どんなに成功していたとしても、私たちは自分の仕事を投げ出したい日がある。退屈を感じ、創造性が枯渇したと感じて、仕事への熱意を失ってしまう。週末までの時間を数えて、長い通勤時間に憂鬱になってしまう。
自ら仕事を得て働く私たちがこうした後ろ向きの反応を示すようになるのは、挑戦する気がないからではない。やる気を出したいと思っており、仕事に意味を見いだしたいと思っている。仕事にうんざりしてしまうのは、モチベーションの問題ではない。生物学的な問題だ。
労働しているとき、ヒトの脳にある「探索システム(seeking system)」と呼ばれる部位は働くことができない。これは「世界を探索したい、周囲の環境について学びたい、今置かれている状況に意味を見いだしたい」という自然な衝動を生み出すもので、この探索システムの衝動に従うと、動機や喜びに関わる神経伝達物質ドーパミンが分泌される。
私たちの祖先がアフリカの先まで探検しようと思ったのも、探索システムのおかげだ。私たちが夜明けまで趣味に興じるのも、あるいは、ただ興味があるという理由で、新しいスキルやアイデアを探し求めるのも、探索システムに後押しされているためだ。

近代の経営手法は、どのように仕事から活気を奪ったのか

探索し、実験から学習する。私たちは本来その喜びえようとしてきたし、現代の仕事でも同様だ。問題は、現代企業が、人の探索システムを活用するようにつくられていないことにある。産業革命によって近代の経営手法が生まれたとき、意図的に「学びたい、探索したい」というヒトの自然の衝動を抑えるよう設計されたのだ。
評価と監視によって数千人を「コントロール」できる官僚主義的な経営手法によって、経営者は、従業員を狭い範囲の仕事に集中させる必要があった。こうしたルールは生産性と信頼性の向上につながったが、従業員の自己表現や、実験して学ぶ能力、最終製品とのつながりは抑制されてしまったのだ。
残念ながら、産業革命時代の遺物の多くは、今も残っている。大きな組織はほぼ例外なく、競争力や品質、法令順守を過度に追求しており、従業員が実験したり、専門化した役割から飛び出したり、独自のスキルを生かしたり、自分の仕事の最終結果を見たりするのが難しくしているのだ。
人はこうした条件下で働くと、用心深さや慎重さ、不安が増していく。楽しさを感じたい、創造的になりたいと願ってはいるのだが、そのうち、すべてが面倒に感じ始める。そして、抑うつ症状が現れる。頭痛が頻発したり、朝起きて仕事に行くのがつらいといった症状だ。そのうち、現在の状況は変えられないと考え始め、仕事に対する感情的つながりを失う。

「つまらない」全時代の仕組みを続ける必要はない

「仕事がつまらないな」と思うのは、進化によって獲得した性質であり、1つの機能だ。「われわれの潜在能力が無駄遣いされようとしている、自分は無駄遣いされつつある」と察知することは、適応性無意識の一部なのだ。
感情神経科学の先駆者である故ジャーク・パンクセップは、端的にこう表現している。「探索システムが活性化していないとき、不満で頭がいっぱいになってモチベーションは全く上がらなくなる」
産業革命時代には、官僚的な経営手法は合理的で効率的だと考えられていた。しかし、今は状況が異なる。組織は、史上最大級の変化と競争に直面しており、年を追うごとに、変化のペースは急速になっている。組織はかつてないほど、従業員による革新を必要としている。
顧客が何を求めているかについて、組織は従業員の洞察を必要としている。組織は、テクノロジーをベースにした新しい働き方を必要としており、リーダーよりも従業員の方がそのテクノロジーに精通している。組織は生き残り、適応し、成長するために、従業員の創造性と熱意を必要としている。

従業員の探索システムを活性化するために

組織の構造をいまから徹底的に再構築する必要はない。従業員が自分の強みを生かし、実験し、目的意識を感じるよう促す、ちょっとした介入があれば、従業員の探索システムを活性化させることは可能だ。
従業員の探索システムを活性化し、意欲を高めるコミュニケーションのキーワードは「自己表現」「実験」「目的」だ。
自己表現:自分はどのような人間か。自分はどのようなときに力を発揮できるのか。同僚がそれを理解してくれているほど、私たちは職場で自分らしくいられる。
従業員が自分の強みを生かすことができるよう、本人に仕事の内容を考えさせることも効果的だ。従業員が仕事の内容を見直し、自分の肩書を考えたら、雇用主はその肩書を自己表現として認めよう。リーダーは自分のチームに対し、メンバーそれぞれの個性についてオープンに話し合い、メンバーの視点をチームの意思決定に反映させるよう促すことができる。
これらは、従業員がビジネス環境という基準のなかで、自己概念の重要な部分を生かせるようにするための、科学的証拠に基づく手法だ。
実験:「好奇心が重んじられる企業文化」をつくろう。組織のなかで自分の関心や強みを自由に追求できると従業員たちが感じられる企業文化は、柔軟な思考の強化につながる。製品やサービスが改善するだけでなく、従業員の意欲や熱意も高まるだろう。
目的:目的は個人的、感情的なものであり、リーダーが他者に植え付けるのは難しいかもしれない。それでも、従業員の強みを企業の成長に結びつける手伝いをリーダーが行い、仕事により大きな意味を見いだしてもらうのは不可能ではない。
自分の行動の理由を知り、それを心から確信したとき、私たちの回復力と持久力は高まる。現状について、あるいは、どうすればうまくいくかについて、自分のチームと深く考えられたとき、私たちは目的意識を持つことができる。
活性化した探索システムは、私たちの意欲や、心身の健康に長期的な影響をもたらす。自らの探索や実験が奨励される環境で働き、生きているとき、私たちはより幸福になり、健康になる。それこそ、私たち全員が望んでいることだろう。
※この記事は、Quartzが『脳科学に基づく働き方革命 ALIVE at WORK』(邦訳:日経BP社)の内容を抜粋したものであり、本サイトへの掲載にあたり、出版元である「Harvard Business Review Press」の許可を得ている。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Daniel M. Cable、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:PeopleImages/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.