【瀧本哲史・再掲】働き方改革は、99%の人にとって悲惨になり得る

2019/8/16
初回
【瀧本哲史・再掲】「努力が報われること」は絶対にやってはいけない

「働き方改革」で起こること

──今、企業が「働き方改革」を通じて労働時間を減らし、余暇を副業やレジャーに費やす動きが推奨されていますが、瀧本さんはどう考えますか?
瀧本 これも、上位1%の人と残り99%の人とではまったく違う話になります。
そもそもの大前提として、私は人間には基本的に長時間労働は無理だと考えています。人間は1日に3つの大きな意思決定ができればいいほうで、意思決定のためには非常に集中して考えなければ、従来の延長ではない非連続な成果を上げることはできません。
そういう作業はおそらく1日に3時間が限界で、長時間働いているということは密度の低い仕事をしているということとほぼ同義です。
その意味で、長時間働いてはいても、中身のある仕事をしているのは短時間にとどまっていることがほとんどなので、労働時間を短縮して仕事の密度を高めようという流れになっているのでしょう。
ところが多くの人の場合、作業内容はほぼ決まっていて労働時間と成果が比例しているので、「労働時間の減少」は「成果の減少」を意味します。そのため労働時間の減少は、会社にしてみれば、単純な成果の減少になってしまうでしょう。
逆に「働き方改革」の結果、長時間働いて成果を上げるというスタイルが取れなくなるということは、長時間の努力が報われなくなるということを意味します。
こうした「努力が報われない世界」でアウトプットを出せる人にとっては、働き方を自由にすることは非常に意味がありますが、逆に「努力が報われる」世界で働いているほとんどのビジネスパーソンにとっては、単にアウトプットが減るだけの結果になりかねません。
瀧本哲史(たきもと・てつふみ)東京大学法学部卒。東大助手、McK、日本交通再建を経て、現在は京都大客員准教授を勤めながら投資業を営む。著書に、『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての交渉思考』『武器としての決断思考』など。
──ビジネスパーソンの格差が広がる可能性が高いということですね。
それは産業構造の変化にともなって、仕方ないことです。
「では、努力が報われない世界でもうまくやっていくためには、どうすればいいですか?」という質問をされそうですが、そういう質問は、正解が存在する、正解に向かっていく努力は報われるという前提に立つものだから駄目なのです。
それは大学の教授に「卒論のテーマは何にしたらいいでしょう?」と聞いているようなものです。
私自身、努力は報われるという教育を受けてきませんでした。私の父も研究者で、着想がすべてだということを信条にしていました。
そのために数多くの人に会い、いろいろな情報を収集すると、どこかで何かつながり、法則が見つかるという価値観を昔から持っていました。よい着想は、よい情報と本質的な筋論を追求するところから生まれてきます。
努力が報われない世界は偶然性という要素が強い世界だといえるでしょう。偶然性が高いということは真似がしにくい、すなわち再現性が低いから本物の差別化につながるのです。
ある種の偶然性から始まった着想を再現性の高いものにして、スケールさせる。ビジネスは究極的にはこの命題に集約されると思っています。
──最近、ビジネスパーソンにも哲学や古典、リベラルアーツなどの教養が必要だと言われますが、瀧本さんはどう考えますか?
私は、差別化のための新しい切り口のヒントは、他の分野にあると思っています。その意味で、長い歴史を生き残った哲学や古典、なかでもその時代を代表する最高の頭脳が残したものには、それなりに大きな価値があるのです。
要するに、簡単に学習できるものは、みんなが学んでいるので価値がないのです。それに尽きます。
──ちなみに、そういった哲学や古典の本などでお薦めされる本はありますか?
ありません。そういう発想自体がナンセンスなわけです。

