人間とは、やるべき事をぐずぐず先延ばしにする生き物である。
もちろん、例外の人もいる。だが大半の人は人生における何かしらの側面(家庭、仕事、恋愛、または健康)でいつも物事を先延ばしにていることを自覚しているはずだ。
先延ばしの歴史は人類が誕生したときから始まったとされるほど古い(古代の哲学者らがこの問題に取り組んでいたことを示す記録がある)。そのため、それだけ根の深い人間の悪習について、いくつかのライフハックをここで教えても効果はないだろう。
私たちはライフハックが大好きだが、そうした生活術が役立つのは、先延ばしをささいな症状として捉えた場合だけだ。たとえば、クッキーの瓶を隠すというハックは、ダイエット中の人の助けになるだろうが、その人の食習慣を根本的に改善することには役立たない。
そこで、ここでは簡単なハック術に加えて、あなたの先延ばし癖を直すための包括的なアプローチを合わせて提言していく。

①(小さな)第一歩を踏みだす

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小さな小さな第一歩を踏みだすことが先延ばし癖を直すのに役立つことは証明されている。ハードルをできるだけ低く下げれば、いま楽をするために先延ばしにするという誘惑に打ち勝てるというわけだ。
カナダ・オタワのカールトン大学で先延ばしの研究をする心理学者ティム・ピチルのチームが学生たちを対象に実験を行ったところ、「彼らはいったんタスクに取りかかれば、たいしたストレスを感じることもなく遂行し、楽しんでいる様子さえ見られた」という。さらに学生たちからは、「なんで先延ばしにしていたのか分からない」「もっと早くにやっておけば、もっとうまくできただろうに」などの声も聞かれたという。
ピチルは最初の小さな一歩の効果について次のようにアドバイスする。
たとえば、運動のためにオフィスでは階段を使うと決めた場合、最初は1階分だけ階段で上ることにしよう。そうすれば、2階分、3階分と上り続けることができるだろう。
書かなければならない推薦状がある場合、まずはパソコンを開いて、推薦状を依頼してきたメールを再読し始めるだけでいいと、自分に言い聞かせよう。結果として、その小さな一歩があなたに達成感を与え、さらに前に進む活力をくれるはずだ。

②時間だけではなく感情もコントロールする

先延ばし癖のある人がよく言うのは、「やる気になるまで待ったほうがいい」という理屈だ。
デポール大学(シカゴ)の心理学教授ジョセフ・フェラリはこの「私はXをやる気分ではない」論は悪循環に陥りかねないと指摘する。
アトランティック誌はこれを「破滅へのループ」と呼び、段階ごとに説明した。まず、「後でやろう!」から始まり、「いまの自分は生産性が低いな」に変わり、それが「多分このタスクを始めるべきだと思うんだけど…」になり、「でも今はうまくできる気分じゃないな」に直結し、結局は「後でやろう!」に戻る。
「気分ではないから」という理由で先延ばしにするのは、失敗してしまうこと、誰かを落胆させること、自尊心を失うことなどを恐れているからだと指摘するのは、英シェフィールド大学の心理学者Fuschia Siroisだ。先延ばしは時間管理の問題だと思っているかもしれないが、実際には「感情をコントロールできるかどうかの問題である」と、彼女は言う。
そのような失敗を恐れる後ろ向きの感情によって、人は目の前のやるべきこと以外の何かを探そうとしてしまう。それは熟考した上の判断とかいうものではなく、往々にして反射的な行動パターンである。
Siroisは、先延ばししている真の理由を見つめ、感情を制御することを勧める。具体的には、自分が直面している現状の見方を変えたり(心理学者はこれを認知的再評価と呼ぶ)自分がいま抱えている感情を言語化したり(ラベリング)することだという。
感情をコンロトールできる能力が高く、とりわけ不快感への対応力が優れている人は、物事を先延ばししない傾向にあることを示す研究もある。

③遅れタイプを分類しよう。それは本当に「先延ばし」?

