【フード起業革命】負債なき失敗が世界を変える

2019/6/9
新たに就任した「U-30 」のプロピッカーが、"数字"をキーワードに捉える「令和の日本」。それぞれの専門分野について、若きエキスパートが考える現状や課題とは?
好調に推移するフードビジネス。その陰には巨額の負債を抱えて去っていく食のチャレンジャーたちの姿があります。チャレンジの代償が大きければ大きいほど、日本の食をめぐる環境は無味乾燥になってしまうーー。そう危惧するMellow Inc.の森口拓也さんが仕掛けたのが、ITを駆使したフードトラックビジネスでした。

飲食業界の光と闇

経済産業省の発表によると、飲食料品関連産業の活動状況を示す経済指標「FBI/フード・ビジネス・インデックス」は2018年上期までの3 期連続で上昇。
そのなかで飲食サービス業は4半期ぶりに前期比マイナス0.1%とわずかに低下したものの、それでもフードビジネス成長のけん引役であることには変わりなく、2018年上期の活動指数はFBIの試算を開始した2010年以降、最高値を記録しています。(参照:2017年までの推移(年単位)と近年の3つの特徴
このように活況を呈している飲食サービス業ですが、すべての店が右肩上がりに成長しているわけではありません。公的データはないものの、開業から2年後の廃業率は50%、3年後は75%と言われるほど廃業が多いのが、この業界の実態。むしろ、飲食の世界にチャレンジする人の大多数は廃業を経験すると言っても過言ではありません。
廃業の「その後」に待っているのは巨額の負債です。本稿では、飲食店廃業時の負債額(≒辞める時どれくらい借金を残すか)に着目し、日本における食のチャレンジャーを取り巻く環境について考察します。

小規模店でも2000万〜3000万円

帝国データバンクが2018年に発表した「外食関連業者の倒産動向調査」から独自に集計したところ、飲食店が廃業する際にかかえる負債額は、直近10年間の平均で6398万円となりました。
このデータには負債総額数億円規模の大型倒産も含まれているため、鵜呑みにはできません。ですが同調査で5000万円未満の倒産が81%を占めていることを考えると、少なくとも小規模の店舗でも、2000万~3000万円程度の負債を負って廃業する人が多いことは間違いなさそうです。
この負債には、開業時の借り入れの残額だけではなく、廃業時にかかる原状回復費用なども含まれ、負債総額をさらに押し上げています。
個人が数千万の借金を負うというのは、普通ならあまり現実的ではありません。
2018年の飲食業界の平均月給は約25万円(参照:飲食店.com「求人@飲食店.comに掲載された求人情報による調査」)。手取りを約20万円、そこから月5万円返済したとして2000万円を完済するまでは約33年かかります。これは極端な例ではありますが、より高収入の仕事につけたとしても、飲食業界で再チャレンジするまでには少なくとも10年以上の年月が必要になるでしょう。
こうした情報がインターネットを通じて比較的容易に手に入るようになったため、飲食業界の開業率は全体としては低下しています。

飲食業界は二極化の傾向

日本の人口減少に伴って、国内の飲食業界が縮小していくのは確実です。満たすべき胃袋の数が減るため、資本体力のない店、多様化する顧客ニーズに対応できない店舗が続々と潰れていくという構図です。
こうした状況を受けて、飲食業界は「コスト最適化を追求するチェーン店モデル」、または「高付加価値の高級店モデル」への二極化が進んでいくと考えられます。競争力を保つためには、そのどちらかへのシフトを迫られるのです。
しかし私には、このマクロトレンドの先に人間らしさや豊かさがあると思えません。
商店街に昔からある定食屋や居酒屋、そこにしかない人情味あふれるつながりや笑顔。そうしたものが資本主義のメカニズムにのみ込まれていき、その代わりに誰もが知る有名チェーン店やきらびやかな高級店が進出。未来がそんな「ノイズのない街」ばかりになるように思えて、私は哀愁を募らせています。

街を彩るフードトラック

未来の街に、人間らしさや豊かさを作っていこうとしているのが、私が共同代表を務める株式会社Mellowです。Mellowは日本最大級のフードトラック・プラットフォーム事業「TLUNCH」を展開しています。
その最大の特徴は「モビリティ×IT」。モビリティの機動力があれば「必要なサービスを、必要なときに、必要な場所へ」お届けすることができます。さらにITを駆使してビルの空きスペースと個性豊かなフードトラックを曜日替わりでマッチング。
スケジュールは機械学習アルゴリズムと人間の判断の掛け合わせで設計しているため、「毎日飽きずにランチを楽しめる仕組み」を実現。現在(2019年5月)渋谷、品川などの約150カ所にフードトラックを派遣し、オーナーこだわりの料理を気軽に楽しめるランチスペースを展開中です。
フードトラックは車の後部に調理設備が搭載されたトラックの総称。日本ではキッチンカーや移動販売車などとも呼ばれ、親しまれています。従来「屋台」というステレオタイプがあった市場ですが、ここ数年はデザイン的にも発展し、オシャレで自由なライフスタイルの象徴として広まりを見せています。
フードトラックには、店舗経営に比べてコスト面で優れている点が多々あります。
まず、開業コストが固定店舗のおよそ5分の1に抑えられること。
例えば自己資本200万円+融資200万円(平均年率2%で借り入れ/国民政策金融公庫・新創業融資の年率目安 ・令和元年6月3日現在)を元手として250万円で車両を製作し、開業。2年後に廃業し、車両を150万円で売却できた場合、負債は約55万円で済みます。
また、ランニングコストも店舗に比べれば少額で済むため、きちんとリスクコントロールができれば飲食業経験の乏しい個人事業主や零細・中小企業でも事業を継続できる可能性が高くなります。廃業する際も車両を中古車として売却できるため、廃業コストも圧倒的に少なくなります。
このような背景から、食の世界でチャレンジしてみたい人にとって、フードトラックは最良の選択肢となるポテンシャルを秘めているのです。
最近フードトラックで開業された方のなかには、モデルとして活躍されていたものの、料理好きが高じて飲食業に転身したという方もいます。フードトラックという選択肢が、飲食業界にチャレンジするためのハードルをぐっと低くしたのです。このように柔軟にキャリアチェンジできる社会に私は魅力を感じます。
いずれはフードトラックで開業する起業家が昨今のIT起業家のようにクールな存在と見られるようになり、飲食業界でいきいきと働く人が増えることが、私の目標の一つです。

「軽やかな動き」で未来を築く

Mellowはフードトラックをはじめとしたモビリティ型店舗の可能性を最大化する企業です。現時点ではまだまだ小さいモビリティ型店舗市場ですが、それを成長させるために不動産デベロッパーとの連携による営業場所の確保および運営、開業者サポートの充実、顧客向けアプリによる集客力の強化、フード以外のモビリティ型店舗の開発など、さまざまな取り組みを推進しています。
私たちの事業が社会に浸透していけば、モビリティ型店舗市場はECサイトが社会を席巻したときのようにダイナミックな変革を起こしていくはずです。そこに待っているのは、一度失敗したチャレンジャーが再起に10年以上かかるような世界ではありません。また、チェーン店か高級店かに二極化された無味乾燥な街でもないはずです。
モビリティの力が日本の店舗市場を人間らしさと挑戦心にあふれた、エキサイティングな世界にする。そう信じながら、事業を実直に成長させていきます。