元号には意味がない

──5月1日に元号が令和に改まり、新天皇が即位されましたが、そこから日本は変わっていくと思いますか?
変わらないでしょうね、私は意味がないと思っています。
平成は多くの人にとって「失われた時代」だと言われていますが、一部の人にとっては、あれほど儲かった時代はなかったでしょう。だから日本人全体にとって、元号が変わるということはそもそも関係がないと思います。
3つほど論点を提示したいのですが、1つは、「時代区分に意味はない」ということです。例えば昭和から平成に元号が改まったあと、平成3、4年頃までは景気がとても良かったのに、その後空前の不景気が長期にわたって続きました。
このように元号が改まったからといって世の中が変わったわけでもなく、時代区分に意味がないことを示唆する出来事が近い歴史として容易に観察できるのに、そこに気付かないのは非常に愚かだと言わざるを得ません。
第2の論点は、そうなると、「何が時代区分」なのかという話です。
かつて、経営コンサルタントの大前研一氏は、「Windows95」は極めて大きな技術的革新であり、「Windows95」が登場した1995年を新世紀の幕開けとして「アフター・ビル・ゲイツ(AG)」元年と呼んでもいいのではないかと言っていました。
(写真:Fotonen/istock.com)
「Windows95」の何が素晴らしかったかというと、同OSが世に出たことで、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)とネットワークが世界に普及したことです。
現在のスマートフォンも結局は、GUIとネットワークで構成されているデバイスです。要するに、コンピューターが誰にでも使えるようになり、かつそれがネットワークにつながっているということが、今も続いている技術革新の本質で、それが「Windows95」から非連続的に始まったのです。
私は、そういう社会を大きく変えるような技術革新を時代区分にすべきと考えています。
最後の論点は、「では次の変化は何か、どこで時代が変わるのか」という話です。グローバル企業がかつてなく力を持っていますから、時価総額ベースで影響の大きい産業に注目すると、軍事、製薬、金融、エネルギー、不動産、自動車といった分野における技術的変化が注目されます。
エネルギー分野では、電気をもっと効率的に貯蔵できるようになれば、コストが劇的に下がるので、電池技術の進歩が鍵を握るでしょう。他のエネルギー貯蔵もインパクトが大きいです。
製薬分野では、健康寿命の延伸で言うと、おそらく認知症の影響が大きいですからアルツハイマー病の治療薬の開発が待たれるところです。
がん治療については、開発パイプライン(医療用医薬品候補化合物)にかなり良いものがありますし、免疫チェックポイントに続き、光免疫など破壊的な技術の研究完成は時間の問題だと思うのですが、これが解決しても、結局、人間の根源である脳の機能が最後まで残ると思うのです。
その意味で言うと、実現するかしないかの瀬戸際にあって、かつ実現した時のインパクトが最も大きいものが、自動運転だろうと思います。自動運転はセンサー技術の集合体でもありますが、コア技術は、コンピューター側にあります。
【決定版】「自動運転」についてこれだけは知っておきたいこと
今のAIブームにも食傷気味で、ただの多変量解析をAIと呼ぶのはもうやめた方が良いと思うのですが、ここ数年の非連続な変化の本質は画像分野での機械学習の飛躍的進歩と考えるとその最大のアプリケーションとなるでしょう。
自動運転は人間の最も基本的な機能に近く、自動運転が実現した場合、おそらく運転以外のことにも応用して、自動化できるような基礎技術を同時に獲得できると思うので、自動運転が実現するかどうかが1つのメルクマール(指標)になるでしょう。
技術的ハードルは高いですが、私は不可能ではないと思います。そして、自動車産業だけではなく、軍事産業、さらには不動産産業へのインパクトが大きいと思います。立地の意味が変わる可能性があるので。

起業には良質なテーマとチームが必要

──そのように未来を捉えている瀧本さんが次にどんな企業に投資するのか、非常に興味深いところです。
もちろん、そういった先端技術を持っている会社は探しています。
ただ私は一方、非常にわかりやすい会社にも投資します。例えばビジネス英会話、TOEIC対策に特化した英語コーチングスクールのPROGRIT(プログリット)にも投資しています。
ほかに英語を教えているスクールはいくらでもあるのに、PROGRITに可能性を感じたのは、ターゲットが明確で「その他大勢の人々」を相手にしていないことです。
『僕は君たちに武器を配りたい』にも書きましたが、日本にはビジネスパーソンやエンジニアとして非常に優秀なのに、英語ができないために損をしている人たちが数多くいるわけで、PROGRITはそこにターゲットを絞っているのです。
本当に切実に英語を必要としている人、しかも英語力が身につけば非常に価値が上がる人にフォーカスし、彼らのニーズに合ったサービスを提供すれば当たるでしょう、という話です。
そして、なによりも、創業者の岡田祥吾さん自身が、英語ができないためにまったくパフォーマンスが出ないところから復活した、というストーリー性も大きな差別化要因だと考えています。
PROGRITを運営するGRITの創業者・岡田祥吾氏
──PROGRIT以外で、今有名になっているスタートアップ企業にも関わっているのですか?
例えば、大規模太陽光発電やバイオマス発電、風力発電、地熱発電などの再生可能エネルギー施設の開発・運営を手がけるレノバもそうです。
2000年に同社の現CEOの木南陽介さんから環境問題をテーマにビジネスを行いたいという相談を受け、最初の資金を出して、良いテーマを設定し信頼できるメンバーと一緒に、VC(ベンチャーキャピタル)が投資したくなるような会社を作ることが成功の第一歩だとアドバイスしました。
レノバCEOの木南陽介氏(写真:遠藤素子)
信頼できるメンバーが必要だというのは、1人で会社を始めて成功するケースはあまりないからで、要するに、尖っている人同士を組み合わせ、お互いに欠点もカバーし合いながら、チームとして強くするという発想です。
木南さんは非常にビジョナリーな人物で、中学生から環境問題でビジネスをしたいと考えていて、京大生時代にネットワーク管理やシステム開発を手がける会社を作っていて、京大周辺にまだその会社はあります。
彼の創業期のパートナーになるのは、辻本さんというMITを極めて優秀な成績で卒業した木南さんのマッキンゼーの同期で、非常に分析的かつ慎重な人で木南さんとは逆のタイプです。こうした仲間が見つかるのも、マッキンゼーのよいところで、M3、DeNA、オイシックスなどマッキンゼーのチームでスタートしています。
会社が軌道に乗ってきたところで、環境ビジネスに詳しい、三菱総研出身の本田さんが正式に入社します。ここまでが創業メンバーと言えるでしょう。
その後多くの重要なリクルーティングがありましたが、会社の資金調達スキームが重要になるタイミングで、ゴールドマン・サックス出身の森さんが参画します。
また、レノバの代表取締役会長の千本倖生さんは、京都大学工学部卒業後、アメリカのフロリダ大学大学院でPh.D.を取得し、日本電信電話公社(現・NTT)に勤務したあと第二電電(現・KDDI)、イー・アクセスおよび史上最短で東証一部上場を果たしたイー・モバイル(ともに現・Y!mobile)を創業した人物です。
産業構造を変えていくような大革新を目指そうとすると、千本さんのようなベテラン経営者の参画が必要になってきます。
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マスメディアの逆張りをしよう

