単にデジタルメディアが主流になった段階を超え、いまオンラインとオフラインとが区別されない新しい時代が始まっている。
本連載では、書籍『アフターデジタル』から、その一部を4回にわたって紹介する。近年、世界の形をがらりと変えてきた中国企業。その核であるUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)を競争原理としたビジネスの潮流に日本は取り残されつつある。
アリババや平安保険といった中国企業の戦略事例から学ぶ、私たちが目指すべき指針とは。

#1 世界を変えた中国ビジネスの核心は、「究極のUX」にある
#2 一期一会、だけじゃない。目指すは「寄り添い続けるおもてなし」
高速化・細分化・ボーダレス化する、これからのものづくり
アフターデジタルの世界では、「ものづくり」がどのように変化するのかを説明します。ものづくりと言えば、かつて中国・深センは「世界の工場」と言われていましたが、現在は変貌を遂げています。とてつもないスピードで成長した深センは、工場をたくさん構えたり、工場労働者をたくさん雇ったりできるほど、土地も人も安いわけではなく、むしろ中国の中でも最高水準になっています。
一方で、引き続き「ものづくりの最先端は深センにある」と言われており、「シリコンバレーの1カ月は深センの1週間」という言葉もあります。その深センから、「これからのものづくり」について学べることは非常に多いと思います。
次の時代の競争原理と産業構造
状況、文化的背景、商習慣などが異なる日本企業では、これまでお話ししたような事例とまったく同じような変革ができるわけではありません。当然、グローバル共通の考え方と、日本企業ならではの考え方には違いがあります。では、日本が取るべきデジタルトランスフォーメーションの1つの道筋をお伝えしたいと思います。
アフターデジタルの到来
・デジタルが至るところに浸透し、常時接続が当たり前になると、これまでオフラインだった行動も含めて、すべての行動データがオンラインデータになり、IDにひも付けられるようになります。
・人々の感覚としても、デジタル世界に住んでいるような状態になり、オンラインとオフラインを区別しないようになります。
ビジネス形態の変化
・大量にデータが出るようになり、OMOで思考できるようになると、企業体のできることが変わってきます。
・小売りの場合、フーマーはその膨大な行動データから、主要な対象顧客が住んでいるのかどうかを把握した上で出店しています。オンラインの利便性と、オフラインの「確かめられる安心」を連動させて顧客を魅了し、欲しいものが欲しい方法で、欲しい時に得られるようにしているのです。さらに、オンラインとオフラインの双方の購買および閲覧データを使って、予測を含めた在庫や仕入れを管理することも可能です。
・医療の場合、平安保険は、従来ほとんどユーザーとの接点がありませんでした。接点が無ければデータを得ることはできないので、スマホのアプリを開発し、そうした状況を変えました。
医師による年中無休の無料問診や予約というキラーコンテンツと、ヘルスケア情報の閲覧および「歩くだけでたまるポイントプログラム」という頻度の高い機能をアプリ上で融合させ、顧客との接点を作ったのです。そして、顧客の利用履歴から把握した「属性、好み、状況」の情報を使って、営業員やマーケター、コールセンターと連動し、ベストなタイミングで顧客に新しい提案をすることが可能になりました。
・移動の場合、ディディは、運転と接客の品質をスコアで可視化し、さらにそのスコアをインセンティブにすることでより高い運転品質での移動体験を可能にしました。ユーザーとドライバーの相互評価にもなっているので、ユーザー側もキャンセルし続けたり態度を悪くしたりしにくく、かつ良いユーザー(および良い配車案件)と良いドライバーがマッチングされる構造になっています。
これらの事例を踏まえると、アフターデジタル時代のビジネス原理は、次の2つにまとめることができます。
(1)高頻度接点による行動データとエクスペリエンス品質のループを回すこと。
(2)ターゲットだけでなく、最適なタイミングで、最適なコンテンツを、最適なコミュニケーション形態で提供すること。
これら2点について説明します。
(1)高頻度接点による行動データ×エクスペリエンスのループ
ビジネス原理の1つめは、以下のようなループを回すことです。
エクスペリエンスが良いから優良なユーザーと良質なデータがたまる
→得られたデータでエクスペリエンスを良くしてユーザーにお返しする
→さらに良いデータがたまる…
この時にありがちなのは、「うちの会社は顧客との接点が年に1回しかない」という状況です。特に買い切り型のモデルや定期更新型のモデルでそのようになりますが、これではループを回しようがありません。自社または隣接するサービスとのエコシステムによって、いかにして高頻度の接点を作っていくのかを考え、実行する必要があります。
「良いエクスペリエンスを提供する」というのはなかなか想像しにくいかもしれません。そのようなときには、提供の頻度や接点の特性で「ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチ」とレベルを分けると良いでしょう。
ハイタッチ:一人ひとりの顧客に個別対応できる時は、特定の人に対応できるからこその感動や、信頼を得られるような徹底した対応を提供する。
ロータッチ:ワークショップやイベントなどの「場」では、リアルだからこその心地よさや得難い密度の情報を提供する。
テックタッチ:オンラインサービスやオンラインサロンでは、プロセスが短くて便利で、さらに高頻度で使うと得をするというインセンティブを提供する。
