【LGBT】市場は6兆円?  企業のLGBT施策に求められる視点

2019/6/12
新たに就任した「U-30 」のプロピッカーが、"数字"をキーワードに捉える「令和の日本」。それぞれの専門分野について、若きエキスパートが考える現状や課題とは?
1960年代から、欧米を中心に性的少数者の平等な権利を求める動きとして大きな盛り上がりを見せてきた「LGBTムーブメント」。その象徴となっているのが、約50年前にニューヨークで始まった「プライドパレード」です。1994年に日本初のプライドパレードが開催されて以降、2012年には約4500人だった参加者は、2019年には約20万人にまで増加。200以上の企業や団体が協賛やブース出展などの形で参加していることからも、LGBTは社会的にますます存在感を増していることがわかります。このような現状のもと、日本企業はLGBTに対してどう向き合っていくべきなのでしょうか。松岡宗嗣さんによる現状分析と提言をお届けします。

6兆円の衝撃
LGBTとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別とは異なる性を自認する人)の頭文字をとった、性的少数者を表す総称のひとつです。
この言葉が日本で広まった大きなきっかけの一つは、電通ダイバーシティ・ラボによる「LGBT調査」でしょう。2012年に発表された第1回の調査結果を受けてLGBTの存在が経済的な側面から注目されるようになり、2012年には東洋経済、2014年に週刊ダイヤモンドが相次いで「LGBT市場」を特集。さらに2015年に発表された「LGBT層の消費市場は約6兆円」という数字は世に衝撃を与え、LGBTは新たな市場として捉えられるようになりました。
1994年に日本で初めて東京で開催された「プライドパレード」は、2012年の「東京レインボープライド2012」時点で参加者数が約4500人だったが、2019年には約20万人にまで増加。200以上の企業や団体が協賛やブースを出展しているところからも、このムーブメントの盛り上がりが見える。
ともに働く仲間として
現在、LGBTはさまざまな意味で企業の関心を集めています。
例えば労働者として。最近は就業規則に「性的指向(どの性別を好きになるか/ならないか)」や「性自認(自分の性別をどう認識しているか)」による差別禁止を明記したり、同性パートナーに対して、異性婚と同じく結婚お祝い金や休暇などの福利厚生制度を導入したりする企業が増えました。トランスジェンダーの社員の性別適合手術など、性別移行をサポートする制度を取り入れる企業も少しずつ出てきています。
職場におけるこのような取り組みを評価する動きも始まり、2016年には任意団体「work with Pride」が「PRIDE指標」を策定、表彰制度がスタートしました。この年の第1回の取り組み募集に対する応募企業団体数は82社でしたが、2018年には153社と2倍近くに増加しています。
また、東洋経済の「第14回CSR調査(2019)」で、「LGBTに対する基本方針(権利の尊重や差別の禁止など)の有無」を聞いたところ、「あり」と答えた企業は330社で、2014年の同調査の114社から3倍近く増加しました(参照:東洋経済ブログ)。
飲み会での「ホモネタ」などに代表される、性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)に関するハラスメント、通称「SOGIハラ(ソジハラ)」をなくすための動きも進みつつあります。これについて、つい先日大きな前進がありました。5月29日に参議院で可決・成立したパワーハラスメント防止に関する法改正で、SOGIハラや、本人のセクシュアリティを第三者に暴露する「アウティング」を防ぐ対策も企業に義務付ける方向となったのです。
台頭するLGBT向けのサービス
企業は消費者としてのLGBTにも価値を見いだしています。
LGBT向けのサービスとして、例えば同性パートナーを保険金受取人に指定できる生命保険、LGBTのカップル向けの結婚式サービスや、住宅ローン、不動産会社、LGBT専門の人材紹介、「LGBTツーリズム」と呼ばれるツアーなど、新しいサービスが次々に登場しているのです。また、トランスジェンダーも利用しやすいオーダーメイドスーツや、幅広いサイズ展開の靴なども販売されています。
ライフネット生命保険は、2015年に日本で初めて死亡保険金受取人に同性パートナーも指定できる保険を発売。(出典:ライフネット生命保険株式会社
「LGBT市場は約6兆円」への疑問
企業のこうした取り組みの起爆剤となったのが、「LGBT市場は約6兆円」という調査リポートだったことは間違いないでしょう。
しかし、この調査に対して疑問の声も上がっています。
なぜならL・G・B・Tそれぞれでニーズは大きく異なるからです。例えばゲイの人たちのみが利用する傾向のある商品があったとして、それを「LGBT市場のニーズ」に含めてよいものでしょうか。ほかにも、モニター型ウェブ調査という手法の問題点など、この調査自体が適切だったのか、批判的に受け取られている部分があるのです。
また、そもそもLGBTを「市場」としてのみ捉えることに対する懸念もあります。