──日本では、積極的に海外に出ようという人が全体としては減少しています。そのなかで、グローバルに戦えるスタートアップ企業もあまり出てきていません。この点について何か提言はありますか?
ないですね。そもそも、グローバルに戦えるスタートアップ企業を作るということは、誰かが声を上げて勧めるものではなく、やりたい人がやることなのです。そういうことをやりたい人は、日本にこだわる気はまずないでしょう。
日本にはスタートアップ企業がグローバルに活動していくためのインフラがあまり整備されていません。ARMを生んだケンブリッジでさえ、そういうインフラが整っていないといわれているほどです。資金、人材、法制、教育制度など、切り口はたくさんあります。
これも投資先の話ですが、DeNAの創業者である渡辺さんはQuipperというエドテクの会社をロンドンで始めたのですが、海外のVCから調達しようとすると、ともかくシリコンバレーに引っ越すことを要求されて閉口したと聞きます。この会社は最終的にリクルートに買収されました。
それとも関連する面白い話があるのですが、2003、4年頃に私は、アメリカのベンチャーキャピタルなどが主催するカンファレンスにたびたび出席していました。
当時、ネットバブル崩壊の傷跡がまだ残っており、それらのカンファレンスに出ていたアメリカ人たちは「シリコンバレーは死んだ。これからアメリカ企業はインドにどんどん出て行ってしまう」と真剣に悩んでいたのです。
(写真:yhelfman/istock.com)
その一方で、「シリコンバレーは特別な場所で、イノベーションで世界をリードする」というような話をしている人たちもいましたが、「何の根拠もないが、私はそう信じている」という単なる信仰告白に、私には聞こえたものです。
そんな状態ですから、信仰者に対して少しでも懐疑的なことを口にしようものなら、「お前は大馬鹿者だ」とばかりに批判され、まったく議論にならないほど、シリコンバレーが精神的に追い詰められたこともあったのです。
ところが、アメリカ西海岸発祥の企業が再びこれだけ世界で大きな影響力を持つようになるとは、当時は誰も予想がつかなかったことでしょう。私もシリコンバレーは少なくとも精神的にはかなり危機的だと思ったのですが、結局、彼らの信仰は勝ったのです。
その意味で、私は基本的にマスメディアの逆張りをしたほうがいいと思っていますし、今世界を目指しているとして持ち上げられている企業は危うく、日本の独自性が勝つと喧伝されている分野は厳しく、本当に世界を目指せる会社はあまり注目されることもなく、ひっそりとスタートしているのではないかと思っています。
2000年の夏、私は、横浜の会議室で行われたぱっとしないある店頭公開企業の株主総会に出席していました。
会社側の提案に反対して、株主買い取り請求権を行使するためです。そして、会社側の非公開化の提案が可決され、日本で初めての友好的非公開化が成立した瞬間に立ち会うためです。
グレーヘアの男性がやや緊張ぎみに議事の進行をはかっていました。
実は、その男性は当時ユニゾンキャピタルの佐山展生さんで当時はあまり大きなニュースにもなりませんでした。そして、このとき、多くの人達は、日本のプライベートエクイティ業界がここまで大きくなる未来を想像していなかったと思います。
大きなトレンドは、未来が見えている人によって、小さな部屋から、ひっそりと始まる。そういうものだと思っています。
(取材:上田裕、森川潤、構成:加賀谷貢樹、撮影:遠藤素子、デザイン:黒田早希)
エンジェル投資家、経営コンサルタントの顔を持ち、多くのベストセラーを執筆した京都大学客員准教授の瀧本哲史さんが、8月10日に東京都内の病院で亡くなりました。

「コモディティになってはいけない」「自分の頭で考え続けなくてはいけない」とビジネスパーソン、学生に訴え続けた瀧本さん。NewsPicksは2019年6月のインタビューを再掲載して瀧本さんの思いを振り返るとともに、ご冥福を心よりお祈りさせていただきます。