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「不透明な医療・介護産業に求められる構造改革」

国民医療費は増え続け42兆円(別に介護費12兆円)になり、さらに増加が見込まれている。医療と介護の構造改革を進める時期に来ている。
そもそも医療・介護のタテ割りを克服して“一貫生産システム”を構築する必要がある。現状は各分野別に温泉旅館の増改築のような迷路ができていてあちこちに渡り廊下と床の間がある。間伐が行われていない森林地帯の風景にも似ている。
無駄を削減しても医療の質は落ちるわけではない。必要なものは必要、無駄なものは無駄、まずは整理整頓をすること、そのためにはステークホルダーだらけの業界から一歩離れたところから強力なリーダーシップを発揮しなければならない。
今回のインタビューは、構造改革の構想について、かいつまんで説明させていただいた。『Voice』9月号掲載の論考は24ページあり、ぜひ全文をお読みいただきたい。
とくに論考中盤で、精神医療に触れたところは重要である。ヨーロッパでは70年代から精神病棟を激減させてきた。ところが日本は高度経済成長に合わせ増加、いまも微減しているだけで、精神病床数はダントツで世界1位なのだ。しかも平均在院日数は1カ月以内の先進国が多いが、日本だけ9カ月とこれもまたダントツ、異様な光景である。精神疾患による入院患者数は28万人で、5年以上は3割、9万人もいる。
明らかに日本独特の課題がある、と診断できる。
ヨーロッパは精神病床が減らされグループホームへ向かった。日本はグループホーム化が遅れている。出口戦略がないのだ。
カリタス学園バス停死傷事件、吹田市の交番襲撃事件、京アニ事件はいずれもグループホームで過ごすなど孤独に対する処方が用意されていれば起きなかったかもしれない。強制的な入院か、さもなければ放置か、そのどちらでもないグループホームが先進国でのあり方だ。日本は世界の潮流から取り残された超後進国であり、しかも精神科入院費用に1.4兆円も費やされている。これまで何をしていたのか、と怒りが沸いてくる。
医療・介護は構造改革が遅々として進まない暗黒大陸といえる。構造改革のためにまず実態の解明から始めよう。日本の現状を俯瞰(ふかん)する歴史的視点、ディテールをデータでつかむアリの目、全体を構造として理解する方法論が求められている。
このことは、精神病床に限ったことではなく、内科でも同様です。しかし、必ずしも病院の収益の問題だけで切り取ることはできない根の深い課題でもあります。

不要なベッドが本来あるにも関わらず、「ベッドを効率よく使用できているか」を確認するため、地方自治体は病床稼働率に焦点を当てています。本来は必要な人に必要な医療を届けるための施策であるはずが、病院側は、ベッドを埋めることにやっきになり、不要な入院、入院期間の延長を必要とします。

患者側は、先進国でトップクラスに入院費用が安いので、軽い症状でも入院を求める傾向があり、病状が改善しても、入院の延期を希望する傾向が生じています。この背景には、例えば、自宅での介護疲れ、などもあるのかもしれません。このため、医師側からすれば、患者さんを早く帰しにくい風潮があることも事実です。これは、患者さんが一刻も早い退院を希望する米国とは対照的です。

また、保険支払いシステムも、本来無駄を減らすために導入したはずですが、入院期間が短すぎると、かえって病院が損をするような仕組みになっており、一定期間の入院を必要とします。