人生における先延ばしを減らす簡単な方法の一つは、「実際には先延ばしが要因ではない遅れ」を再分類することだ。そうすれば、自分が抱える問題の本質が明らかになり、不必要なプレッシャーも軽減される。
遅れの要因はさまざまである。なかにはピチルが「賢明な遅れ」と呼ぶものもあるだろう。それは、たとえば、より多くの情報を集めるために、または必要な睡眠をとって頭をリフレッシュさせるために生じた遅れだ。
以下はピチルがかつて指導していた学生が作った「遅れの分類法」である。
【不可避な遅れ】
:過密スケジュールまたは家族の緊急事態などによって仕方ない場合に起きる

【興奮の遅れ】
:ギリギリになってからやるプレッシャーを楽しむ人がわざと先延ばしにした場合

【快楽主義の遅れ】
:やるべきタスクではなく、目の前の楽しみを優先してしまった場合

【心理的な遅れ】
:深い悲しみを抱えているため、または心の病気のために遅れてしまった場合

【目的のある遅れ】
:たとえば、ライターが書き始める前に熟考する必要がある場合

【不合理な遅れ】
:説明し難く、往々にして恐れや不安が要因となっている場合が多い
(上記の分類は相互排他的ではない)
このような遅れのラベリングは重要である。というのも、対峙している「敵」のイメージが曖昧では打ち勝つことはできないからだ。
たとえば、創造力を必要とするプロジェクトを遅らせるときもあるだろう。そして、それを先延ばしと呼んでいるかもしれないが、実際には自分に考える時間を与えている、ひらめきを待っているだけである。
しかし、それを「生産的な先延ばし」と呼んだ時点で、本当の先延ばしになってしまうと、ピチルは論じる。なぜなら本質的に、先延ばしとは生産性を妨げるものであるからだという。
多くの人は、先延ばししたおかげでうまくいったことがある、と言うだろう。たとえば「先延ばしの達人」とされるブロガーのティム・アーバンによれば、かのレオナルド・ダヴィンチも同じように先延ばしをしてうまくいったのだという。
前述の分類法で言えば、「興奮の遅れ」または「目的のある遅れ」に価値を見いだしている人たちだろう。ただ、そのように意図的に先延ばしした場合、プレッシャーに弱い人は不安を悪化させかない。
ここで重要なのは、彼らは真の意味では「先延ばし癖のある人」に当てはまらないため、先延ばしがもたらす影響に対処する必要がないことだとピチルは指摘する。たとえば、職場でいつも仕事を先延ばしにしている人は、給与カットなどの結果を招くだろう。

④「構造化された先延ばし」を実践する

1996年、スタンフォード大学の哲学教授ジョン・ペリーは先延ばしの世界に素晴らしい贈り物を授けた。「構造化された先延ばし」というコンセプトである(のちに『スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考』〔邦訳:東洋経済新報社〕を上梓)。
具体的には、最も困難でありながら緊急性をともなうタスクを、やることリストの上位に置く。さらに、そのリストの残りを同様に重要でありながら、そこまでやるのが億劫ではないタスクで埋める。
先延ばし癖のある人はリストの上にあるものを後回しにするため、そこに最も重要なタスクを据えるべきだと、ペリーは言う。そうすれば、自分の癖を利用して、リストの下位にある、それなりに重要でやらなければならないタスクを片付けられるというわけだ。何かを先送りにした結果、ほかの重要なことにもまったく手をつけない状況より、よっぽどいいだろう。
たとえば、迫り来るプレゼンの準備を後回しにして何もしないでいるのではなく、散らかったデスク周りをせっせと片づけ始めるはずだ。
ペリーはまた、リストを「コーヒーを入れる」「アラームを止める」などの簡単なタスクで埋めることを勧める。そのような小さな達成感があなたの気分を高めるからだ。
ペリーはこの「構造化された先延ばし」を提唱したとき、次のように書いている。
「先延ばしする人は完全に誤った道をよく選んでしまう。彼らは、やるべきことを少なくしておけば、先延ばしせずに、すべを遂行できると考えがちだ。だがこのアプローチは、先延ばし癖の本質を無視したもので、その人のやる気をそいでしまう。
リストに書かれた数少ないタスクはすべて最も重要なものであろう。そして、それらに取りかかるのを回避する唯一の方法は、何もしないことである。これはまさしく怠け者への道だ。効率的な人間への道ではない」

