「働き方改革」関連法が施行されて半年近くが経った昨今、時短勤務やリモートワークの推進など各企業で積極的な姿勢が見られる。一方でそれ自体が目的化し、本来の目的である生産性の向上や、新たな価値創造の実現にはまだ届いていないようだ。
本連載では、書籍『働き方2.0 vs 4.0 不条理な会社人生から自由になれる』(橘玲 著)から、その一部を4回にわたって紹介する。「手段としての働き方改革」が一巡した後、私たちはどのような働き方、ビジネスの生み出し方を考えるべきだろうか。

#1 スキルをシェアする時代に、現代日本の「働き方」は遅れすぎている

スキルシェア時代に勝つのは「独立した労働者」

人材斡旋会社の調査では、フルタイムで働くインディペンデント・ワーカーのほぼ半数が、会社員時代よりも収入が増えたと答えています。専門人材のマーケットには3980万人が参加しており、年収10万ドル(約1100万円)以上は290万人で、その平均年収は19万2000ドル(約2100万円)です。フリーになったからといって収入が減るわけではなく、高所得グループの人数は年7.7%のペースで増えているといいます。
クライアントとインディペンデント・ワーカーは、会社と社員のような主従の関係ではなく、「プロセスの完遂によって双方に明示的な利得が生まれる対等な者同士の関係」とされます。これはうまくいけばたしかに素晴らしいのですが、常によい出会いがあるとはかぎりません。
インディペンデント・ワーカーへの調査では、仕事のなかでもっとも気が進まないのは経理と報酬の回収、マーケティング、売り込みだそうです。そこでアメリカでは、こうした分野を支援するベンチャーが続々と誕生しています。

自分ブランドを確立して評価経済で選ばれる

もちろん、人材プラットフォームに登録しておけば自動的にいい仕事が紹介されるわけではなく、一定の資格や評価がないと登録すらできないこともあります。
ビジネスで使われるのはフェイスブックよりビジネス特化型SNSのリンクトイン (LinkedIn)で、そのプロフィール(学歴・資格・職歴)や友だちのネットワークはかならずチェックされ、ツイッター(Twitter)での発言やフォロワー数も重要になります。 独立すれば会社の看板で営業することができないのですから、よいクライアントと出会うためには「評判経済」のなかで自分のブランドを確立しなければなりません。
「自分ブランド」が重視されるようになると、当然のことながら、SNSのプロフィール をごまかせばいいと考える人間が出てきますが、これはうまくいきません。「EOR(エンプロイヤー・オブ・レコード=雇用主調査)会社」がコンプライアンスの評価や犯罪歴がないことの確認、ブラックリストなどのチェック、薬物検査、信用調査などを代行しているからです。
ギグエコノミーでは自分の評判=ブランドがすべてなので、20代の頃から、あるいは高校生や大学生の頃から、SNSでの評判を自覚的につくっていかなくてはなりません。フェイスブックやツイッターでの不用意な発言や写真はいつまでも記録され、思いもかけないときに評判を傷つけるかもしれないのです。

止まらない「ギグ化」。法や保険の整備も進む

このようにギグエコノミーには光と影がありますが、もはやこの潮流を押しとどめることはできません。それは、会社はもう社員を雇いたいと思っていないし、労働者も会社に束縛されたくないと思っているからです。両者の利害が一致して「ギグ化」が進んでいくのです。
こうした状況に合わせて、2016年11月にニューヨーク市議会は「フリーランス保護法」を成立させ、報酬の不払いを繰り返した発注者に最高2万5000ドルの罰金が科せられることになりました。また保険会社は、インディペンデント・ワーカーがクライアントから損害賠償を請求されるリスクに備える専門職業賠償責任保険(E&O保険)を発売しました。
その一方で2016年10月、イギリスの雇用審判所(裁判所)は、ウーバーのドライバーは従業員と見なすべきで、有給休暇や年金を受ける資格があると認定しました。この判決は一見、労働者の権利を守っているようですが、こうしたルールを課せばウーバーは収入から保険料を差し引くようになり、それに納得しないドライバーも出てくるでしょう。従来の労働者保護規制ではシェアエコノミーに対応できないのです。
ギグエコノミーへの評価は分かれており、「体のいい低賃金労働者を増やすだけ」との根強い批判もあります。当初は自由な働き方に大喜びしたウーバードライバーが、自己負担のガソリン代、車の維持・修理代、保険料、ウーバーへの手数料を差し引くと手元になにも残らないことに気づき、待遇改善を求めて抗議したら契約を解除されたなどのトラブルが報じられています。
しかしその一方で、ギグエコノミーへの期待や礼賛の背後には、サイバー・リバタリア ン(テクノロジー・リバタリアン)の理想主義があることを押さえておく必要がありま す。