病院の都合に限らず、患者要因、政策要因、保険要因など、状況は複雑です。これらの要因が重なり、内科患者の平均入院期間が欧米諸国の3倍から4倍に膨れ上がっている事実も、目を背けてはいけない日本の現状です。
看取りの家はおろか、保育園さえ隣に来ることを拒否する風潮が強い日本で、精神障害者のシェアハウスが隣に出来ます、ということへの心理的な抵抗は強いでしょう。
これはメディアの責任もありますし、危険な精神障害者は薬をもって閉じ込めておけ、という安易な考えと、病院経営の利が重なったことも背景にあるかもしれません。
実際は適切な服薬が定期的に出来れば、地域生活が出来る方は少なくありません。そうした実態に対して、無知の壁、未知なるものへの恐れが障害になっていると思います。
事例で出ていた八千代市。とても近所なので、感覚値ですが、外国人の居住者も非常に増えてきています。駅もお店も歩けば外国人の方ばかり。こうした、多様性が進んできた土地柄からならば、精神障害者の方々を受け入れることも出来始めているのかもしれません。
いずれにせよ、社会保障費を見直す一つのポイントですね。
精神疾患の年間医療費は約19,000億円と推計されており、医療費全体の約7%を占めています。
厚生労働省の調査によると、精神疾患の患者数は増加傾向にあり、従来の「4疾病(悪性新生物、糖尿病、脳血管疾患、虚血性心疾患)」の患者数を上回っています。
しかも、働き盛りの35歳~44歳の患者数が増加しています。
そのため、平成25度から医療計画が4疾病に精神疾患を追加し、「5疾病5事業」で計画を実施しています。

国は、糖尿病予防に力を入れていますが、医療保険費の削減のためには、増加傾向にある精神疾患こそ取り組むべき喫緊の課題だと思います。

そして、なかなか完治が難しいため、精神疾患にならないよう、予防医療がとても重要です!
記事の中にでてくる「原宿リハビリテーション病院」を経営するのは、「巨樹の会」というカマチグループの社団法人です。
「巨樹の会」は、他にもリハ病院を経営しており、東京都内でのリハ病院の病床数ではトップのシェア占めますが、全て2010年以降に開院されている比較的新しい病院グループです。

都内には大学病院など急性期病院は多いが、回復リハ病院が圧倒的に不足しているところに目をつけたそうです。

また、巨樹の会以外でも、カマチグループは病院のM&Aなどで急成長していることで知られていますが、会長の蒲池さんは、「目の前の厚労省の政策ではなく、アメリカやヨーロッパの医療政策から鑑みて先手を打った戦略を実行している」と聞いたことがあります。
精神病院の「薄利多売」、何度か見てきました。

たまに、隔離された患者から弁護士会に人権救済申し立てが来たことがありますが、実際に病院に行っても医師に説明されると(専門知識のない側としては)如何ともしがたい。

様子を見ていると、患者たちは概ね大人しく生活しているようでしたが・・・。

ところが、「自傷他害の恐れがある」として措置入院(強制入院)に付された患者は面倒を見るのが厄介だったのでしょうか?
2週間程度で退院させて、相模原事件を起こしました。

本来隔離すべき危険な人物のしっかりケアせずに、記事にあるように「楽」をしているところが多いような気がします。
(すべての病院がそうではないと思いますが・・・)
規模54兆円、雇用600万人の医療・介護産業に対する構造改革の提言。雑誌「Voice」に掲載されたその論考は、数ヶ月にわたる調査取材、連日の徹夜執筆作業から生まれたそうです。

問題を次世代に先送りするのではなく、自らの世代が、自分ができるところから解決していくのだという猪瀬さんの強い意思を感じるインタビューでした。

【新】近代を問い続けた男。作家・元都知事、猪瀬直樹の人生
https://newspicks.com/news/3724330/body/
私の研究のベースであるナラティヴ・アプローチは、精神障害ケアの領域の取り組みが一つのオリジンなので、その点からも議論していただけるようになったかと、大変感慨深く読みました。

関連する話を少しだけ。
私が注目しているのは北海道浦河町の「べてるの家」という精神障害ケアのコミュニティで、過疎化の進む浦河町の中で、自分たちで稼ぎながら、非常に重いとされる統合失調症などの精神障害を持つ人々が仕事をし、生活をしています。
興味深いのは、元々浦河町には日本赤十字浦河病院があり、そこには精神科入院病棟があったのですが、べてるの家や同院に勤務されていて現在は開業された川村先生らの取り組みによって、入院病棟が閉鎖されたことです。つまり、入院する人がいなくなったのです。
これはこの記事で取り上げているバザーリアの取り組みと同様、極めて画期的なことであり、その背後には、べてるの家の中心的な実践である「当事者研究」があります。
様々な問題は起きますが、それ自体を当事者研究の方法で、どうしてそういうことが起きたか、ということを皆で研究していくことで、徐々に回復をしていきます。

