【移民論争】海外のトップ人材は日本に来るのか?

2019/4/26
近年、日本で働く外国人労働者が急増している。今、日本と世界で何が起きているのか。日本の移民戦略は正しいのか。一橋大学大学院の楠木建教授が、海外人材の人材紹介などを行うフォースバレー・コンシェルジュの柴崎洋平社長と語った(全3回)

「移民は是か非か」は間違い

楠木 今回、改正出入国管理法が通って、多くの人が「移民は是か非か」ということを盛んに議論しています。
しかし移民と一口に申しましても、いろんな人がいるわけですから、「移民は是か非か」という一括りにする問いにそもそも問題がある。
先に僕の結論を申し上げますと、「高度人材」というラベルがいいかどうかは別にして、何らかの能力を持っていて、日本でバンバン活躍できる人が入ってくるのは大賛成です。
その一方で、人手不足だからといって安価な労働力を移民で補充することには、はっきりと反対だ、というのが僕の意見です。なぜそう思うのかという理由は、後ほど申し上げます。
楠木建(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)
1964年、東京都生まれ。 1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学 部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、 2010年より現職。専攻は競争戦略論とイノベーション。
その前に、いくつかの重要なファクトを確認したいと思います。柴崎さんは、海外から日本にいろんな人材を連れてくるというお仕事を最前線でしていらして、肌感覚も含めてさまざまなファクトをご存じの方です。
まず柴崎さんがフォースバレー・コンシェルジュという会社で、どんなお仕事をなさっているのかを簡単にご説明いただけますか。
柴崎 もともと私はソニーで10年鍛えてもらった後、世界中の人材が国を越えて働く新しい時代のプラットフォームをつくりたくて創業しました。
日本国内では「世界から日本に人材を獲得します」とうたっていますが、海外では「国を越えて世界中からリクルーティングします」とうたっています。
世界には二百数十の国と地域があるのに、日本の50万人の就活生は、99%以上が日本国内にある会社だけから就職先を探しています。ということは、約200分の1の0.5パーセント以内に可能性を狭めてしまっているんです。
柴崎洋平(フォースバレー・コンシェルジュ 代表取締役社長)
1975年、東京都生まれ。幼少期をロンドンで過ごす。上智大学卒業後、ソニー株式会社に入社。2007年ソニー株式会社退社後、フォースバレー・コンシェルジュ設立。
ソニーにいたとき、僕は世界中の仲間と働いていましたが、経営の意思決定をする本社には十数年前、外国籍社員はほとんどいませんでした。
世界には自分が出会った凄い人材がたくさんいるのに、なぜ本社は日本人だらけなのかという思いがありました。
国を越えて働けるプラットフォームをつくることは、日本のためにもなるし、僕を育ててくれたソニーのためにもなる。当たり前のように国を越えて働く会社を探せるような、まともなプラットフォームがいまだにない。
だから、それをわれわれが世界で初めてつくるということにチャレンジしています。
楠木 つまり外国の人が日本の企業に就職する「入り」と、日本の人が外国の企業に就職する「出」の、両方に携わっていらっしゃるわけですね。
柴崎 はい。これからは日本以外の国と国をとりもつことが増えると思います。ビザの問題はありますが、例えばインドからアメリカのシリコンバレーへ、というように。

海外のトップ人材を連れてくる方法

楠木 移民問題という今日のテーマからして「入り」のほうにフォーカスしたいんですけど、ここに関しては柴崎さんの会社はどんなことをなさっているんですか?
柴崎 日本企業のべ2,000社以上のクライアント向けに、アジアを中心とした世界中から人材を獲得するお手伝いをしています。
例えば、楽天やメルカリのような、日本を代表するIT企業が世界中から優秀なエンジニアを雇用する際のサポートですね。
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
最初は新卒中心でしたが、最近は中途採用の比率が増えました。今年で創業して11年ですが、この2~3年は経産省や沖縄県や富山県からも公式に事業を受託しています。
楠木 発注先は自治体もあるんですね。
柴崎 自治体や国が増えてきました。東京を中心とする大企業ばかりでなく、沖縄県や富山県にある、条件面では厳しいような中小企業でも採用の実績が出始めています。
楠木 NewsPicksをご覧の方は、メルカリのようなタイプの企業には関心があるでしょうから、そういうITの大手では新卒の相当数が外国人だということをご存じだと思います。その中には少なからず、柴崎さんの会社がリクルートしてきた人がいるんですね。
その時は、現地の大学に行き、直接リクルートをするんですか。もしくはそのお手伝いをする?
柴崎 新卒でいうと、700ぐらいの大学とやり取りがあるんですが、各国のトップ大学に直接乗り込んで、昨年は世界24カ国で選考会やセミナーなどキャンパスリクルートをやりました。
われわれが半年かけて仕込みをしておいて、そして最終面談はクライアント企業と一緒に現地に行くという感じです。
楠木 例えばトップ大学というと、具体的にはどんなところがありますか?
柴崎 インド工科大学からシンガポール国立大学、北京大、清華大、ソウル大、香港大、台湾大など、アジアの中心都市にある大学が多いですね。
シンガポール国立大学(写真:Alamy/アフロ)
ケンブリッジ、オックスフォード、ハーバード、スタンフォードも一部ありますが、ボリュームは全然違います。
楠木 アジア中心ですね。「半年かけて仕込む」とおっしゃったのは、どんな活動ですか?
柴崎 春夏で現地に行ってプロモーションして、日本で働くことの魅力を伝え、大学生たちに日本のいろんな企業の紹介をします。そして秋から冬にかけては、企業の方をお連れして実際の選考をするという形です。
楠木 要するに企業からすると、何十カ国も地理的に分散しているところでリクルートができないので、そこを引き受けるみたいなイメージですね。