⑤自分の未来へタイムトラベルする

新年の誓いを守れなかったとき、私たちはその原因を検証することをあまりしない。それをやったなら、自分が未来を想像したときに間違いを犯したと気づくはずだ。そのときの自分は、運動したりファイルの整理をしたりする負担なんてまったく感じないだろうと予想していたのだ。
「私たちは、明日の自分または翌週の自分はより活力にあふれ、このやらなければならないタスクを成し遂げる強い意志があるだろうと思ってしまうのです」と、Siroisは言う。「でも私たちはそんな短い時間で変わることはできません。それはさらなるストレスをもたらすでしょう」
カールトン大学(カナダ)の心理学研究者イブ=マリー・ブルーワ=フーダンは、未来の自分がよりはっきり見えるようにするためのビジュアル化エクササイズを開発した。毎日10分間行うことで、未来の自分はほぼ変わっていないと分かるようになるという。やり方は次のとおりだ。
まず、自分が最も先延ばしをやめる必要があると考えている分野やタスクを選ぶ。それから、未来の「締め切り」の時間になったときの自分を具体的に想像してみる。あなたはどこにいるか? 何を着ているか? どんな気持ちか? そのタスクに関して送られてきたメールにはなんと書かれているだろうか?
私たちには、過去と現在、そして未来を「見る」素晴らしい能力が備わっているのだから、使わない手はないとブルーワ=フーダンは言う。そのようにして過去と現在に基づく「未来の自分」を知ることができれば、先延ばしの抑制につながり得る。

⑥「もうどうでもいい」と投げ出さないように行動計画を立てる

もう先延ばしはしないと決意しても、予期せぬ誘惑の瞬間に襲われることもあるだろう。ついつい昔の先延ばし癖が顔をのぞかせるのだ。
たとえば、職場まで自転車で行こうと決めたのに、家を出ると雨が降っているのに気付いたとしよう。あなたの意志とやる気が崩れる瞬間だ。シェフィールド大学の心理学者トマス・ウェブは自身のブログで、これを「"もうどうでもいいや"効果」と表現する。「もうどうでもいい。明日から自転車で出勤するさ」という考えに陥ってしまうことだ。
とはいえ、ウェブによれば、そこに抵抗するチャンスはある。必要なのは、心理学者のピーター・ゴルヴィツァーが提唱した、行動を変えるメソッド「if-then」だという。
「if-then」とは、「もし~になったら…をする」と、あらかじめ行動計画を立てておくことである。このメソッドを使えば、自分がどんな向かい風に遭いそうか、それに対してどのような反応をするか、事前に考えることができる。
話を自転車通勤に戻すと、「if-then」計画があれば、雨に遭遇したときに諦めるのではなく、「自転車で道を走ったら、どんなに気持ちいいだろうかと即座に考えるはずだ」とウェブは指摘する。
ウェブによれば、行動変容の分野にはこのようなテクニックがたくさんあり、なかでも「if-then」プランニングが、意志の固さを守るには一番効果があるという。
また、誘惑に負けないために物理的あるいは心理的な環境に注意を払う効果もある。たとえば、もし携帯電話のバイブレーションを感じて、インスタグラムをスクロールしたくなったら、携帯の電源を切ると決めておくのだ(当たり前のように思うだろうが、私たちはきちんとできているだろうか?)また、もし同僚の気分に自分が左右されると感じたら、その同僚と距離を取ることにすると決めておけばいい。

⑦自己批判に陥らない

ネガティブな感情はやる気を駆り立てることもあるが、そんなときばかりとは限らない。恥や恐れなどの悪い感情にどっぷりつかっていると、状況を客観視できないと、Siroisは言う。
「先延ばし癖のある人が罪悪感を覚えるのは、いま先延ばししていることについてではなく、過去に先延ばしにした数々のことについて罪悪感に襲われているからです。だから過去のネガティブな感情を思い出し、それらすべてを回避したいという気持ちになってタスクを後回しにするのです」
自分を許したり共感したりすることにより、自滅的な感情に襲われないようにするトレーニング法はあると、Siroisは言う。
たとえば、先延ばしをして嫌な思いをした過去を思い出したとき、友人に手紙を書くようにメモを書き留めるという方法がある。その友人がやったことは、人の道に外れたものでも弁解の余地がないものでもないと、説得するように書くのだ。
「私たちは自分よりも、苦境にある他人に対して優しくなります」とSiroisは指摘する。「人間は皆、本質的に自己批判的なのです」
ただ、自分にこんな言葉をかければいいのだと、Siroisは言う。
「大丈夫。あなたは先延ばしをした最初の人間でもないし、最後の人間でもない」
(執筆:Lila MacLellan January、翻訳:中村エマ、写真:GOSIA HERBA)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with HP.