ソニーミュージックが「アーティスト」ではなく「起業家」をプロデュースする理由

2019/6/26
 既存のビジネスモデルが崩壊していく──。変革の波が押し寄せるなか、大企業がイノベーションを起こすための手段として、スタートアップとの協業を選択するケースが増えている。

 日本のエンタテインメント業界を牽引してきたソニー・ミュージックエンタテインメント(以下SME)もまた、スタートアップとの協業により、業界を再定義しようと試みる企業だ。

 昨年から始まったアクセラレーションプログラム「ENTX(エンタエックス)」は、エンタテインメントとビジネスの融合に確かな手応えを残した。2回目となる今年も、9月から3カ月にわたりプログラムを実施予定だ。

 エンタテインメントのプロ集団は、どのようにスタートアップのビジネスをプロデュースしていくのか。
 昨年のプログラムで最優秀賞を獲得した株式会社ventus・梅澤優太氏、メンターを務めた株式会社TABI LABO・久志尚太郎氏に、SME・屋代陽平氏をモデレーターとして加え、話を伺った。
メンターの最初の言葉は「ちょっと落ち着け」
屋代 梅澤さんは第1回のENTXに参加してみて、率直にどうでした?
梅澤 最後のデモデイでのピッチ、めちゃくちゃテンション上がりました。演出がかっこよくて、スティーブ・ジョブズになったような気分で(笑)。
屋代 そう言ってもらえて嬉しいです。数あるアクセラレーションプログラムで、なぜENTXに参加しようと?
梅澤 僕たちventusは電子トレーディングカードの売買サービス「whooop!」を手がけています。ENTXに参加した昨年は創業1期目でした。
 僕らのビジネスがスポーツ×エンタテインメント領域なので、幅広いコンテンツを展開しているSMEさんと一緒に何かできたら、楽しいことが起きそうだと思ったんです。
ventus Inc. 取締役COO 梅澤優太
東京大学経済学部 4年生。3歳の頃からサッカーに打ち込み、スポーツ/エンタテインメントビジネスの道を志す。大学2年次に株式会社ventusを友人らと創業。為末大氏らを株主に揃え、スポーツチームやアスリートがファンから資金調達できる電子トレカ売買サービス「whooop!」を開発。2019年現在、Jリーグクラブ、欧州サッカーチームなど国内外50チーム以上にサービスを展開。
屋代 ENTXのプログラムがスタートしたのは9月でしたが、確かサービスがローンチする直前だったんですよね?
梅澤 そうです。10月にローンチを控えていました。「whooop!」はスポーツチームにファンとのコミュニケーション促進ツールを提供するビジネスモデルなのですが、いくつかのチームやVCにプレゼンしたら結構ウケが良くて。ローンチしたら一気にチーム数を増やせるんじゃないかって、そわそわしていたんです。
 そのタイミングでENTXのプログラムがスタートしたのですが……。メンターの皆さんから「ちょっと落ち着け。チーム数を増やす前に、サービスを通して自分たちがどんな価値を提供できるのかをもっと掘り下げろ」と。ハッとしました。
 僕らも毎日必死に頑張っているんですけど、サービスがちょっと成長すると「これはいけるかも!」って、つい調子に乗ってしまいそうになるんです。
 そんなときに、あらゆるスタートアップを見てきた方たちが、焦るなと言って、冷静に今の僕たちに足りないことを教えてくれて。これがものすごく、ありがたかったです。
屋代 サービスが世に出る前に、深掘りする期間になったんですね。
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 事業戦略グループ 事業創発推進チーム 屋代陽平
ソニーミュージックのアクセラレーションプログラムENTXの事務局メンバー。プログラムの運営全般を担当
梅澤 はい。あと、SMEさんの「eQリーグ*」というコンテンツを使って、僕らのサービスの検証ができた点も良かったです。ユーザーがどんな反応をするのか、コンバージョン率がどのくらいかなど効果的な検証ができて、いい実験場をお借りできました。
 *eQリーグ:芸能プロダクション8チームによる女性芸能人のエンタテインメントeスポーツの大会
起業家が言うことは大体めちゃくちゃ。でも、圧倒的な熱量がある
屋代 久志さんには昨年、社外メンターを務めていただきました。参加を決めた理由は何だったのですか?