それぞれの接点で異なる体験を提供し、それらをバランスよく配置・設計することが推奨されます。個別のIDから取れるデータを基にできる限り最適化し、データから時流やニーズを読み取って新たな打ち手を高速で提示する、という状態が理想的です。
なお、「良い体験にしてユーザーに返すからデータを預けてもらえる」ということは、データ倫理の観点が大事で、ユーザーからの信頼が前提になります。特に、ビッグデータを預かり、それを扱うことを公然としている大企業にとっては、データを活用していかに社会貢献するかということまで求められます。
以前アリババの担当者に、「これほど多くのデータを持っていて活用できることを、国民にどう思われていると思いますか?」と質問したことがあります。その時の回答はこうでした。
「データをどのように使うのかが試され、一人ひとりからそういう目で見られていると常に意識している。だからこそ、都市設計や交通データに活用し、さらには植林活動など、得られたデータを社会貢献として還元する活動を行っている」
便利かつ信頼できる企業・サービスなら、自分のデータを提供しても構わないと思うのは普通ですし、逆に、データを提供したことでひたすら売りつけてくる会社に対してネガティブなイメージを持つのは当たり前のことです。
こういったネガティブなイメージを持つ会社やサービスとの接点は、どんどん接する頻度が低くなっていきます。「実は不便で、顧客をだまし、何もせずともお金が入ってくるサービス」は、高頻度接点と高付加価値をもたらすアフターデジタル時代のサービスに淘汰されていくでしょう。
接点を持っているプレイヤーによる破壊的インパクト
高頻度接点と高付加価値によって、まったく異なる業界に対して驚異的な打ち手が生まれた例を1つ紹介します。アリババ傘下のアリペイ(会社名はアント・ファイナンシャル)による、相互保険の例です。
アリペイは中国の多くのユーザーが毎日使っている決済アプリで、私(藤井)も1日に5回は開いて使っています。そのアリペイから保険商品「相互宝」が発売されました。いわゆる相互型保険で、例えば100人が加入した状態であれば、1人がケガをすると100人で医療費などを負担するという、保険の起源となる考え方をデジタル上で実現した商品です。
いつも使っている「アリペイ」に、ある日突然「相互宝」への案内が表示されました。紹介ページではボタン1つで加入でき、加入は無料であることから、1日で30万人の加入者を獲得しました。1日30万人だけでも大変な数ですが、8日で1,000万人、2週間で2,000万人を超える人が加入したそうです。
中国は日本と違って保険への理解は浸透しておらず、保険会社は頑張って必要性を啓蒙しながらビジネス拡大をしている状況にもかかわらず、たった1つのシンプルな保険によって、2,000万人の人たちが「保険はこれで十分だ」と思ってしまう状況を作り出したのです。
相互宝をもう少し詳しく説明すると、月に2回書類申請のタイミングがあり、ケガや病気にかかった人が必要書類を出して審査が通ると、加入者全員で割り勘にして、その支払いがアリペイから自動的に引き落とされるという仕組みです。審査書類は保険加入者全員がいつでも確認でき、異議を唱えることもできるそうです。母数が増えれば増えるほど負担額が減る仕組みで、アプリでは加入者人数が表示されていることもあり、口コミで広がりゲーム的に加入するという現象が起こりました。
保険加入の資格として、「信用スコアであるジーマ・クレジットが650点以上のユーザーのみが対象」となっており、ユーザーは限定されるものの「信頼できる人のみが加入する」という安心感を醸成しました。
なお、アリババは管理費を10%徴収しています。例えば今月の負担額が100万円だとしたら、それに10万円を上乗せして徴収し、上乗せ分の10万円がアリババの取り分という構造です。品質やリスク管理など、専門的な観点で突っ込もうとすればいくらでも突っ込めるのだろうと思いますが、6億人のユーザーが毎日使っているアプリにゲーム感覚でこんなことをやられたら、ひとたまりもありませんよね。(注:2は本連載の最終回に続きます)
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:大橋智子、写真:Rawpixel/iStock)

本記事は藤井保文・尾原和啓『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文・尾原和啓〔著〕、日経BP)の転載である。

藤井 保文(ふじい やすふみ)
株式会社ビービット東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナー1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年ビービットに コンサルタントとして入社、2017年上海支社に勤務し、モノ指向企業からエクスペリエンス企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン ・コンサルティング」を行っている。
尾原 和啓(おばら かずひろ)
IT批評家、藤原投資顧問 書生1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アン ド・カンパニーを経て、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、Google、楽天(執行役員)など数多くの事業企画や投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターア ドバイザーなどを歴任。