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イラン人(ペルシア人)という民族を理解しないと、あの国のすることは理解しにくいです。イラン人はプライドが高いです。現在のイスラーム共和国体制では、最も重要な起源は7世紀に勃興したイスラームですが、民族としてのイランは、2500年前から、アレクサンドロス大王に滅ぼされたアケメネス朝ペルシアなど、世界有数の帝国をつくってきました。7世紀にパッと出てきたそれまでは交易商人に過ぎなかったアラブ人などは、軽侮しています。なお、あの国では、シーア派のイスラームというアイデンティティが強くなるとアラブ人を含めたシーア派の盟主に立とうという発想になります。イラン民族主義が強くなると、イランの外には関心が薄くなります。
 欧米諸国に植民地化されたり、大量虐殺のようなひどいことをされた国はたくさんありますが、そのことを今に至るまで恨みに思い、本気で復讐してやろうと考えて実行に移している国はあまり多くはありません。イランは、比較的独立を保った国ではありますが、本気で欧米に落とし前をつけさせようとしています。
 イランの欧米への不信感の直接の起源は、1979年まで続いたパフレヴィー朝時代にあります。パフレヴィー朝の国王は、米英と組んで、石油メジャーから莫大な富を与えられました。イランのモサッデク首相は、石油を国有化し、国民の経済や生活を向上させようとしましたが、1953年、MI6とCIAが仕組んだクー・デタで失脚します。この事件は、イラン人が米英を信用しない根拠となっています。
 1979年のイラン・イスラーム革命というのは、米英の石油メジャーと組んで莫大な富を得ながら、国民は貧困なままにしている国王を倒す、というのが主な目標でした。もともと米国は国王の主な支援者であり、敵でした。革命後も、米国は国王を保護し、国王が持ち逃げした莫大な資産をイランに返還しませんでした。米国大使館人質事件も、その状況で起きたことです。
 今のイランの体制も、米国はモサデック首相の頃から何も変わっていないと思っているし、下手に関わると何をされるかわからない相手だと思っています。実際、リビアのカダフィなどは、米英と和解したと思ったら、すぐに失脚して殺されました。米国の側はそういったこともほとんど意識していないでしょうが、イランの方は、米国は絶対に気を許してはならない相手であると確信を強めているでしょう。
日本にいると遠い国の関係ない問題に見えてしまうイラン問題を分かりやすく解説しようとする試み、国際メディアをやっている者として勉強になります。
ISが中東各地に影響力を広げていた時期、イランがその掃討にかなり「貢献」し、その結果、イランの影響力がシリアやイラクなどにまで広がったこと、それに対してイスラエルやサウジが「イラン脅威論」をアピールし、米国がその脅威論を「利用」しているという構図も、いまの米イラン問題の背景にあるかと思います。
イラン問題を歴史的な経緯から、サクッと紐解いています。現状からすると想像しにくいですが、イランと米国が近い時期があったのは意外です。なぜ両国は仲が悪くなったのか、その核心をお届けします。
イランとの間での歴史的対立が分かりやすくまとめられていました。

他メディアですが、NHKのこちらもおすすめです。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/news_seminar/jiji/jiji14/
小話というか一つだけ。

昨年5/8のトランプ大統領によるJCPOA離脱発表では、90日、180日以内のイラン関連取引段階縮小(Wind down period)が求められましたが、180日が終わって米国による二次制裁が復活したのが11月4日。これにピンと来た方は相当なイラン通です。

そうです、実に39年前の1979年11月4日、在イラン米国大使館が占拠されたのです。占拠はその後444日間に渡りました。映画にもなりました、アルゴですね。

イランアメリカ大使館人質事件
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%A4%A7%E4%BD%BF%E9%A4%A8%E4%BA%BA%E8%B3%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

単なる偶然なのか、はたまた狙ったものなのか、当方は知る由もありませんが、名状し難い因縁を感じざるを得ません。
イラスト式で分かりやすい解説でした。普段馴染みのない方も、是非一読下さい。なお、イラン革命のときの米国大使館占拠事件については映画「アルゴ」をみると雰囲気が分かります(もちろん脚色がありますが)。国際法でも、この事件は国際司法裁判所が下した仮保全措置と本判決は重要判例として必ず学ぶケースです(係争の付託の可否、国家責任、自国民保護の権利などが論点)

また、イラン革命のとき、現地に滞在していた日本人が脱出できずに困っていたところを助けたのがトルコ。かつて、和歌山県沖でトルコの船が難破し、地元の漁村の人たちがトルコ人を助けたことのお返しとして、日本人をトルコ機に乗せてくれたというエピソードがあります。

これを扱った日トルコ合作の映画「海難1890」は少々感動的に作られすぎている部分があるものの、是非観て欲しい映画の一つです。「アルゴ」「海難1890」と連続でみると、イラン革命当時の話しや、日本と中東の関係について理解のきっかけになると思います。

日本では日航機がテヘラン行きをスタンバイしていたようですが、さすがに現地情勢が不透明すぎて飛ばす段階ではなく、当然、当時の状況では自衛隊機も飛ばせない。国会は空転・・・

あのとき、トルコ政府がトルコ機に日本人を乗せてくれなかったらどうなっていたのかと・・・日本政府の危機管理体制が大きく問われた大事件でした(そして決断しない政治家の存在も浮き彫りに)。

史実に基づいた取材記事はこちらに掲載があります。映画は脚色があると分かっていながらも、かつ2度目の鑑賞ながらも、シンガポールからイスタンブールに飛ぶトルコ航空機内で感動してしまいました。
http://mainichi.jp/sc/kainan/
イランは官僚組織が分厚く、かつ清潔で豊かな大国、という印象があります。シーア派の盟主であり、宗教的な総本山の雰囲気もあります。訪れたのは15年も前。当時はすでに「悪の枢軸」扱いされてましたが、テヘランにはまだまだアメリカが好きで、蜜月時代を懐かしむ人もいました。いまはどうなんだろう。

https://globe.asahi.com/feature/11017027
驚きです。イランが中東で最も米国と親しかった時代があったとは。宗教がその絆を分断した。

王族を助けた米国を敵視するまでの憎しみは、どこから生まれるのでしょう。多くの宗教は「愛、融和」を説いています。

憎しみを「和」に変えられる処方箋はないものでしょうか。
軍事衝突は避けられない状況になっている、事態は泥沼化し紛争は中東全地域に広がる事になる可能性は高い。日本経済への影響は大きく自衛隊出動や軍事費の負担をアメリカに強いられる事になる。日本政府や私企業はconntingency planを今作っておくべきだ。慌てて対応するのでは間に合わない。原油やナチュラル・ガスの備蓄も今のうちに。
先日、乗ったUberのイラン人のドライバーから聞いた話の方が、もっと裏事情を詳しく理解できました。(すみません)
彼は、イランとアメリカ、イランと日本の両方を語ってくれましたので。
この連載について
今、知りたい注目のニュースの真相から全体像まで、やさしく徹底解説。プロピッカーや有識者による対談、オピニオン寄稿、直撃インタビューなどでお届けする、NewsPicks編集部のオリジナルニュース連載。