ある企業がLGBTフレンドリーであると積極的に発信したとしても、それが見当違いであったり、社内にハラスメントや差別意識が残っていたりすれば、かえって批判を受け、いわゆる「炎上」に発展する恐れがあります。LGBTの当事者からの信用を失う前に、まずはLGBTを取り巻く環境や課題を正しく認識し、足元を固めることから始めるのが、LGBT施策に限らず、ビジネスにおける基本姿勢と言えるでしょう。
Photo:iStock/Tzido
排除の代償
これまでLGBTは、社会から「いないもの」とされてきました。
学校では、LGBTの約6割がいじめ被害を経験しています(参照:宝塚大学看護学部日高庸晴教授「LGBT当事者の意識調査『REACH Online 2016 for Sexual Minorities』」2016年)。
職場でLGBTに関するハラスメントを見聞きしたことがある人は約2割ですが、LGBT当事者を含めてLGBTの知人などがいる人に限定すると、その割合は約6割に上昇します(参照:連合「LGBTに関する職場の意識調査」2016年8月)。LGBTや性の多様性について身近に感じていない人は、ハラスメントに気付きづらい現状があることが、これらのデータからわかります。
NPO法人虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターの共同調査では「(LGBTの当事者や身近にいる人のうち)職場でLGBTに関するハラスメントを見聞きしたことがある人は約6割」「求職時にLGBの約4割、Tの約7割が困難を感じている」などの結果が出ています(参照:特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ、CGS「LGBTに関する職場環境アンケート2016」)。
「面接時に男性とルームシェアをしていたと話したら、役員に気持ち悪いと言われた」「(トランスジェンダーの方で)『そういう普通じゃない人はなかなか正社員にはできない』と上司から言われた」など、当事者の約6割が職場で差別的な言動を見聞きしたことがあると回答しているなど、企業内の差別や偏見がいまだに残っているのも事実です。
EU各国やカナダ、アメリカの一部の州では、LGBTに対する差別を禁止する法律が施行されています。
しかし日本には同様の法律はありません。そのため「トランスジェンダーであることを理由に採用面接を断られた」などの差別的な扱いを法的に規制することができないのです。日本では同性婚が認められていないことはよく知られていますが、日本におけるLGBTの苦難は、それだけではありません。
今年3月、労働政策研究・研修機構は「LGBTの自殺やうつによる社会的損失は1988~5521億円」という試算を発表しました。もし「6兆円」という市場があるのだとしたら、その華々しい数字の裏に、差別やハラスメントなど「排除の代償」があることも忘れてはいけません。
LGBTが?%なら
国立社会保障・人口問題研究所の研究チームが今年4月に発表した「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」速報では、L・G・B・Tのいずれかに当てはまる人は2.7%、「決めたくない・決められない」という層まで含めると8.2%という結果が出ました。
しかし、そもそも人口の何%がLGBTであれば、社会がこの問題に目を向けるのでしょうか。いくらお金を落とし、または何人が企業で活躍すれば、LGBTの存在が正当に認められ、平等に扱われるのでしょうか。
人数や市場規模にかかわらず、LGBTを、共に働く社員として、あるいは顧客として捉え、差別やハラスメントをなくすための人権課題に取り組んでほしいと私は願います。
その一方で、企業としては市場価値やニーズ、多様な人材の活用、または訴訟対策、PR上のリスク回避などについても考える必要があるでしょう。そのようなビジネス上の側面と企業論理のバランスをどのように取っていくかが、今後の企業経営における鍵の一つになるのではないかと考えています。
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共生へのファーストステップ
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、2017年9月に「企業のLGBTIに関する行動基準:Standards of Conduct for Business」を公表しました。ここにはLGBTへの差別解消に取り組む企業のための5つの行動指針がまとめられています。
アメリカの人権NGO「Human Rights Campaign」が毎年行っている企業のLGBT施策を評価する「Corporate Equality Index」では、回答した1163社のうち、572社が満点の100点を獲得しました。フォーチュン500企業のうち、性的指向による差別の禁止を明記する企業の数は、2002年の3%から2019年には85%にまで増加しています。
このように、企業のLGBTに対する取り組みは世界中で進んでおり、こうした多様性を包摂する動きは不可逆でしょう。
日本では、カミングアウトして働いているLGBTの当事者はまだ多くありません。だからこそ、どの企業でもまず、「社内にも社外にもLGBTはいる」ということを前提に、LGBTを取り巻く現状を知り、社内の制度やサービスを見直してほしいと考えます。