一方、この記事にあるこの箇所、

「入院か放置か、このはざまに陥って、社会から疎外され孤独を抱えることが、カリタス小学校刺傷事件、京都アニメーション放火事件などのように、突然の暴力につながっているのではないでしょうか。」

この点はとても大切なことです。単に入院をしなければいいのではなく、やはりそこにはケアが必要であり、そのための具体的な取り組みが必要です。その部分が極めて脆弱なため、入院は長期化し、社会から隔離され、一方で出された人々は行き場を失い、時に非常に悲惨な事件へとつながってしまっているのではないでしょうか。だとすると、一義的には犯行を起こした人が悪いのは当然として、我々の社会的の抱えている課題として責任を持って考え、具体的な取り組みをしていく必要があります。
これは、単に精神障害を持つ人々にとって良いだけでなく、多くの障害を持たない人々にとってもとてもよい影響をもたらすはずです。詳細は字数が足りませんが、精神障害の世界は単にあちら側の障害者の問題だけでなく、企業社会の様々な問題の相似形であり、このことが解消されていくことは、我々の社会全体が、より良いものへと変わるきっかけとなるものであると思っています。
交通システム、エネルギーシステム、情報通信システムのような社会システムはテクノロジーの発達としっかりとした政治的意思で過去100年で提供コスト構造に革命が起こった。東京電力は昭和40年に3万数千人で前後の電力需要を支えていたが、売上は20倍、電力量が7倍となった今も従業員数は変わらない。電話は昔電話交換手という人がいて自動交換機以前の世界ではATTは35万人いて、国内通話でさえ20分以上かけて5人の交換手が介在した。鉄は国営の八幡製鉄所、自動車産業も世界競争をしているが道路は誰が作って税金はどのように設計されているのか?など官と民、アプリケーションとインフラを合わせて人々の「くらし」というのは成り立っている。官民統合市場のディスラプションがくらしにまつわるリアル社会のデジタル化の本質だと思っている。くらしを産業のパワーで変えようと思えば官と民や公共財と私有財の境界線が書き換わるのは当然でそれが政治的線引きではなくテクノロジーによって再定義されるのがこれから100年の世界をリードする国家運営の形となる。

医療システムは人件費比率は5割だが、全体の社会保障システムはまだまだ人間に頼った社会システム。あとは教育システム。これらの社会システム二本が地方財政も圧迫し、いまだに縄文時代のエネルギーシステムや戦国時代の通信システムのようにほぼ人に頼ったシステムだ。デジタル革命では産業間の垣根が消え去ったけれど、その原動力はテクノロジーと起業家精神によるイノベーションとディスラプションだった。その産業とテクノロジーのパワーに合わせて官民の境界線や100年続く現行ルールを書き換えられる国家がこれからの世界をリードすると思う。鍵は生産性革命夜明け前の社会保障と教育システム、そして納税と選挙。
このジャンルはもともと日本人の多くが実践してきた家庭菜園が果たせる役割が大きいと思います。
多摩地域では多摩草むらの会という精神障害者の就労支援を手がけるNPOが中規模な農業法人をつくって活動しています。
空き家が菜園付きグループホームのようになってある程度の自給自足ができたり、あるいはいっそ中山間地域でより本格的な畜産や穀類の生産まで手がけるようになり、旅行者を受け入れたりするようになればさらにコストを下げつつ価値も生み出せるにではないでしょうか?
もちろんいろんな課題があって、特にその施設を管理する側のスキルやモラルはかなり高いものが求められるのでそもそも人的資源的に難しいなどが予想されます。
しかし、私自身も団塊ジュニアとしてこれから高齢化していくときに、少子化世代の重荷にならないようなライフスタイルを個人としてではなく、コミュニティや社会の仕組みとしてつくっていく必要を感じます。