優秀なアジアの学生の現実

楠木 学生たちは、日本の企業に対してどんなイメージを持っているんですか?
柴崎 先進国の学生と、新興国の学生では違います。
さらに新興国でも、1人当たりGDPが1万ドル前後のマレーシアやタイ、3000ドル前後のインドネシア、ベトナム、フィリピン、1000ドル前後のネパールやバングラデシュでは、日本に対して全然違う印象を持っていますね。
つまり1人当たりGDPが低い国に行けば行くほど、みんな日本で働くことに夢を持っている。
ただし彼らから見て、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアという4大移民人気国は依然として高い。
給料も向こうが良く、日本が上回ることはないです。
でもアジアの大学を卒業した若者が、海外の会社にホワイトカラーとして就職することは、まだそれほど多くありません。
われわれが10年前に初めてソウル大や香港大や台湾大に行ったとき、すべての大学から言われたのは、「国を越えてうちの大学に人材を取りに来たのは、あなたたちが初めてですよ」ということです。
2018年、ソウル大の入学式では東大の五神総長が祝辞をした
インド工科大だけは欧米系の企業とバッティングすることがありましたが、それ以外は、どの国のどの大学も、基本的には外国企業のリクルーターとは全然会わない。
外資系企業の現地採用と鉢合わせることはあるけれども、国を越えて人材を採用するケースは本当に珍しい。
ですからメディアなどでは「国を越えた人材争奪戦が激化している」と伝えられていますが、決してそんなことはありません。
これはどういうことかというと、アメリカもヨーロッパも、ほかの国から外国人材を採ることを国が制限しているんです。
アメリカにはH-1Bという、職務に関連する学位を4年制大学以上で取得した人がとれる就労ビザがあります。世界中が望むビザですが、結局去年も10万8000人しか出していません。4年前は12万4000人だったので、だいぶ絞る傾向にあります。
イギリスのEU圏外からの受け入れは、Tier2という就労ビザなんですが、これは年間2万人に届かないんですよ。
だから国を越えて、アメリカやイギリスに行こうかなと思ってもほとんどチャンスがない。ましてや若い人、新卒なんてノーチャンスに近い。
留学は別ですよ。アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアというのは留学生受け入れ大国です。
なぜなら学費が1年で5万ドルだとして、4年で20万ドル。これが100人いれば、生活費などの消費を含めだいたい3000万ドルぐらいを国に落としてくれますから。
円にして数兆円の経済効果があるので、留学生は大歓迎。それなのに「卒業したら出てってくれ」なんですよ。

ITの天才よりも大事な人材とは

楠木 状況が、以前とだいぶ変わってきていますね。
柴崎 その点、日本は卒業した留学生の半分が、そのまま日本で就職しています。これは世界でもトップ水準。しかし日本はそのことを海外に向けて、まったくアピールしていません。
その一方で、企業の採用戦略、人材獲得戦略はドメスティックです。大手外資系金融・コンサル企業でも、日本で一番優秀な学生を採用する。日本企業はグローバルに進出していても、日本本社で経営の意思決定をするので、幹部候補生は日本採用の方がほとんどです。
でもこれからの幹部候補生は、国を越えた採用が当たり前になるでしょう。
留学生やバイリンガルを対象にした就活イベント(写真:アフロ)
日本ならビザがおりないということもない。われわれは10年間、アジアからの新卒を中心に採用のサポートをしていますが、一人もビザの取得に失敗していません。
例えば、これがアメリカであれば、「H-1B」という就労ビザが取れるかどうか、ヒヤヒヤします。
そして現地の学生は、びっくりするほど親日です。
経済的なメリットがあれば行ってもいいと思っている人が多い。日本語の問題はありますが、「メルカリ、楽天は英語でOK」と言うと喜んで来てくれる。
つまり潜在的に日本には、彼らを惹きつける力がある。欧米に対しての優位性はないが、欧米が外国人材の受け入れをかなりしぼっている今、優位性をもってアジアの優秀な人材を受け入れることができるということです。
楠木 世界中で外国人労働者の増加率が一番高いのは日本なんですよね。ここで重要な事実は、ホワイトカラーの、つまり大卒と言ってもいいと思うんですが、このカテゴリーで就労ビザが一番取りやすいのが日本であるということです。
これは日本が受け入れに熱心だということよりも、これまでそのカテゴリーで移民をガンガン採っていたアメリカやイギリスが、いま受け入れる人数を絞っているという理由がはるかに大きい。
高度人材というと、ITの天才みたいな人をイメージしますよね。そういう人も必要だけども、大事なのは普通の、ただし大卒レベルの能力を持った人たちをもっと増やすことだと思うんです。
つまり安価な単純労働者ではなく、ちゃんと教育を受けて、その会社の戦力としてやっていく人たちですね。
以前、柴崎さんに伺った話では、外国人のホワイトカラーの受け入れにポジティブなのはダントツで日本とカナダだそうですね。ただ、これは世界的にはすごい例外なんだと。
柴崎 世界中が移民の受け入れに消極的です。
楠木 そういう中で、日本はたまたま成り行きで独自性を持ったというのが今の状況ですね。
柴崎 ただまったくアピールはしていないので、世界で知られていません。

