風に教わった。
ただ、であれば、なんで、AIが苦手なのだろう?
だからPISA(2018)で読解力が11/37位と低迷してるのでは

OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)[萩生田文部科学大臣コメント]
https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/02_oecd.pdf

>>> 本日、経済協力開発機構(OECD)が 2018 年に実施した「生徒の学習到達度調査(PISA)の調査結果」が公表されました。

今回の調査結果によると、数学的リテラシー及び科学的リテラシーは、引き続き世界トップレベルですが、読解力については、OECD 平均より高いグループに位置しているものの、前回 2015 年調査よりも平均得点及び順位が低下しています。

今回の中心分野として詳細な調査が行われた読解力については、低得点層が増加しており、学習指導要領の検討過程において指摘された、判断の根拠や理由を明確にしながら自分の考えを述べることなどについて、引き続き、課題が見られることも分かりまし
読解問題は、想像・類推禁止で「言い換え」を見破るゲーム。
それを鍛えるのは「運動部の練習のようなもの」。
中高の先輩、堀井さんに納得する部分、あります。
ぼくも自分の文章が出題されたけど、作者の意図の問い、回答間違えましたw 
でも、それを超える表現力などを問う問題を作るのは難しいですよねぇ。
これから問われる能力と、入試という形式とが合わなくなっているんだと思います。
面白かったです。
現代文の問題を解くときや、仕事で規程等の文書を読む(チェックする)ときって、自分の勝手な先入観や外部情報を脳からとにかく遮断して、まっさらな状態で文章の海の中にダイブするイメージで取り組むので、「息ができない水の中をゆっくり歩いてるような感覚」というのはちょっとわかるかも。