仕事中の「ひと休み」を革新する新デバイス「ston」開発秘話

2019/12/4
 コーヒーやガム、エナジードリンクやサプリなど、職場のデスクなどで気分をリフレッシュする方法を根本から見直し、新たな「ひと休み」の方法を提案する。こんなコンセプトで開発されたのが、12月に発売される「ston(ストン)」というデバイスだ。
 もうひと踏ん張りしたときには爽やかなミントフレーバーでカフェイン配合の「POWER」、気分を落ち着かせたいときにはココナッツフレーバーでGABA配合の「CALM」。2種類のリキッドを気化させて吸い込むことで、気軽に気分転換ができるという。その開発に携わった3人に、話を聞いた。

働き方が変われば、「ひと休み」のカタチも変わる

── 「ston」の開発は、どんなコンセプトで始まったんですか。
菅沼辰矢 最初に「ひと休みをアップデートする」という目的がありました。というのも、今の時代は変化が激しく、組織にも市場にも次々にイノベーションが起こっています。僕自身、NewsPicksのヘビーユーザーなのですが、毎朝アプリを開けば、世界のどこかで何かしらの革新が生まれています。
 イノベーターにより様々な革新が社会実装され、人類がより豊かになる。それ自体は素晴らしいことだと思います。でも、一方で「イノベーションはパンドラの箱」のようなものだとも思っていて。箱の底にある革新という希望を手にするために、イノベーターはありとあらゆる試練に立ち向かわなくてはなりません。
 毎日心が折れそうになるし、諦める理由も山ほどある。そんな時、自分の気持ちを切り替え、諦めず希望を追い求め続けられるかどうかが成功と失敗の分岐点になる。
 その気持ちを切り替えるための手段が「ひと休み」であり、それをアップデートしたら働き方もより良くなるんじゃないか、そして何より「僕が欲しい!」という思いからスタートしました。
── それが、ブリージングデバイス(経肺摂取)になった経緯は?
菅沼 実は、最初はエナジードリンクをつくろうとしていました。「ひと休み」に最適な素材を世界中から探し、それを配合したこれまでにないエナジードリンクをつくろうと。
 僕自身が、デスクで1日に何本もエナジードリンクを飲んで、ひと休みして気持ちを切り替えながら働いていたんです(笑)。
 でも、ある時ふと思ったのが、仕事中に気持ちを切り替えたいときにも色々な状況があるなと。だから、シチュエーションにあわせて中身を交換でき、持ち運びも可能にしたかった。
 そこで見つけたのがブリージングデバイス(経肺摂取)です。これなら持ち運びも簡単だし、カートリッジを入れ替えることもできる。
── 「ston」のデザインは、どのようにつくられていったんですか。
太刀川英輔 ちょうど菅沼さんたちが新しい吸引デバイスのためのプロダクトとブランディングを担うデザイナーを探されていたときに、ご縁あってこのプロジェクトに参加しました。
 まず興味を引かれたのは、彼らが掲げる「ひと休みをアップデートし、新しい体験を生み出す」というコンセプトでした。
 つまり、コーヒーやエナジードリンクの代わりになるような、新しい休憩方法を提案するプロダクトをつくろうというお誘いだったんです。
 菅沼さんたちが掲げた「ひと休みのアップデート」に向けてディスカッションをしていくうちに、「深呼吸のアップデート」というコンセプトが浮かび上がってきて、それを軸に「BREATHER(息抜き、休息)」というコンセプトを提案しました。
 彼らの思いを伝えやすい言葉だったので気に入っていただいて、それが社名になっています。
「深呼吸をアップデートする」という点に立脚することで、これまで存在しなかったモノをつくることができたんです。
菅沼 色々なデザイナーさんを当たったところ、皆さん形としてはかっこいい案を出してくださったんです。でも、バックボーンとなる哲学まで一緒にデザインしてくれる人が望ましいということで、太刀川さんにお願いしました。
 この石のような形には、機能や見た目の美しさだけでなく、彼と一緒に考えたコンセプトが表現されています。

