急成長ベンチャーの躍進から学ぶミッション・ビジョン戦略のリアル

2019/4/11
 いま働いている会社の「ミッション・ビジョン」を言えるだろうか。
 もしくは会社に「ミッション・ビジョン」があるだろうか。
 ミッション=使命、ビジョン=未来像は、古くは宗教に起源を持つとされ、託宣された未来に向かい、人々を束ね、使命を果たす拠り所となった。
 20世紀、経営学者やビジネス書において、欧米を中心とした理念主導型の超一流企業を、「ビジョナリーカンパニー」として読み解き、創業者の世界観を写し取った言葉で、大組織を長期的に導く綱領と評価された。
 21世紀、ICT革命が起き、雇用が流動化し、業界を超えた企業提携が活発になり、資金が還流する際に、人々をひきつけ、束ね、駆動する源泉となっている。
 そして今日、スタートアップ企業が、資金調達をして非連続成長を遂げる際、社内外に向けた必須のコミットメントがミッション・ビジョンであると言われている。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを巡る連載企画「スタートアップ新時代」。2018年から開始した、創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラム。2019年、第一弾イベントは、題して「急成長ベンチャーの躍進から学ぶミッション・ビジョン戦略のリアル」である。
株式会社グッドパッチ 代表取締役社長CEO 土屋尚史氏、株式会社Voicy 代表取締CEO 緒方憲太郎氏、BASE株式会社 代表取締役CEO 鶴岡裕太氏がそれぞれの会社の実情と共にミッション・ビジョン戦略のリアルを語った。
──早速ですが、事前にいただいたアンケートで、Goodpatchさんからわかりやすい一枚絵をいただきました。
土屋 これはGoodpatch社内で説明するときの図式ですね。理想としてのビジョンとミッションが並列で、その土台に現状に近いバリューとカルチャーが循環しあっている。
Webディレクターとして働いた後、2011年にサンフランシスコに渡る。BtraxInc.でスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。UIデザインを強みにしたプロダクト開発でスタートアップから大手企業まで数々の企業を支援。自社で開発しているプロトタイピングツール「Prott」は、グッドデザイン賞を受賞。海外拠点として、ベルリン、ミュンヘン、パリにオフィスを展開。2017年には経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務める。2018年にデザイナーのキャリア支援サービス「ReDesigner」を発表し、デザイナーの価値向上を目指す。
緒方 さすがデザイン会社わかりやすいですね。
土屋 ですよね(笑)! こういうのは僕がつくるんですよ。
鶴岡 うちはこの中では唯一ビジョンがないんです。自分の中でそもそもビジョンの重要性が腹落ちしていない。だから今日は二人に任せて……。
緒方 いやいや、いっぱいしゃべってくださいよ。
──まずは、みなさんに共通のお題にお答えいただいてますので、それを切り口に話を進めたいと思います。「ミッション・ビジョンは必ず必要か?」。これは全員YESですね。どうしてなんでしょう。
土屋 会社の『目的』にあたるものなので、作らなければいけなくなるタイミングが来るんですよね。
緒方 僕は、以前にベンチャーを支援する会社で働いていたので、実際にたくさんの企業を見てきました。ミッション・ビジョンの考え方って、本当に何通りもあります。
 でも大体は、何かに苦しんでるときに、その『処方箋』として作るんですよ。よくあるのは、採用ですね。求職者にとって、どう見えるか? 社内はどういう基準で考えをまとめるべきかを考えなければいけない場合に「必要」なんです。
 まあ、あとは、初期のベンチャーでみんなが言うこと聞かなくなったときですかね。
大阪大学基礎工学部卒業後、大阪大学経済学部卒業。同年公認会計士合格。2006年に新日本監査法人入社。その後Ernst&YoungNewYork、トーマツベンチャーサポートにてスタートアップから大企業まで経営者のブレインとなるビジネスデザイナーとして多数の会社を支援。途中1年かけて地球一周放浪しながら、アメリカでNPOの立ち上げやオーケストラ公演のディレクターも行う。現在も5社以上のベンチャー企業の役員や株主として参画中。2015年医療ゲノム審査事業のテーラーメッド株式会社を創業、3年後業界最大手上場企業に事業売却。2016年次世代音声市場のリーディングカンパニーの株式会社Voicy創業。社会と生活を変えて、新しいワクワクする価値を生む会社が好き。メンバー大募集中。