テクノロジーで支配や搾取と戦うリベラルたち

シリコンバレーで〝テッキー〟とも呼ばれるこのひとたちは究極の「リベラル」で、 自由で自立した個人が自らの意思と自己責任で共同作業(コラボレーション)を行なう社会を理想とし、労働者を会社に所属させて「支配」したり、管理職がクリエイターを「管理」したり、仲介業者が多額の取引手数料を中抜きして「搾取」することをことのほか嫌います。そして、テクノロジーの驚異的なパワーを使えば、管理職や仲介業者だけでなく会社すらもこの世界から「駆逐」できると考えるのです。
テッキーにとって、ウーバーやエアビーアンドビーはそもそも「シェアエコノミー」ではありません。なぜなら、会社が運転手や空き部屋、顧客の情報を独占しているからです。 究極のシェアエコノミーでは、ブロックチェーンを使った書き換え不能の契約(スマートコントラクト)でアプリが開発され、ウーバーのような仲介業者を介さずにドライバーと顧客が直接つながることができます。
ドライバーや顧客の評価も可視化されており、価格と相手の評価を見てオファーを受けるかどうかを「自己責任」で決めるようになります。仲介業者を排除しているため、顧客はより安い料金でタクシーを利用でき、ドライバーの報酬はより多くなります。

〝テッキー〟が夢見るテクノロジーの楽園

こうしたスマートコントラクトの仕組みを企業活動に使うのが、オープンネットワーク企業(ONE)です。そこでは在庫管理や生産管理がブロックチェーン上で行なわれ、足りない部品があれば世界じゅうからサプライヤーを検索して値段と納期を比較し、契約から支払いまで自動化できます。配送状況もピンポイントで確認でき、仕事が遅い業者は低い評価がついて候補から自動的に外されていくでしょう。
こうして会社の内側と外側の区別はあいまいになり、オープンなネットワークが生産性を大幅に向上させ、より少ない労力で大きな価値を創造できるようになると期待されています。
自律エージェントは、こうした一連の作業をひとの手を介さずに行なうロボットで、企業活動を自動化するだけでなく、自動運転車で街を周回し、乗客を目的地まで送り届けて適切な支払いを受ける「無人タクシー」などが想定されています。
自律エージェントがさらに進化したのが自律分散型企業(DAE)で、ミッションステートメントと一連のルールのもとで互いに協力しながら仕事をするロボットの共同体です。ここまで来るとSFの世界に近づくでしょうが、スマートコントラクトによって外部 と取引するコストがどんどん安くなれば、大きな会社を維持することが割に合わなくなることはまちがいありません。
テッキーが夢見るテクノロジーの楽園では、会社は最小限まで縮小し、最後はソフトウェアと資本だけが残るのです。このように私たちは、いやおうなく「未来世界」に向かって突き進んでいます。そこでは働き方はもちろん、生き方(人生設計)そのものが根本的に変わってしまいます。
このとてつもない衝撃(スーパーノヴァ)を前にして、日本人の働き方がどうなっているのか改めて認識しなければなりません。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:大橋智子、写真:piranka/iStock)
本記事は『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』(橘玲〔著〕、PHP研究所)の転載である。