ワシントン大学医学部、ネズミの「会話」をAIが解析して内容理解へ

2019/1/22

人間の耳では聞こえない「超音波発声」

ネズミは、大抵のところは嫌われ者の動物だ。天井裏や床下に住み着いて、こっそりと食べ物をさらったりする。
アメリカでは、ちょっと放っておいた別荘のタンスの引き出しを開けたらネズミがすし詰めになっていたとか、暖かい車のエンジンの周りに住み着いて困るとかいった話をよく聞く。
そんなネズミは、人間には聞こえない声で互いのコミュニケーションを図っている。チュウチュウという音は人間にも聞こえるのだが、実際には超音波発声(USV)という人間の耳を超えた周波数でやり取りをしている。
そんなネズミのコミュニケーションを、AIを利用して理解しようという研究をワシントン大学の研究者らが進めている。
研究者らが採ったのは、USVをソノグラム(音声分析図)というビジュアルなものに変換し、それを深層学習を用いて解析するという方法だ。ネズミの発声例を学習した生物模倣的アルゴリズムを用いて、ソノグラムから特定の意図や内容を持つ部分を抽出する。

薬物中毒やストレスの心理研究が起点

その結果、ネズミのUSVには20パターンほどの発声があることがわかったという。
例えば、最大のうれしさを表現するのは、砂糖などの餌が与えられた時や仲間と戯れて遊んでいる時だ。特にオス同士が遊んでいる場合には、同じ発声を何度も繰り返すという。何だか延々と遊び続ける人間の子どものようではないだろうか。
反対に、メスに対しては複雑な発声をする。自分をアピールするための求愛の声だ。しかも、相手の姿が見えず匂いだけがする場合に、その複雑さはさらに増すのだという。興奮度やアピール度が増しているのだろうか。動物には実に生の感情があるのがわかる。
さらに、中毒性の薬を前にした場合は、ネガティブとポジティブな感情を持つ発声が同時に起こる。欲しいが危険であることを察知しているわけだ。
さて、ここでいきなり中毒性薬品が出てくるのを不思議に思われただろうが、それには理由がある。実はこの研究はワシントン大学の医学部で進められており、この研究所での本来の研究は、薬物中毒やストレスにまつわる心理に関するものだからだ。
AIを利用して動物のコミュニケーションを理解しようという試みはいくつも進んでいて楽しみなところだが、同大学の研究にはユニークな点がいくつかある。
一つは、医学部のこうした研究室にもAIをプログラムできる専門家がいて、医学の専門家と一緒に研究を進めている点。医療分野でのAI利用には期待が集まっているが、それはこのような領域をまたいだ協働によって生まれるわけだ。
もう一つは、ネズミは人間を理解するための実験動物として多用されており、そのコミュニケーションを理解するのは人間を理解するための近道を作るものになる点だ。

ビジュアル化して分析できるソフト

研究者らによると、ネズミがUSVによってさまざまなやりとりを行っていることはよく知られていたものの、それを正確に理解するためのすべが今までは欠けていた。
動きだけではなく感情を理解することは研究にとっては重要でも、研究費が足りないといった理由で手付かずになっている面も多かった。
ところが、この解析ソフトウェア「ディープスクイーク」を使うと、プログラミングの専門家でなくてもネズミのUSVをビジュアル化して分析できる。他の研究にもおおいに利用できそうだ。
同研究所は「ディープスクイーク」をギットハブで外部の研究者と共有できるようにしている。世界中の研究者がこれを用いることができれば、実験マウスへの理解が高まり、ひいては人間への理解も進む。
このワシントン大学での研究でも、薬物を前にしてポジティブとネガティブな感情が同時に沸き起こっているということが確認できたことは、将来人間の薬物中毒を防ぐより良い方法を見いだすきっかけにもなるかもしれない。
どの分野で何を対象にAI開発を行うのか考えていくと、これは倍々ゲームで成果が期待できるもののように思えるのだ。
*本連載は毎週火曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:Alice Gray/www.washington.edu)