土屋 まさにうちのことですね(笑)。Goodpatchは、運良く最初にお手伝いしたグノシーやマネーフォワードのUIデザインが評判を呼んで、大きく成長できました。
 でも、案件はたくさん来ても、この会社ってどこに向かっているんだっけって、創業3年目ぐらいのときになったんですよ。社内が不穏な空気で、僕の考えが全然伝わらない。段々と自分の目が届かない所でトラブルが起きてくる。
 ちょうど渋谷にオフィスを移転するタイミングで作りました。意識も住む場所も全部入れ替えようと思いビジョンやミッションを見つめ直しましたね。特にTEDの「サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか」の動画をひたすら見て絞り出しました。
 そういった意味では、最初からビジョンやミッションは必要ないのかもしれないです。でもいつか必要とする時が来る。
鶴岡 確かに、うちもミッションができたのは3年目くらいでした。うちはビジョンがないんです。自分の中でそもそもビジョンの重要性が腹落ちしていないです。まだ必要にはなってないかなって。
 うちはもともと「お母さんも使える」サービスとして、誰でも簡単にECショップが始められる「BASE」をリリースしています。「お母さんも使える」という明快なコンセプトのプロダクトを作っているので、みんなサービスのことはよく知っているよねって感じで、必要性を感じていなかった。
1989年生まれ。2012年に22歳でBASE株式会社を設立。「価値の交換をよりシンプルにし、世界中の人々が最適な経済活動を行えるようにする」をミッションに、決済の簡易化とリスクの無いあたたかい金融を主軸にしたEコマースプラットフォーム「BASE」を運営。BASE100%子会社で、お支払いアプリ「PAYID」、オンライン決済サービス「PAY.JP」を運営するPAY株式会社の取締役、金融事業に取り組むBASEBANK株式会社の代表取締役CEOも務める。2018年、ForbesJAPAN「日本の起業家BEST」3位に選出。
 それでもミッションを作ろうと思ったタイミングは、人が増えてくるタイミングですね。「やばい伝わってないかもしれない!」「全員とコミュニケーションがとれない!」となって、改めて言語化しました。
土屋 共通言語を作るという意味で非常に重要ですよね。
緒方 Voicyのビジョンは「音声×テクノロジーでワクワクする社会を作る」ことを言っているので、音声とテクノロジーってそもそもどんな掛け算だっけ?っていう話が、自然と出てきますよね。
 やはりミッション・ビジョンの最大の機能は、目線を上げること。スタートアップは元が小さいですから、市場で競争力をつけたり、優位性を発揮したりするために、2倍、3倍と非連続な急成長を目指す必要があります。ミッション・ビジョンに立ち返れば、普通に成長してたら届かないくらいの目線に上げることができる。
 よく大企業からスタートアップに来た人が目線の低い正論を振りかざすことがあります。前年度20%アップをすごい成長だと自慢する人たちの正論なんですが、成功確率が高くなくても毎年何倍にも成長するのを目指すマーケットでは、その正論が会社を壊しかねないんです。
 正論は一般的には正しいですが、スタートアップはそもそも一般的な事業ではないので、そういうスタートアップを壊す正論を言ってしまう人を抑え込んで、めちゃくちゃ高い目標とワクワクを達成する体制を作るために、ミッション・ビジョンを高く掲げることがすごく大事ですね。
土屋 今大企業になっている企業も、もとはどベンチャーのなんならブラック企業でしたよね。そして、ビジョンやミッションをしっかり作っている。例えばソニーの井深さんの設立趣意書があります。
 ソニーという会社の存在意義について、あるべき姿について書かれている。ソニーも苦しい時代があったけど、リカバリーできているのは設立趣意書に立ち返って行動しているからじゃないかなって。
──つづいて、「ミッション・ビジョンとビジネス(利益)はどちらが大事か?」です。やはり事業体であるかぎり、利益が出ていないと継続できないわけですが、こちらもみなさん、ミッションとビジョンというお答えですね。
緒方 いや、事業の利益や個人としての売り上げを重視するなら、金融いきますよね。わざわざ非効率な夢を追いかけない。
 スタートアップで働きたい人が、ビジョンやミッションよりも目先の事業利益を優先していたら問題ですよ。そんな小さなことのために、多額の資金調達なんてできない。そびえ立つビジョンやミッションを達成するために、お金が必要なんであって、お金のためにビジョンやミッションがあるわけじゃない。