コンセプトからデザインするということ

── 「ston」はなぜ石型になったんですか?
太刀川 僕は「進化思考」というメソッドを提唱していて、これは簡単にいえば「生物の進化のプロセスを創造的な発想やイノベーションに応用しよう」という考え方なんです。
 生物の形態は周囲との関係性によって決まるし、また環境の変化に応じて変異する。いわば「関係→変異」の繰り返しなのですが、デザインも同じで、まずはそのモノと周囲の関係を理解する必要があるんですね。
 じゃあ、このデバイスは通常どこに存在しているか。たぶん、ポケットの中に入っているんですよ。そして、使用者が「ひと休み」したいときなどに、ポケットから取り出される。そういう場面に違和感なくフィットするデザインが、一つの答えになる可能性があります。
 また、進化思考には「擬態的思考」すなわち「何に似ているべきか」を考えるプロセスもあります。それらを探っていくなかで10種類以上試作した結果、この石型のデザインに辿り着いたんです。
 リフレッシュできる場所を洗い出していたときに、やっぱり森の中や高原、河原が浮かんでくる。だからデザインも、人工物だけれど自然との接点が感じられるところまで追求したくて、河原でちょうどいいサイズの石を探して拾い集めたりして。
御神村友樹 ただ、これをプロダクトとしてつくるのは、本当に大変でした(笑)。細かい話は省きますが、内部機構をこのサイズまで小型化し、かつ金型プレス加工でこの形にするには、非常に高度な技術が要求されるんです。
太刀川 例えば、普通にプレスすればパーティングライン(プレス時に発生する凹凸)が出てしまうんですけど、そうなると途端に“石”としての存在感が薄れて、いかにもデバイスっぽくなってしまう。
 だから「できることならパーティングラインをなくしたい」とお願いしたところ、「なくしましょう」と言ってくださって。
御神村 やっぱり太刀川さんがデザインする意図に共感できたので、僕らとしてもなんとか実現させたかった。それに、エンジニアの方々も、難しい要求に対して逆に燃えたところがありましたね。
太刀川 このプロダクトのもう一つのテーマは、「マインドフルネス」だったんですよ。だからある意味、禅やヨガにおける瞑想みたいな感覚に通じるプロダクトにしたくて。例えば「ロックバランシング」ってあるじゃないですか。
iStock / stereostok
── 河原などで、ちょっとあり得ないバランスで石を積み上げていくアートですね。
太刀川 そう。積み上げるときにかなりの集中力が必要で、瞑想っぽいんです。石の形もそこからインスパイアされたところがある。特に充電器にそれが表れているかもしれません。
「ひと休み」することでマインドのバランスを整えるというメッセージを、デザインからも発したかったんですよね。