久志 一つは、僕自身がアクセラレータープログラムに参加したことがなくて、単純に興味があったんです。今まさに事業を立ち上げようとしている起業家の考え方、向き合い方から、僕自身学べるものがあるだろうなと。
 もう一つは、僕たちTABI LABOも昨年で5期目のスタートアップですから、これまで積み上げてきたリアルなノウハウを参加する起業家の皆さんに還元したかった。VCや大企業の方とは違う価値を提供できるのではと思ったんです。
株式会社TABI LABO 代表取締役 久志尚太郎
1984年生まれ。中学卒業後、米国留学。16歳で高校を飛び級卒業後、起業。帰国後は19歳でDELLに入社、20歳で法人営業部のトップセールスマンに。21歳から23歳までの2年間は同社を退職し、世界25ヶ国を放浪。復職後は25歳でサービスセールス部門のマネージャーに就任。同社退職後、宮崎県でソーシャルビジネスに従事。2014年TABI LABOを創業、2017年社内組織BRAND STUDIO(ブランドスタジオ)を設立、2019年5月NEW STANDARD株式会社へ社名変更を発表。
屋代 プログラムの中で印象的だったことはありますか?
久志 僕自身もそうですけど、起業家が言ってることって大体めちゃくちゃなんですよね。良い意味でも、悪い意味でも。だからこそ、「何が本質的に大切なのか、やるべきことは何かを自分で気付いてもらう」という点を意識しながらサポートしました。
 例えば、TABI LABOがファイナンスしたときの事業計画を見せられる範囲で見せたり、自分だったらこの事業をどう考えるか、どうプレゼンするかなど、具体的に伝えました。
 あとは、3カ月間密に起業家とメンターが関わって、終了後にも関係が続いていくのがENTXの魅力だと思うんですね。なので、毎回打ち上げや飲み会をしつこく提案してました(笑)。僕が飲みたがりアピールをして。こういう雰囲気作りも大事かなと。
屋代 メンタリングしていく中で、起業家の変化を感じることはありましたか?
久志 ものすごく、洗練されていきますよね。サービスの考え方や作り込み、話す言葉まで、たった3カ月で人ってこんなに成長するのかと驚きました。何より3カ月間ものすごく大変なのに、みんな絶対に諦めない。
屋代 サービスだけでなく、起業家自身も目に見えて成長していったと。久志さんが考える、成長する起業家の条件って何ですか?
久志 起業家って必ずしも仕事ができるわけではないと思うんですよ。逆に、キャリアを積んでいるからといって起業家として成功するかというと、決してそうではない。よくわからない兄ちゃんが成功することだってある。
 じゃあ何が成長の原動力になっているかというと、圧倒的な熱量ですよね。さっきも言いましたけど、起業家ってめちゃくちゃなんです。まだ世の中に存在していなくて、誰も実現を信じてくれないものを、アイデアと、情熱と、ちょっとした幸運で作り上げていく。無謀とも言えます。でも、それって素晴らしいことだなと。
 社外メンターとして関わる中でそういう起業家に出会えたことは、僕にとっても貴重な経験でした。
エンタテインメント業界のプロが「ファン視点」でアドバイス
屋代 梅澤さんはSMEのアクセラレーションプログラムならではの特徴を感じた点はありましたか?
梅澤 いろいろなアクセラレーションプログラムに参加していますが、社員の方もメンターとして参加するケースって珍しいですよね?
屋代 普段、エンタテインメントビジネスの現場で働いているスタッフがメンターとなるのはENTXならではかもしれません。前回、全社員からメンターを募ったのですが、「スタートアップに関わるのは初めてだけど、面白そうだから」という人も結構参加してくれました。
梅澤 その、「なんかよくわからないんだけど」という感じで参加していただいたのが、すごく良かったです。僕たちのチームは、スポーツ、アニメ、芸能とさまざまな分野の第一線で活躍しているSMEの方がメンターになってくれて、それぞれの視点から自由奔放な意見をバンバンもらえたのが面白くて、参考になりました。
屋代 具体的にはどう役立ったのですか?