土屋 短期的な利益などが達成できなくても、死ぬわけではないですからね。会社を畳めばいいだけのことです。創業者はその会社の目的や価値を考えたうえで、思い描く世界を作りたい方が先だと思うんですよ。
鶴岡 BASEで、いろんなECショップを見ていて思うのですが、相対的に「お金の価値」が落ちていると思います。もはや売り上げを追わないショップもある。
 100万円売っていて、普通なら200万円目指しますよね。でも、100万円以上売ると家族に時間使えないとか、働く人を選べなくなっちゃうとか、価値観が合わない人をチームに入れなきゃいけなくなっちゃうからって、お金よりも別のことを大事にしている。
緒方 それはきっと、その人たちなりのミッション・ビジョンが現れているんですよね。
──利益よりも、ミッション・ビジョンだって言い切れるのが、経営者ってすごいなと思うんですが、いつからそう思えたんでしょうか。
緒方 スタートアップって、「リーンスタートアップ」という方法があるように、ちょっとずついろいろなサービスやプロダクトを試していくやり方がありますよね。その頃からビジョンがあるのかっていうと難しいですよね。
土屋 僕も最初は全然でしたよ。だから作ってなかったですし。
 僕は大学中退だし、有名な会社に入れたわけでもないし、おばあちゃんが残してくれた500万で会社を作りましたみたいな始まりなので、だれからも期待されていない。自分も自分が大きなことをできると思っていないので、大きなビジョンやミッションを掲げてもだれも信じてくれないだろうなって思ってました。
鶴岡 僕も最初は、ミッションが照れ臭い時期もありました。今までだって直接いろんな方法で、いろんな言葉で伝えていたし、改まって決めなくても、メンバーとコミュニケーションすればいいって考えていました。
土屋 これはやっぱり企業の規模感やフェーズによって、自覚していく話だと思うんですよね。社員が30人までのGoodpatchは、「とにかくUIの領域でナンバーワンになるんだ」という思いはあったけど、一方で「社員と自分の家族を食わしていかないといけない」という自分たちが最低限生きていくための利益重視型でした。
 でも自分の想いに共感する仲間たちに出会って、その数が30人を超えたぐらいのときに、この責任は重いぞって思えてきました。自分みたいなものがこれだけの才能を集めてしまったときに、もし世の中に何も残せなかったら、どうしようって。
 そこで自分は腹をくくりましたね。それまでは面接に来る人にうちであんまり長くいると思わないでね。なぜかというとうち潰れちゃう可能性あるからね~ってみんなに言っていましたけど、やめました(笑)。
緒方 例えばVoicyが挑戦している音声業界は、今までほとんど失敗しまくってます。大手企業が何回も挑戦して、その場所に成功はないというのが通説になっている。
 そんな中で自分だけやりたいって普通に言ってもみんな付いてきてくれないですよね。それでも僕は、どうにかこうにか仲間を巻き込んで始めたんです。そこでもちろん責任が湧いてくるし、目線上げていこう!って旗を振っていたら、もっと上を目指していいんだと思えるようになっていきましたね。
土屋 情熱は最初からあるわけではなく、行動を起こした人がそれをやり続けることで、情熱が増していく。これは、他の人が言っていた言葉なんですが、実際その通りだと思います。
鶴岡 そういった意味では、成功する人は行動そのものに対して意識をしていないですよね。自分にミッションが持てないとかビジョンがないとかじゃなく、ひたすら行動している。ミッション・ビジョンは、あくまでも手段のひとつ。もはや成功している人やしていた人は、土屋さんが言うようにアクションからしか思考は生まれません。
緒方 ビジネスが苦手でミッション・ビジョンがあるんだったら、映像を撮ってみたり漫画を書くことのほうが手っ取り早いかもしれない。
 でも、わざわざビジネスで起業してミッション・ビジョンを掲げる意味。つまり、なぜ自分の達成したいミッション・ビジョンがビジネスでしか達成できないのか?ということに立ち返って考えてみるとよいと思います。
 3人の起業家ならではの熱いセッションの後、会場では若手起業家や起業を考える来場者を交えて、懇親会が催された。
 参加者たちは起業家たちのビジョン・ミッション戦略の核心を知って、3社の事業成長の軌跡を、よりいっそう切実に聞くことができたようだ。参加者からの鋭い質問には、ここに記すことができないほど赤裸々な本音の回答が飛び交っていた。
(編集:中島洋一 構成:佐藤大介[ワードストライク] 撮影:是枝右京 デザイン:九喜洋介)