パリコレでのトライアルも好評

── ちなみに「ston」という名前はどうやって決まったんですか?
菅沼 石(stone)の形をしているのと、「胸にストンと落ちる」という言い回しがあるじゃないですか。そのダブルミーニングなんですけど、「ストン」という響きが、このデバイスによって得られる体験を音で表しているようにも思えたんです。
── 使い方は?
菅沼 「ston」本体にカートリッジを差し込んで使用します。カートリッジは2種類あって、もうひと踏ん張りしたいときには、ミントフレーバーでカフェイン配合の「POWER」を、逆に気分を落ち着けたいときには心安らぐココナッツフレーバーでGABA配合の「CALM」がおすすめです。
 9月には、パリコレ(2020春夏)のバックステージでモデルさんたちに「ston」を使ってもらいました。
 パリコレって、1ステージが約10分。1人のモデルがランウェイを歩くのは、たった20秒しかない。そこに向けて膨大なお金と時間が投資されているので、モデルの皆さんの張り詰め方って凄まじいものがあるんです。
 まさに、「POWER」と「CALM」を体験してほしい状況だったので使ってもらったんですが、狙い通り好評を得て、手応えが感じられました。
御神村 僕は朝イチに「ston」を吸ってから仕事をするのが習慣になっています。
「今日は何をしなきゃいけないんだっけ?」「やることいっぱいあるな」と追われていると、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっているんですよね。先ほど「深呼吸のアップデート」という言葉が出ましたが、これを使うと呼吸の仕方に意識が向くんです。
太刀川 「ston」を吸引するとLEDライトが光るのですが、その発光時間も長めにしています。光っている間は、息を吸い続けてもらいたいんです。呼吸は脳に酸素を送る重要な行為ですから。
菅沼 そこが、いわゆる既存のネブライザーや電子タバコ的なデバイスとの決定的な違いでもあります。
 液体を気化させて吸い込むという機構は似ていても、コンセプトやそれによって得られる体験がまったく異なります。この体験を表す名前もなかったので、太刀川さんと我々でBreather(ブリーザー)と名付けました。
 また、「ston」は吸い方によって蒸気を見えにくくする()こともできるという利点があります。様々なシーンで気軽に使ってもらいたいんですよね。
※ステージ照明などの強い照明の下では蒸気が見えることがあります

イノベーションをカタチにするために必要なこと

── 新しい体験をつくるというのは簡単ではありませんよね。なぜ「ston」を実現できたと思いますか。
菅沼 一つは、「ひと休みをアップデートする」というゴールを明確にしたこと。
「ston」を実現するために、製薬企業・大学・民間試験機関・電機メーカーなど、ライフサイエンスからエンジニアリングまで領域の異なる数十社にご協力いただきました。
 専門性も文化も異なる企業群で、まだ世の中にないものを創りだすためには、目指すべき体験を定義して、ブレず、見失わないようにすることが肝要です。
太刀川 僕は2年以上もこのプロジェクトに関わっているのですが、菅沼さんたちのコンセプトがブレずにあり続けたことが、道標になっています。「ひと休み」はアップデートされたほうがいいし、それをサポートするよりよいデバイスがあるはずだと。
 それはどんな形かわからないし、まだ名前すらないけど、きっとあったほうがいい。それが共有できていれば、いつでも答え合わせができるんですよ。
 何かを提案するときに「それは『ひと休みをアップデートする』という目的に適っているか?」と自問できる。あるいはデザインや名前を選ぶときも「より『ひと休み』に適しているのはどれか?」という基準で選択できる。そういう、目的に共感することがプロジェクトの起点になります。
御神村 ゴールは決まっていたけれど、そこに向かう道は必ずしも一つではない。デザインも複数の案を試しながら選択を繰り返してきたんです。
太刀川 それも重要で、デザインってたった一つの最高のアイデアが、あるとき閃光のように降りてくるように思われがちだけど、実はそうじゃないんです。
 ダメかもしれないアイデアでも、思いつく限りたくさんイメージしていくなかで、その時々のデザインをラフにでも可視化するのはとても大切なこと。そのなかで生き残る傾向がつかめてくる。
 いいアイデアというのは生物の進化と同じで、多様性と自然淘汰によって最適なものが残っていく。複数の選択肢を検討する過程で、アイデアは育てられるんですよね。
御神村 目指すゴールに向けて正しい道を選び続けるのって、相当にタフな作業なんです。先ほどのパーティングラインの話みたいに、技術的に楽なほうとか、より低コストなほうへ逸れていきやすいから。
 でも、ゴールが明確で、そこに至る可能性が見えたら、あとはとにかく諦めない。がんばるしかない。
菅沼 もう気合と根性でね(笑)。そういうときこそ、「ひと休み」が大事です。ちょっと休んで気持ちを切り替えられるか否かが、踏ん張れるかどうかの分岐点になる。
 この「ston」が皆さんの「ひと休み」をアップデートするとともに、これから起こるであろう様々なイノベーションの一助になれることを願っています。
(編集:宇野浩志 執筆:須藤輝 撮影:大橋友樹 デザイン:砂田優花)