梅澤 僕たち、VCや投資家の方と話す機会は結構あるのですが、「事業として成立するかどうか」という机上の話が中心になりがちなんです。他のアクセラレータープログラムでもそういうケースが多いと思います。もちろん、それも大事なんですけど。
 ENTXでは、社内メンターの皆さんから「ファン目線の意見」をもらえたことがすごくありがたかったです。エンタテインメント業界を牽引している方から「それ面白いね!」と言われたら安心できるし、「それ違うんじゃない?」と言われたらハッとしますし。
 異なる専門領域を持つプロフェッショナルの方がそれぞれの視点に立った考えを言ってくれる。これは、僕たちスタートアップにとってめったにない機会ですし、ものすごく刺激的な経験でした。
久志 メンターがそれぞれ違う視点で意見を言うって、良いですよね。多種多様な意見を浴びて、起業家自身が咀嚼して、「自分たちは何者か」「世の中にどんな価値を提供できるのか」を言語化していく。起業家にとってはそのチャンスを得られるというのがENTXの醍醐味の一つですよね。
梅澤 そういえば、メンターの方同士でも意見が分かれることが結構ありました。いろいろな意見を言われて、どう取捨選択すべきか頭がパンクしそうになったことも……。今考えると、そういうのも面白かったと思えるんですけど。
久志 みんながバラバラの意見を言うけど、全部が大きく的は外れていない。だから、参加した起業家は一つひとつの意見をうのみにせず、自分の中にいったん取り込んで、本当に取り入れるべき視点や意見は何かを熟考する必要があります。そして、自分の思いや意見とかけあわせて、ハイブリッドにしていく。
 そういう意味では、ENTXに応募する方は「アイデア過多でパニック状態になる覚悟」を最初に持っておいたほうがいいかも。
屋代 ぜひ、パニック状態を楽しんでもらえれば(笑)。そう言ってもらえると、僕たちも自信を持って意見を言えます。
久志 投資家、VC、起業家、当たり前ですけどみんなポジショントークをするじゃないですか。創業当初の起業家のトークって、思いが強く、事業よりも先行しているので、若干空回りしがち。投資家やVCはマーケットを俯瞰して話すことが多いから、両者の会話ってかみ合わないことも多い。そこに、コンテンツのプロであるSMEの社内メンターの方が加わって事業について議論することで、新しい可能性が広がっていくこともありました。
梅澤 僕自身、ENTXに参加することで、自分たちのプロダクトがどういうもので、どの方向に行きたいかが明確になりました。考えて考えて、言葉にすることで、自分を納得させることができる。すごく素敵な機会をもらえました。
 今年のデモデイの演出はたぶん、去年よりもっとかっこ良くなっていると思うので(笑)。あのステージに立つだけでも起業家として大きく成長できると思います。
久志 ENTXの参加は起業家にとって大きな価値があると思います。自分たちのビジネスアイデアにエンタテインメントのノウハウをかけ合わせることで、事業を大きく成長させる追い風が吹くかもしれない。そうすることで、エンタテインメント業界をどんどん面白くしていってもらえたらと思います。
ENTXで期待しているのは「才能ある人との出会い」
 2018年に開催された第1回のENTXでは81社の企業から応募があり、7社がプログラムに参加。梅澤氏がCOOを務めるventusが最優秀賞に輝いたほか、現在も数社と事業提携の話が進んでいる。
 これまで小さなCDやDVDに閉じ込められていたコンテンツは時代の要請を受けてデジタルへと移行し、今まで以上に多様化している。この「エンタテインメント・エクスプロージョン」とも言える現象が起きているなかで、今後はエンタテインメントの定義自体も大きく変わっていくのは間違いない。ENTXは、新しいエンタテインメントを常に追い求めるSMEが見いだしたコンテンツの一つの形と言えるだろう。
 SMEの代表取締役社長の村松俊亮氏は、ENTXを通してもっとも期待しているのは「才能ある未来のスター経営者との出会い」だと、コメントを寄せた。
  「才能あるアーティストやクリエイターの原石を発掘して、プロデュースし、ヒットを生み、お客様に感動をもたらし、さらには世の中に新しい価値を提案していく──SMEが提供するのは、そうしたエンタテインメントビジネスにおいて、我々がこれまでに培ってきたノウハウとネットワークです。
 我々のビジネスは、才能ある人=スターとの出会いから始まります。
 才能の定義はさまざまですが、誰にも負けない突き抜けた特技を持つ人、人を惹きつける特別な魅力のある人、心を揺さぶるほどの表現ができる人、誰も思いつかないような斬新な発想をする人、そしてその発想を具現化する行動力のある人など。
 今回我々が求めているのは、そんな才能に溢れる起業家の方々です。
 皆さんの才能とエンタテインメントの力を掛け合わせて、一緒に新しい価値を創造していきたいと考えています。
 未来のスター経営者の皆さんからの、たくさんのご応募をお待ちしています」
編集:野垣映ニ、中島洋一 構成:村上佳代 撮影:八田政玄 デザイン:九喜洋介