欧米と日本の構図が変わりつつある

楠木 僕は、一橋ビジネススクールの国際企業戦略専攻(ICS)というところで教えてるんですね。ここでは2000年から授業を英語だけで行っていて、会議なども英語でします。
もう始めて20年になりますが、何年やっても英語はストレスフルですね。別に講義や仕事する分なら英語でできるんですけど、何が問題かというと、僕の場合日本語が得意中の得意なので、そのギャップが辛い(笑)。
まあ、そういう学校なんです。ICSで仕事をしている僕にとって、日本を好きな外国人ビジネスマンを増やす、これが一つのやりがいになっています。
学生も外国人がほとんどです。2つのプログラムがあり、1つは30歳ちょい前ぐらいの人が対象のMBAプログラムで、もう一つは実際にマネジャーになっている40歳前後の人のためのエグゼクティブプログラム(EMBA)。
前者は70〜80パーセントが外国人、さらにそのうち8割がアジアです。
中国、インドはもちろん、台湾、韓国、ミャンマー、ベトナム、フィリピンと、本当にあらゆるところから来ています。
それで20年やって気づくことは、明らかに日本に対する関心が強まっているということです。
僕の世代だと、外国に憧れる人はたくさんいたけれど、人気がある国はほとんど欧米ばかりでした。
でもいまは、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、いわゆる移民がスタンダードな国に対するオルタナティブとして、日本で仕事をしたいという人たちが確実に増えてきているなという印象なんですよ。
例えば僕のMBAのほうのゼミの学生は、去年は4人中3人がインド人。1人は中国人だけども、インドで教育を受けているので、実質的にはインド人のようなものです。
彼らはICSを卒業した後、ユニクロ、ファーストリテイリングに就職し、グローバルなサプライチェーンの構築の仕事で活躍しています。
今年のゼミ生は、3人中2人が韓国人、1人が中国人。韓国人は2人ともソウル大学出身。頭いいんですよ。1人は韓国で金融の仕事に就いていたけれど、日本が好きで日本のビジネススクールに来ました。
そういう人たちが日本の会社に入っていけば、当然グローバル化に貢献しますよね。
例えば、ある大きな不動産業界のグローバル企業のIT責任者として働く、バングラデシュ出身のITスペシャリストがいました。彼は日本で働くうち、やがて日本人と結婚して帰化しました。
だから見た目はバングラデシュの人なんですけど、今は日本人。奥様も日本人で、日本で一緒に生活しています。
この人がもう超絶的に優秀で、EMBAを機会にやはりユニクロにマネジャーとして転職しました。
彼はユニクロとグーグルの協業のど真ん中で活躍しています。

活躍する人材を確保する方法

多くの企業がグローバル化を進めています。現地で活躍できる人材を確保するための方法には大別して3つあります。例えばインドに進出しようという場合は、こうです。
1、インドに精通している日本人を送る。
2、現地に行って優れた経営人材を採用する。
3、日本が好きで、日本語ができて、日本のことをわかっている、インド人やバングラデシュ人をインドに送る。
1、2と比べると、3がいいに決まってますよね。そもそも1のような人はごく例外です。
そういう点で、僕は日本のグローバル化を人材の面からサポートするという、ICSの仕事にやりがいを持っています。
だから、僕は日本のビザが取りやすいのも、人材がどんどん日本に入って活躍してもらうのも大賛成。この意味での採用のグローバル化は、ますます進めていかなければならないという意見です。
ただし問題は安価な労働力としての移民です。これがどうなっているのかというと、本当に驚くようなひどい現状です。
これについては次回、詳しく柴崎さんにファクトをお聞きしたいと思います。
(構成:長山清子、撮影:是枝右恭)